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雪桜の華冠  作者: null
一部 三章 世界が変わる一夜

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世界が変わる一夜.4

お目通しありがとうございます!

 「レジスタンス…!」


それを聞いて脳裏に浮かぶのは、もちろん、かつて祖父が率いた反乱軍のことだ。


 「つまり、君たち四大貴族の敵だ。私たちはこの大陸を牛耳る四大貴族を叩き潰すために行動している」

「…っ!」隣で自分の手を握るスノウが息を飲んだ。


 突如、命の恩人が牙を見せてきたことで、少なからずフルールも不安を抱いた。同時に、スノウは三日間この不安を一人で抱えていたと思うと、胸が痛んだ。


 東堂が口にしたことが真実であるならば、四大貴族の娘である自分たちは格好の標的だ。殺す価値がないとしても、人質や見せしめに使えないこともないかもしれない。そう考えれば、不安が強まらないほうがおかしな話ではある。


 しかし――…フルールの脳内を占めていたのは、不安や恐怖といったネガティブな感情よりも、『反乱分子』なるものが存在していたことへの、形容し難い高揚感だった。


 「そんなこと、可能なの?」


 興奮に背を押され、口が勝手に開いた。それを聞いて、不思議そうに東堂は片眉を上げる。


 「どうしてそんなことを聞く?」

「いや、だって…」


確かにそうだ、と思いながらもフルールは頭に浮かんでくるままに言葉を紡ぐ。


「四大貴族を潰すなんて、とても現実的とは思えない。反乱のために減封を受けたヴェルメリオ家でさえ、とんでもない数の兵を所持してるんだよ?」

「だろうな」

「数だけじゃない。ヴェルメリオの『火焔』の魔法は一騎当千。よっぽどな兵力を用意しなくちゃ、勝てっこない。しかも、それが四つもあるなんて、無謀だ」

「そんなことは分かっているさ。だが、それが分かっていることは、お前たち四大がやっていることに黙って耐え続ける理由にはならない」


「お前たちって、別に私は――」

「関係ない、か?」東堂が苛立った様子で、食い気味に言った。「魔法の才能がないから、誰も傷つけていないから?そんなものは何の免罪符にもならないぞ」


 立ち上がった東堂の目には、先程までは隠し通していたのだろう憎しみや憤りが滲んでいた。


 人の闇を孕んだ瞳は、黒曜石みたいな表面で緊張した様子のフルールを映すと、続けて言った。


 「お前の持っていた上等な衣装や無用な装飾の多い剣は、一体誰の苦しみを吸って得たものだ?お前は、お前の幸福の足元で生きている不幸な人間が見えないだけだろう!」

「…ちょっと、藍、それくらいにしておきなさいよ」


 パルミラが興奮気味の東堂を制する中、フルールは、ガツン、と頭を殴られるような衝撃に思わず俯く。


 剣も衣装も、本も食べ物も…。確かに、私は困ったことがない。


 私は、魔力に恵まれなかったこと、家督を妹に継がせるほかなかったこと、家族に軽んじられることを不幸だと考えていた。


 だが、違ったのだろうか。


 もしかすると、私の今までの人生は、幸せな部類だったのだろうか。


 少なくとも、スノウが私を認めてからは、今までの時間を取り戻せたような感覚に陥っていた。


 本当の不幸とは、人一人の出会いでは変えられないものなのだろうか。


 頭の中を、二人のホビットが焼き殺されていく光景がよぎる。


 それから目を背けたくて、強く目蓋を閉じる。だが、どこにいても逃げられない記憶の闇は、フルールを苛むことをやめなかった。


 そうしてフルールが、俯き、項垂れていると、スノウが唐突に大声を発した。


 「やめて下さい!」そのボリュームの絞らない声量に、誰もが彼女のほうを向いた。「貴方に、フルール様の何が分かるのですか!?」

「す、スノウ…」


 川に飛び込む前に見た、スノウの凛とした横顔が再びフルールたちの前に現れる。


 「確かに私はそうです。貴方が言うように、他人がどうだとか、異種族がどうだとか、興味はありません。誰かがどこかで不幸のために死のうと、私の閉じこもる部屋の中に影響がない以上、どうでもよかった!ですが、フルール様は違う。この人は、焼き殺されるホビットを助けようと一生懸命になって上着をはためかせた!それが出来なくて、涙を流し、後悔を続けた!引きこもりの許嫁を貰っても、文句を言うどころかずっとそばにいてくれた!姉に誘われたときだって、私のほうを選んでくれた!殺されかけたって、私のほうが大事だって言ってくれた!」


 堤防が決壊したような勢いで語るスノウの言葉に、誰もが圧倒された様子で口をぽかんと開けていた。


 スノウが、自分への真っ直ぐな想いを胸に庇ってくれたことは素直に嬉しかった。ただ、どうしてか、自分が過剰に美化されているように思えて、フルールは落ち着かない気持ちにもなる。


