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雪桜の華冠  作者: null
一部 四章 無邪気な獣人

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無邪気な獣人.1

これより四章が始まります。


四章より、新しい主要メンバーが加入しますので、今後ともよろしくお願います!

 リアズールの国境沿いを歩き始めて、すでに一時間近くが経過していた。


 辺境とはいえ、舗装された正式な道を行くのは危険だと判断した東堂の指示の元、リアズールの水気を多分に含んだ森の中を彼らは進んでいた。


 時々、獣とも魔物ともつかない生き物が一行の行く手を阻んだが、それぞれが武器を持ち出し威嚇するように構えて見せると、すぐに尻尾を巻いて逃げ出した。


 人里からそう遠く離れていない土地に棲む魔物というだけあって、あまり人と揉めるのは好まないようだった。


 テオドアを先頭にして悪路を進む中、何人かの隊員がフルールに話しかけてきた。自分が想像していた以上の歓迎ぶりに、何か裏があるのではと邪推したが、ほとんどが裏表のない接し方をしているようにも思えた。


 「直に村に着くぞ。自己紹介の準備でもしておけよ」と前列にいた東堂が、わざわざフルールのいる辺りまで下がって来て言った。「自己紹介?普通に名乗っていいの?」


「よせ。辺境の村には四大貴族に故郷を追われた連中もいる。いたずらに相手の敵意や不安を煽るものじゃない。…まぁ、『火焔』の魔法を使えない以上、信じてはもらえないだろうがな」

「また人のコンプレックスをそう簡単に…」

「気にするな。ここの連中もほとんど魔法など使えん。ここでは、お前は普通だ」

「…嬉しいフォローをありがとう。――で、私はなんて名乗ればいいの?」

「何だ、考えてないのか?」

「そんなこと言われたって、急に偽名なんて思いつくわけないじゃん」


 フルールの言葉を受けた東堂は、「ふむ…」と考え込む素振りを見せると、フルールの代わりに名前を考えてくれた。


 「桜倉、というのはどうだ」

「さくらぁ?」それが自分の名前になるなんて、一ミリも想像できない。


「私の国で、『花』を意味する言葉だ。お前の名前と全くの無関係というわけでもないから、すぐに覚えられるだろう」

「…まぁ、分かったよ。自分で考えた名前を名乗るマシだし」


 しかしながら、だからといって自分の名前として浸透することはありえないだろう。とりあえず、誰かに自己紹介するときだけ意識できていれば十分だ。


 それから話題は、これから訪れる村のことへと移った。


 「自己紹介するってことは、その村の人たちもエンバーズなの?」

 「いや、違う。ただ、協力者ではあるな」

「へぇ、結構、色んなところにそういう人がいるっぽいね」

「まあ、そうだな。困っていることを助け合っているうちに、自然とそういう関係になったわけだ」


 エンバーズは、武器の材料や食料、着る物など、必要な物資を分けてもらう代わりに、荒事を含めた各村落の手伝いをしているらしい。


 辺境の村が困っていても、貴族様は興味がないらしいからな、と嫌味っぽく東堂に言われたので、そのあたりの事情は何となく飲み込めていた。


 「困ってる人同士が助け合う。素敵なことだよね、東堂さん」


「ああ」という返答に対して、東堂の顔色は険しい。「助け合える場所ならな。…中央に近い領内では、それすら許されないのが現状だ。お前もちゃんと知っておけよ。そうでなければ、変に揉め事を起こすぞ」


「…分かった、ごめん」

「素直で結構」


 呑気な発言は、ここにいる人たちにはご法度だと言うことだろう。


 やがて、テオドアが少し先で立ち止まっているのが見えた。それと同時に、「着いたぞ」と東堂が足を早める。


 彼女に続いて森を抜けると、そこにはいくつもの煙が上がる村落があった。


 裕福そうな環境には見えないものの、村の規模は小さくない。古くからある場所なのだろう、とフルールは勝手に想像する。


 そのまま隊列を成して村のほうへ近づくと、畑仕事をしている村人たちが頭を下げた。さっと、手を挙げて応じたフルールに対し、さすがは貴族だ、と誰かが揶揄する声が聞こえる。


