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雪桜の華冠  作者: null
一部 三章 世界が変わる一夜

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世界が変わる一夜.5

環境、立場、色んなものが変わり続ける世の中。

フルールも同じように、その流れからは逃れられません。

 フルールは、自分を取り囲む衆人環視に心臓の鼓動が高鳴るのを感じていた。


 そろり、と振り返れば、石壁を積み重ねて作ったような建物が見える。自分が数日間寝泊まりしている場所を、引きで見たのは初めてだった。


 建物の頂上では旗が揺れていて、中には白い菱形が四つ、花の花弁のように重なったエムブレムが描かれていた。


 おそらくあれが、彼ら『エンバーズ』のエムブレムなのだろう。シンプルなデザインだが、どこか気高さを感じられる。


 ふと、建物の一階の窓から、見知った顔がこちらを見つめているのが分かった。


 スノウだ。線の細いシルエットに給仕服がよく似合っている。


 不安そうにこちらを見つめるスノウは、胸の前に重ねていた手をゆっくりと離し、こちらに向けて手を振った。その隣にはパルミラがいて、同じようにこちらを送り出していた。


 新婚みたいだ、と馬鹿みたいな考えが浮かんできて、思わず口元が綻ばせていると、少し前を歩いていた東堂が振り向きながら口を開いた。


 「恋人を気にするくらいの余裕はあるようだな」

「…恋人って言うと、なんか違和感あるんだけどなぁ」

「ふん、マセガキめ」

「何だよ…もぅ」と東堂の隣に並び立ち、その飄々とした横顔を睨みつける。


 悔しいが、貫禄のある凛とした顔つきだ。年齢は自分よりやや上ぐらいだろうに、くぐってきた修羅場が違うとはこういうことだろうかと一人得心する。


 「さすがはヴェルメリオの娘。連中、お前のことに興味津々みたいだぞ」


 東堂の視線を追うまでもなく、あちこちで作業をしているエンバーズのメンバーが自分を観察しているのは分かる。


 打倒、四大貴族を掲げているレジスタンスだ。きっと、親の仇ばりに四大貴族を恨んでいる人もいることだろう。そう思うと、肌が粟立った。


 「…私たちがここにいること、よく思わない人も多いんだろうね」

「まあ、それだけじゃないがな…。どのみち、パルミラがああ言った以上、危ない目には遭わないさ。約束する」


 東堂は、フルールがスノウを案じていることに気づくと、いつもの調子より、少しだけ優しい口調になった。


 「へぇ、意外と良いところあるじゃん」

「ふっ、お前は分からないけどな」

「うわっ、嫌な感じ…。東堂さんって、性格歪んでるよね」

「お前の彼女ほどじゃない」

「ちょっと、それどういう意味?あんなに純朴な子を捕まえてさ。スノウの文句は許さないからね」

「…お前に人の本質を見る目がないことは分かった」


 減らず口を叩くのは、気持ちを落ち着かせるためだ。そうでもしないと、注がれる視線に耐えられず、挙動不審になってしまいそうだ。


 すでに数日間エンバーズに世話になっているスノウとフルールは、パルミラから、かかった生活費の分を働いて返せとせっつかれ、各々労働を対価として支払うことになった。


 剣が扱えるフルールは戦闘員として東堂に連れられ、周辺の村落を困らせる魔物の討伐を。戦えないスノウは、壊滅的とは言え家事の手伝いをそれぞれ請け負っていた。


 魔物が出るほどの辺境を訪れたことがなかったフルールは、その仕事に少なからず不安を覚えた。だが、ここで泣き言を言っても仕方がないので、腹を決めて参加を受け入れた。


 とはいうものの…、共に戦う仲間がこの調子では、安心も何もあったものではない。


 「…それにしても、お前、本当にそれで戦うのか?」出し抜けに、東堂が尋ねる。「お前の身長には不釣り合いな長剣だと思うが…」

「心配いらないよ。不釣り合いな自覚はあるけど、ある程度は扱える自信もあるから」


「ほぉ、女だてらにか?」

「ふん、それはお互い様でしょ」とフルールは東堂の腰の剣に視線を落とす。「東堂さん、かなり強いよね。少なくとも、私よりかは余裕で強い」


「…実力差が分かるのは、良いことだ。無駄死にをしないで済む。長生き出来なければ、強くはなれない。…つまり、私のような一流の剣士になるために必要な素質というわけだ」