 「あー…スノウ、それくらいで勘弁してくんない?」ぜいぜいと肩で息をしている許嫁に、そっと呟くように呼びかける。「ちょっと恥ずかしいっていうか、過大評価しすぎっていうか…」

「わ…私は間違ったこと、言ってません!」


 まるで、黙れ、とでも言いたげに自分を睨んでくるスノウに、フルールはきゅっと心臓が痛くなる。


 まさか、スノウに怒鳴られるとは思ってもいなかった。川に飛び込むときといい、彼女の本質は引きこもりの引っ込み思案ではなく、有無を言わさぬ強引なタイプなのではないだろうか。


 フルールから東堂、パルミラに視線を移したスノウは、「なので、私を人質にするぶんは構いません!ですが、フルール様を傷つけようというのであれば容赦はしませんから!」と言ってのけた。


 それを聞いた東堂は、困ったふうにパルミラを見やった。だが、彼女は東堂の視線を素知らぬ顔で避けると、責任は自分で取りなさいと言わんばかりに目を閉じた。


 「…はぁ、分かった、私も悪かった」ため息と共に、東堂が椅子に座り直す。「『も』?『も』って何ですか!貴方『が』悪かったの間違いでしょう!」

「あぁもう、分かった!私が言い過ぎた、私が悪かったよ!」


 勘弁してくれ、と付け足した東堂は辟易した様子で古臭い天井を見上げる。


 スノウの怒りが収まったところで、パルミラがブリザに襲われたことに関する詳細を尋ねてきた。面白いことなど何もないが、と前置きした上で、フルールはその一件について説明する。その際は、時折スノウも足りない情報を補足してくれていた。


 領民を氷漬けにしていたこと、それをリアズール家当主が黙認していること、スノウを殺そうとしてきたこと、そして、そんな二人の間にフルールが割って入ったこと…自分で説明しておきながら、とても真実とは思えないなとフルールは驚いた。


 分からないところがあるとすれば、ブリザの行動である。


 自分のことを気に入った、と言っていたが、果たしてどれほど本気でそう言っていたのか。スノウを襲った理由は何だったのか。魔法も使えない二人に固執したのは、どうしてなのか…。どれほど考えても、フルールにブリザの行動は理解出来そうにもなかった。


 自分をもてなしてくれたときの、ブリザの艶やかな表情が蘇る。とても美しく、熱い眼差しだった。


 「なるほど。それで最後は命からがら川に飛び込んだと」半笑いの東堂だったが、幸い疑っている素振りは見られない。「お前たち、本当によく生きているな。ブリザと言えば、若い頃のリアズール家当主の生き写しみたいな女だろ?間違いなく、まともな奴じゃないぞ」


「まぁ、私が一番死ぬと思ったのは、川に飛び込んだときだけどね」恨みがましい目でスノウを見やったところ、彼女は、「…でも、ああしていなければ、今頃ここにはいません」と渋るように答えた。


「分かってるけどさぁ。私はスノウと違って魔力量が激ショボなんだから…今度は私の魔法障壁なんてアテにしないでよ?」

「…はい、すみません」


 きちんと反省したようでなにより、とフルールが微笑みと同時に息を吐くと、思わぬところから彼女をフォローする声が上がる。


「フルールさん、あまりスノウさんを責めないであげて」と穏やかにフルールをたしなめたのはパルミラだ。「貴方が生き残ったのは、その子がきちんとした救命措置をしたおかげなんだから」

「救命措置?」とフルールが首を傾げていると、突如、割れんばかりの声でスノウが叫んだ。「だ、だめっ!」


 何事かと目を見開いてスノウを見やると、彼女は淡雪のような頬を紅潮させてパルミラのことを睨んでおり、こちらの視線に気が付く様子はなかった。


 「え、まぁ、どうして?」困惑した様子のパルミラが、「だって、二人は…」と口にしたところで再びスノウが同じ言葉で遮った。


 その後、押し黙るスノウと、相変わらず困った感じのパルミラを見かねてか、東堂が苦笑とも嘲笑ともつかない笑顔を浮かべて言った。


 「川に落ちた後の救命措置と言えば、一つしかないだろう」東堂がスノウとフルールの顔を交互に見比べる。

「え?」


 ま、まさか…。


 思わず、フルールはスノウの唇を見つめてしまう。


 たおやかな唇は、肌の白さとは対象的に綺麗な薄紅色をしている。触れずとも分かる柔らかな様子に、ごくり、と喉を鳴らした。


 「もう、いい加減にして下さいっ!」


 フルールの無遠慮な視線に気づいたスノウは、すぐにでも話題を変えるため、自ら話の舵を取った。


 「そ、それで、この後、私たちはどうなるんですか」


 口にしておいて、その返答が持つ重要性に関して気が付いたのだろう、スノウは深刻な顔で東堂ら二人のほうをじっと見つめていた。


 「そうだな…」東堂の返答を待つフルールも、緊張した面持ちでいた。


 最悪、ここで一戦交えることになるかもしれない。


 いくら彼女らがやっていることに自分が共感を示したとしても、スノウや自分の命を脅かすとなれば話は別だ。なぜなら、それは四大貴族が弱者にやっていることと何ら変わりはないからだ。だとすれば、黙って利用されてやるつもりはない。