 「…様子がおかしいな。活気がない。普段なら、すぐに駆け寄って来るぐらいあるのに」


 確かに東堂の言う通り、活気とは無縁な様子の村人たちだ。深刻そうな面持ちが、陰気臭くてしょうがない。


 「何かあったのかな」

「分からん。だが、だとすれば悪い出来事だろうな」


 門を潜ると、隊列から数名の兵士が抜けた。必要なものを調達しに行ったのだと東堂が教えてくれる。


 フルールらは、村の長がいる一回り大きな建物へと移動した。中では大勢の年寄りが火を囲んで話をしている。何やら剣呑な様子だ。火が作り出す腰の折れ曲がった人間の影たちが、どこか不気味だった。


 東堂たちがやって来たことに気付いた一人の老人が大きな声を発する。


 「おぉ、エンバーズ、来てくれたか」


 すっと前に歩み出た東堂は、ぺこりと簡単な挨拶をして、「ご無沙汰しています。早文でお願いされていた魔物退治をしに来たのですが…」


「それどころじゃないんだ、東堂さん」

「それどころじゃない?一体、何があったのですか?」

「実は先日、この村の近くをグラビデ領から中央へ向かう護送車が通りまして」

「グラビデ領からですか…」


「ええ。グラビデ爵の私兵と思われます。彼らは四、五人ほどこの村にも寄られて、いくつか食べ物をご購入されていったのです。そこまでは、ちょっと珍しいことだな、と思うだけだったのですが、明くる朝、また彼らが来られて、『獣人に襲われた、ここに来てはいないか』と尋ねられたのです」


「獣人ですって?」と東堂が驚いた声を上げる。


 獣人は、地の四大貴族の治めるグラビデ領に住まう代表的な異種族だ。獣人の中でも多種多様な人種があるが、共通して、獣のような耳と尻尾が生えていることが特徴として挙げられる。


 また、ヴェルデ領に住まうエルフとは対照的で、開放的な文化を持っていることで有名だ。統一国家が建立され、少数派である異種族が弾圧されるようになるまでは、他の種族とも積極的に関わり、大陸のあちこちでその姿を見ることが出来たとされている。


 一方で、先々代ヴェルメリオの反乱に中心となって加わった悪名高い種族としても名が知られていて、血気盛んな種族柄、弾圧の対象になりやすいとも聞いている。


 「ええ。もしかすると、グラビデ領のエンバーズの方ではないかと…」

「うーん、あり得ますね」と東堂が頷く傍ら、フルールは別の隊員に、他領にも同様のレジスタンスが存在するのかと尋ねた。


 彼らが答えたところによると、規模の違いはあれど、エンバーズの拠点はヴェルデを除く四大貴族の所領全てに存在するとのことだった。自分のところにもあったと知ると、不思議な気持ちになった。


 「あそこの連中は、種族を問わず血気盛んな奴が多いですからね」

「しかも、護送車の車輪を滅茶苦茶にしていったらしく、彼らは立ち往生しているのです。おそらく獣人は、護送されている同胞を救い出そうとしているのでしょうけれど…」

「ははぁ、それは困ったことですね」


 二人の会話を聞いて、フルールはまた他の隊員に疑問を口にした。


 「ねぇ、テオドアさん、何で困るの?」少し馴れ馴れしすぎたのか、彼は眉をひそめて、重々しく応えた。「…護送車が襲われ、しかも、立ち往生しているとなれば、連中は増援を近くから呼び寄せるだろう」