 自分で一流とか口にするのは傲慢ではないかとも思ったが、東堂ならそれが許されるのかもしれない、とすぐに考え直す。


 そのうち、仲間の一人に呼ばれて東堂が離席した。広場の中央に待たされたフルールは、様々な感情が込められた視線を受けて、にわかに指先が震えた。


 五分ほど経ち、東堂が戻って来た。やっとこの状況から抜け出せる、と思ったら、彼女の後ろには男女問わず大勢の兵士たちがいた。


「フルール、少しいいか」珍しく真面目な様子だ。「…何?何か、嫌な予感がするんだけど…」

「彼らが、お前の実力を見たいと言っている」


 東堂が差し出した掌の先には、先程の兵士たちがいる。しかも、段々と周囲から人が集まり、その数は増え続ける一方だった。


 その中から一人、大柄の男が剣を片手に前へと進み出て来た。男の顔は赤らんでおり、酒でも飲んでいるのかと思ったがそうではないことが次第に分かる。


 彼は酔っているのではない、興奮しているのだ。


 ほとばしる敵意からは、殺気にも似たものを感じる。敵愾心の塊みたいな人間だった。


 「実力を見たい、ね…」本音は違うところにある。そんなもの、誰が見ても一目瞭然だった。「分かっている。危険になれば止める。…付き合ってやってくれ、こうでもしないと、彼らも溜飲が降りない」


 次第に周囲の人々がフルールらを中心になって輪を作り、人垣がリングみたいな形状となった。


 全員が全員、男のような殺気をみなぎらせてはいない。むしろ、物見遊山という感じだ。とはいえ、誰も反対してはくれないのも間違いなさそうだ。


 間合いからは随分と遠い場所に立つ男の顔を見て、フルールが静かに息を吐くと、東堂が少しばかり気遣う様子で、「出来るか?」と聞いてきた。


 「…分かった。やるよ」とフルールも静かに頷く。「どのみち、ここで逃げたら先はないもんね」


 それに、今回はいつもみたいに反撃のしようがないわけではない。相手は何も、『魔法を使ってみせろ』と揶揄してくるわけではないのだ。


 かくして、一対一の真剣勝負が始まった。


 男の背丈はフルールよりもずっと高く、得物の片手剣がやけに小さく錯覚してしまうほどであった。


 「ヴェルメリオめ」と男が呪詛の如く呟く。その言葉は、フルールの心こそ乱したが、決して怯ませるようなことはなかった。


 「そうやって、一括りにしないでよ。迷惑だから」


 彼女の言葉に、男の眉間の皺がますます濃くなる。


 家がしてきたことが自分に全く関係ないとは言い切れない。それは、東堂の話を聞いてから強くフルールが思うようになったことの一つだった。


 しかし、だからといって、何でもかんでも家の呪いを一身に引き受けなければならない理由にもならない。


 長剣を背中の鞘から抜き取り、両手で真っ直ぐ正面に構える。


 重い、が、心地よい。慣れ親しんだ感覚に、少しだけ心が落ち着く。


 (単純なパワー勝負はどう見たって分が悪い。だったら…!)


 次の瞬間、フルールは地面を蹴り上げ、間合いを詰め始めていた。


 相手の剣のリーチでは届かぬ絶妙な距離から、長剣を振るう。


 下から、やや斜め上の軌道で、遠心力に身を任せて両腕を左右に揺らす。


 「くっ!」


 フルールの見た目や生まれからは想像もつかない荒っぽい戦闘スタイルに面食らった男は、そのまま懸命に防御を続けた。


 初めから飛ばし気味に長剣を振るい、お淑やかさとは無縁な剣技を披露したフルールに大衆が驚きの声を上げた。


 「調子に、乗るな!ヴェルメリオ!」


 男は遮二無二なってフルールの長剣を弾いた。彼女は、弾かれた勢いを利用して、ぐるん、と剣を回し、その流れに身を任せて後退する。


 ふぅ、と一息吐いたフルールは、目の前で顔をさらに赤らめた男をじっと見つめ、心のうちで呟いた。


 (…いける。技のキレや速度はじっちゃんの足元にも及ばないし、ブリザ様のときみたいに遠隔攻撃の心配もないから、自分の戦闘スタイルで攻められる)


 祖父と同じように長剣を扱うにあたってフルールが苦心したのは、女の筋肉量では御しきれない、剣の重量をどう振るうかであった。


 当初は、腕力を鍛え上げようと必死になったのだが、女の骨格による限界もあると気づき、途方に暮れた。しかし、日夜馬鹿みたいに長剣で鍛錬を積んでいるうちに、ある悟りみたいな境地にフルールは辿り着いた。


 (操ろうと思うから振り回される。持とうと思うから持ち上げられなくなる。だったら、剣に操られるみたいに動けばいいんだ…ってね)


 再度、間合いを詰める。今度は男も真っ向から突っ込んで来た。


 長剣を肩に担ぎ、大きく袈裟斬りを叩きつけるが、男はそれをひらりとかわした。


 「馬鹿がっ!ぶんぶんと振り回せばいいというわけではない!」


 左に避けた男が、剣を振り抜いたフルールの脇腹目掛けて剣を振るった。


 (大丈夫、じっちゃんよりも、遅い!)