 「そんな顔をするな。リアズール家次期当主に狙われる身となったお前たちに、今さら人質の価値はない」


 どうだろう。ブリザなら喜んで何らかの交換条件を飲んでくれそうな気がするものだが。


 「ねぇ、藍。あの件、この子たちに任せてみたらどうかしら?」

「なに?本気で言っているのか、パルミラ」口を挟んだパルミラに対して、すぐに東堂は首を左右に降って見せる。「いや、駄目だ。あれはエンバーズの命運を左右する仕事なんだ、こいつらに任せたりしたら、周りが黙っていない」


「それを説得するのが貴方の仕事じゃない」

「断る。こいつらのために矢面に立つなど、冗談じゃない」

「じゃあ、どうするのよ」

「さあな。その辺りに放してやれば、勝手にどこへなりと消えるだろう」


 こくり、と何度かスノウが頷いている。


 スノウは、このままレジスタンスから離れて、どこか違う場所で暮らすことをお望みなのだろう。普通に考えれば、当然のことだ。


 …私は、どうなのだろう。


 このまま、スノウと二人で…何もかも忘れて、四大も魔法もない、遠くの土地で生きるのもいいかもしれない。


 …本当に、そんなふうに考えられるだろうか。


 慈悲深い忘却が、目を逸らし続けた自分の罪を洗い流してくれる日が果たして本当に来るのか。いや、そもそも私はそれを望んでいるのか。


 「…何か嫌だな、それ」東堂とパルミラが意見をぶつけあう中、気がつけば、フルールはそう口にしていた。「フルール様…?何が嫌なのですか?」

「ねぇ、スノウはこのままどこか遠くへ行きたい?」

「え?」と彼女は目を丸くする。「ど、どうしてそんなことをお聞きになるのですか?」

「いいから、さ」


 スノウは短い沈黙の後、未だに小競り合いを続けている二人を確認すると、照れたように頬を染め、ぼそぼそとはっきりしない口調で続ける。


 「私は…貴方となら、どこへでも…」

「本気ぃ?それ」


「む…本気です」きゅっと結んだ手を自身の胸の前に持ってくると、スノウはいつになく真剣な顔になる。「フルール様となら、たとえ、この世の果てまでもついて行きます」


 大した覚悟だ、と薄く笑う。彼女の想いが本気かどうか試す術はない。言葉での約束など、何の保証にもならないのだから。


 それでも、フルールは聞いてしまう。


 「地獄の底でも?」

「当たり前です」即答するスノウが、少しだけ幼く見える。「フルール様、試すような真似はいりません。貴方は、貴方のしたいことをおっしゃって下さい」

「簡単に言うなぁ、もう」


 自分だって、まだまともに覚悟を決めていないのに…。こういうふうに言われると、後に引けなくなるではないか。


 そうして逡巡や困惑、ある種の希望すらも感じながら、フルールは顔を上げた。自分なりに、彼女たちと話をしてみようと思ったのだ。


 しかし…。


 「彼女らにかかった食事代はどうするの!着る物だって、ただじゃないの!」

「そんなもの、私が適当に魔物でも狩って――」

「で?その肉を調理するのは誰?」

「うっ…」

「皮をなめしたり、毛を加工したりして、着る物に変えるのは?」

「…それは、だな…」

「貴方がするの?藍」


 これ以上は分が悪いと思ったのか、東堂は口をつぐんでそっぽを向いた。すると、たまたまそれでフルールらと目が合い、叱られていた東堂はバツが悪そうに目を背け、口元を歪める。


 「貴方はしないわよね。するのは私たち支援班。――あのね、お分かりではないみたいだから一応教えておくけれど、何にでも手間はかかるの。手間賃が世の中にはあるの!それぐらい、あの子たちに払わせてもバチは当たらないわよね、私たち!」


「…降参だ。好きにしろ」


 両手を上げて降伏のジェスチャーを示した東堂は、ぽかんと二人のやり取りを見つめていたフルールらに、苦笑と共に告げる。


 「覚悟しろよ、お前ら。エルフのケチ臭さは尋常じゃないんだ。米粒一つにかかった金の分まで働かされると思え」

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