「うん」適当に相槌を打ち、続きを促す。まだ喋らせるのか、と口元を曲げたテオドアに代わり、近くの女性隊員が続ける。


 「下手をすればこの村にも疑いがかかるし、こういう襲撃を口実に弾圧が強化されることはよくあるんだよ」

「あー、なるほど…ありがとう」


 納得したフルールは不安そうな顔をしている村の者たちと、顎に手を当てて考えに耽っている東堂を見つめた。彼女がどういった解答を口にするのか、単純に興味があった。


 「確かに、魔物どころの騒ぎではないですね」

「うむ。魔物は向こうのテリトリーに近づかなければ何もしてこないが、連中はそうはいかん。お呼びでなくとも勝手に向こうからやって来るからの」

「…分かりました。その件、こちらで何とかしましょう」


 東堂の答えを聞いた村人たちは、その喜びを歓声に込めて表した。このやり取りだけでも、東堂らが辺境の村々にとって頼れる存在となっているかが分かる。


 フルールは、これで何とかなる、と希望に息を吹き返した人々の顔を見回しながら、最後に東堂の顔を見やった。


 世のため人のため、という感じだが、本気でこんな活動を続けているのだろうか。そうだとすれば、あまりに理想のヒーロー像を体現し過ぎていて、どこか嘘臭くも思えるが…。


 隊員たちの元へと戻って来た東堂は、「お前の自己紹介は後回しだ」と早口で告げ、今後の動きを説明し始める。


 「みんな、とにかくそういうわけだ。増援が来る前に、敵を壊滅させるぞ」


 壊滅、という言葉に胸がきゅっとなる。


 その言葉は、殺すという意味だろうか。


 「だが、それでは結局、圧力が増すんじゃないんですか?」と隊員の一人が尋ねる。「それは魔物のせいにでもすればいい。村の者たちに口裏を合わせてもらえばどうにかなるさ。実際、それで被害も出ているわけだからな」


 そうか、とみんなが得心した様子で頷く。しかし、フルールにはそれよりもずっと気になっていることがあった。


 「と、東堂さん」

「ん、何だ」


「壊滅って、その…」自分がこれからする問いに、東堂が首を縦に振ったら、そのときはどうしよう…そんなことを考えていて、たどたどしい口調になってしまう。「何だ、はっきりしろ」


「殺すってこと…、だよね?」

「…あぁ、そうなるな」

「…やっぱり」


 フルールが怯んだ様子で視線を逸らしていると、東堂がわざわざ彼女の前に移動して、肩に手を置いて見せた。


 顔を上げれば、東堂の凛とした顔つきがある。穏やかではあるが、どこか説教がましい感じもした。


 「分かっている。ただの臨時のお手伝いでしかないお前に、そんなことまでさせる気はない」


 東堂の言葉に、他の隊員たちがざわつく。どうやら彼らは、フルールがエンバーズのメンバーとして参加していると考えていたようだ。


 フルールは、不思議と他の隊員たちが自分の参入を望んでいるような気がした。いや、思い過ごしではない。実際に彼らの中にはフルールの参入を改めて一考してはどうかという声まであったのだ。


 それを素気なく断る東堂の声を聞きながら、フルールは自分がどうしてここまで求められているのか不思議でならなかった。


 ヴェルメリオとしての価値は、自分にはない。剣士としての素養は認めてもらえたかもしれないが、実戦経験の無さは折り紙つきだし、戦いの場においてそこまで要となれる強さではない。もちろん、隊員たちと急激に仲を深めたわけでも。