 袈裟斬りを空振りした勢いのまま、右回りに回転する。ちょうど四分の三ほど回転したあたりで、相手の剣を受け止めたフルールは、そのまま長剣を振り抜き、その片手剣ごと人垣のリングの端まで弾き飛ばした。


 「勝負あった!双方、攻撃をやめろ!」東堂の毅然とした声が青い天に木霊する。


 どよめく観衆の声は、やがてフルールを讃える歓声へと変わった。それを肩で息をしながら聞いていたフルールは、かつてないほどの高揚感に身を包まれ、静かにガッツポーズをする。


 「は、はは…通じるじゃんか、私の剣…!」


 独り言を漏らす傍ら、じっちゃんだったら慢心するな、とか叱るのだろうな、とフルールが考えていると、東堂が拍手をしながら近づいて来た。


 「おいおい、驚いたな。想像の何倍もやるじゃないか」

「ふふ、まぁ、魔法の才能がないって分かってからは、こればっかり鍛えてたから」

「ふむ。今のはどう考えても我流だろ?独力でここまで?」

「ああ、違う違う。ヴェルメリオ領の下町に剣術道場があって、そこで小さい頃から訓練してた。お父様にバレるとかなりうるさかったから、こっそりとだけどね」


 それを聞くと、東堂は良いことを聞いたと言わんばかりの笑みを浮かべ、囲む人々にこう言ってのけた。


 「今のを聞いたか、みんな。こいつは四大貴族の娘でありながら、子どもの頃から下町の剣術道場でこっそり訓練していたとさ。それが嘘かどうか、生半可な努力だったかは、今この場にいるみんななら判断がつくだろう。どうだ、このフルール・ヴェルメリオを、ただの女剣士として仲間に入れてやってくれないか?」


 高らかに告げた東堂の声に一瞬だけ静寂が訪れる。迷いの沈黙であることは容易に分かったため、フルールは不安に思ったのだが、間を置かずして再び鳴り始めた拍手と賛同の声に、ほっと安堵のため息を漏らした。


 「ありがとう、東堂さん」と素直な感謝の心と共に笑顔を浮かべたフルールは、「ちょっと、行ってくるね」と走り去りながら東堂に手を振った。


 後ろで東堂が、「何だ、可愛らしい真似も出来るじゃないか」と言っているのが聞こえたが、そんなことは無視して、自分が吹き飛ばした男の元へと走り寄る。


 「あの…!」フルールの呼びかけに、座り込んで仲間と話していた男が顔を上げる。「怪我はない…ですか?」


「…嫌味か?」と地の底から響くような声で尋ね返されて、「あ、まぁ、そう聞こえるよなぁ」と頭をかくフルール。


 彼は面白くなさそうな顔をしている仲間をやんわり押しのけると、やおら立ち上がった。そばで見上げると、やはりかなりの巨体だ。この人を自分が吹き飛ばしたとは、にわかに信じ難かった。


 「隊長の命令で決まったことだ。文句は言わん」彼はそう言うと、テオドア、という名前を付け足しながら握手を求めるように手を差し伸べてきた。


 隊長とは、おそらく東堂のことだろう。彼女の強さを考えれば、別に不思議でもなかった。ただ、彼がこうして友好の証を示したことには驚いた。


 フルールは、一瞬だけ躊躇した。


 ヴェルメリオを憎む彼の手を、ヴェルメリオである私が握り返していいものか。これは、表面上の友好、欺瞞の類ではないだろうか。


 頭に浮かんだ不適切な考えを、首を振って振り払い、フルールは真っ直ぐテオドアの顔を見上げて握手に応じた。


 無言で応じた握手。その手を離す寸前、フルールは意を決して口を開く。


 「テオドアさんが、どうしてヴェルメリオに恨みがあるのかは分からない。でも、きっと誰かが貴方の大事なものを傷つけたんだと思う」

「…」

「でも、貴方が認めてくれた力は、ヴェルメリオのものじゃなくて、私が頑張って得たものだから」


 こんな言葉が慰めになるとは思っていなかったが、それでも、どうしても伝えておきたいものでもあった。


 自分をヴェルメリオとして扱うのではなく、一人の人間として扱う。


 下町の剣術道場で過ごした日々のように、あるいは、スノウと二人だけで暮らした一月足らずの日々のように。


 そこに、自分の幸せが詰まっているような気がした。


 テオドアはフルールの言葉を聞くと、感情の読めない調子で鼻を鳴らして仲間と共に立ち去って行った。満足げであったような気もするし、不服そうであったような気もする。


 そうして、フルールが去り行く彼らの背中を見送っていたところ、あっという間にリングとなっていた人垣が自分の周囲に収束されていった。


 「え、ちょ…!」自分を囲む人々に矢継ぎ早に質問されて、フルールは混乱する。


 可愛い見た目で派手な戦い方をするじゃないかとか、テオドアを倒すのはたいしたものだとか、どういう経緯でエンバーズに入ったのか、とか…。


 別に、レジスタンスに入ることを決めたわけではないのだが…。


 自分がもみくちゃにされる姿を、苦笑いしながら見つめる東堂と目が合う。彼女は困惑しているフルールに向けて、声を張り上げて言った。


 「偽名もいるな。いつまでもヴェルメリオの姓を名乗っていては、色々と都合が悪くなる。何か良い名前を考えておけよ」

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