 「とにかく、正式なメンバーでもないコイツに手を汚させるような真似はしない。反対したい奴で、パルミラを説得出来る自信がある奴だけ手を挙げろ」


 パルミラの名前が出た途端、みんなが一斉に大人しくなる。それだけ彼女の発言権が大きいということなのだろう。


 「――というわけだ。お前は村で留守番でもしていろ」


 東堂としては気を利かせたつもりなのかもしれない。だが、彼女がそうして発した見限るような発言が、どうしてもフルールは認められなかった。


 「私も行く」反射的に口にしてから、言ってしまった、と眉をしかめる。だが、後悔はしていなかった。「やめとけ、お前、人は殺せないだろ」


 こうなれば、もう後には引けない。自分で口にしたことを撤回するなんて情けない真似、したくなかった。


 「それはそうだけど…でも、無力化するくらいなら出来ると思う」

「おい、実戦を舐めるな。殺す気でやらないと殺されるぞ」

「む…その理屈なら、もうブリザ様のときに学んだもん」

「学んでいない。お前の話だと、相手は手加減していたようじゃないか」


「うっ…」と言葉に詰まるフルール。集まっていた村人たちも、何事かと二人のやり取りに注意を向け始めた。


 「じゃ、じゃあ、護送されてる人たちの護衛くらいは――」

「くどいぞ。お前のように本気で戦う覚悟のない子どもを連れて行くほど、私たちには余力がない。…今度は、間に合わなかったでは済まないんだ」


 最後の言葉を言われた瞬間、フルールの心臓が大きく拍動した。


 間に合わなかったでは済まない、というのは、きっとシェイムに焼き殺されたホビットの件だ。それを皮肉ってか、戒めてか話に出したのだ。


 こちらがどんな気持ちになるか、想像できない東堂ではあるまい。もしかすると、彼女は釘を打つ意味でも言ったのかもしれない。


 だが、それならますます気に入らない。


 自分を置いていくように動き出すエンバーズ。何人かは気遣うような視線を向けてくるが、あくまでリーダーは東堂。誰も自分に声をかけてくるということはなかった。


 その事実に、フルールは歯軋りをして、感情のままに言葉を連ねる。


 「覚悟って何だよ…!」


 ぴたり、と東堂らが動きを止めて振り返った。正確には東堂だけが振り返っていない。


 「人を殺せることが覚悟だって?私にはそうは思えないけど、アンタにとってはそうかもしれないね、東堂藍!」


 昂ぶる心の炎は、氷のようにしんとした空気の中でも輝いた。


 「結局、私に能弁垂れたくせにアンタもお父様みたいな支配者と変わらない!人の話も聞かず、自分だけが正解を知っているみたいな口を利く!」


 フルールが激昂して呼び捨てにし始めたことで、誰もがそわそわと東堂の様子を窺い始める。だが、当事者たちは互いに向き合うこともないまま、話を続けた。


 「それと、お前お前って、さっきからうるさいんだよ!私はフルール、フルール・ヴェルメリオ!先々代当主、フレア・ヴェルメリオの誇り高い血を受け継ぐ者だ!」


 しん、と辺りが一度静まり返ってから、村人たちが口々にヴェルメリオの名前を呟き始める。


 「あ…」と我に返ってから、自分が軽率な真似をしたことに気付いたが、もはや後の祭りだ。


 まぁ、言ってしまったものは仕方がない。後は野となれ山となれ…とフルールが半ば自棄くそ気味に胸を張って東堂の背中を睨みつけていると、彼女が、おもむろに首だけで振り向いた。


 そこには苦笑とも、苛立ちともつかない笑みが浮かんでいた。感情が読めない、と何となく感想を抱いていると、東堂はそのままの表情で抑揚なく口を動かした。


 「ふっ…小娘が一端の口を利く。偽名を使えと言ったはずだがな」

「あ、いや…えっと」

「まぁいい。ここの方々は味方と表現して差し支えない者ばかりだから、今だけはお前の愚かさにも目をつむろう」

「だったら、ちゃんと――」


「フルール」自分の呼称を訂正しようとしていたところ、東堂がまさに自分が口にしようとしていた名前でこちらを呼んだ。「え、あ…な、何?」


「言っていなかったが、ヴェルメリオの名前は、私たち『エンバーズ』にとって大きな意味がある」

「大きな、意味?」


 くるり、とようやく体をフルールへと向けた東堂は、胸の前で腕組みすると、メンバーたちを見渡し、最後にフルールへ視線を戻した。


 「『エンバーズ』は、古い言葉で『燃え残り』を意味する。――我々は、君の祖父、フレア・ヴェルメリオが率いた革命軍の系譜を継ぐ者たちによって作られた組織だ」

「東堂たちエンバーズが、先々代の…!」


 世間的には、祖父が起こした騒乱は『反乱』として扱われる。そんな中、彼女が今、『革命』と形容したのには大きな理由がある気がした。


 「そうだ。だから、わざわざただの女剣士として扱えとみんなに言ったのだ。なのに、お前ときたら…」

「フルール!ってか、そんなの知らなかったし!」

「…とにかく、そういうことだから覚悟しろよ」


 ふぅ、とため息を吐いた東堂は、またフルールに背を向けた。しかし、彼女の凛としてどこまでも響くような声は、背を向けた状態でも十分にフルールの胸の奥、誇りの炎が宿る暖かな心臓にまで届いた。


 「あれだけの啖呵を切ったんだ。お前なりの覚悟を示してもらう。分かったら、とっととついて来い。仕事に取り掛かるぞ――桜倉」

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