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雪桜の華冠  作者: null
一部 三章 世界が変わる一夜

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世界が変わる一夜.2

彼女らは同類なのです

 「スノウ、立って!」右肩の痛みに歯を食いしばって耐え、長剣を真っすぐ構える。「隙を見て逃げるよ、準備して」

「…逃がすはずがないでしょう」じろり、とブリザがスノウのほうを睨む。狙いはあくまで彼女ということらしい。


 今度は躊躇しない。どうせ魔法障壁で防がれるのだ。届くと思ったら、本気で斬る。そうしなければ、自分はまだしもスノウは確実に殺される。


息を深く吐き出してから、今度は、空気中の魔力を集めようとするかの如く、息を吸う。


 (…考えろ。氷の壁がある以上、このままじゃ太刀打ちできない。倒せなくともいいんだ。どうにか無力化しないと…!)


 あの氷を溶かすことができるのは分かった。だが、だからといって毎回触れて溶かすわけにはいかない。隙だらけで、危険すぎる。


 思考を巡らせていたフルールの頭に、ふと、自分が熱したカップのことを思い出された。


 『ありがとうございます。フルール様の入れる紅茶は、いつも温かいですね』


 蘇るスノウの声に、はっ、とフルールは息を飲む。


 (熱だ。あのときのカップと同じように、魔力を物体に――剣に注ぎ込むんだ。氷に対して相性の良い炎の魔力なら、私みたいにちっぽけな魔力量でも、どうにかできるかもしれない!)


 光明が見えた、とフルールは顎を引く。


 何かを値踏みするようにこちらを見つめるブリザは、ゆっくりと片手を上げると事も無げに告げる。


 「…しょうがない人。片足でも削ぎ落さないと、大人しくならないのね」


 ぞっとするような言葉だったが、今はそれどころではない。とにかく、意識を長剣へと向ける。


 息を吹き込むみたいにして、魔力を注ぐ。生憎、噴き出るような魔力量がない以上、そうするほかない。


 少しずつ、少しずつ剣に魔力が行き渡る。見た目では分からないが、手にした長剣から熱が発せられているのは持っていれば容易に分かる。


 虚空に氷の剣が生成される。キラキラと月光を吸い込んで光る氷の魔力が、ダイヤモンドダストみたいで美しい。


 (黙って待ってやる義理はない。十分な数を作られる前に、懐に飛び込むんだっ!)


 地を蹴り、加速する。さっきよりか元々の距離が近いため、駆ける時間は短く済んだが、同時に、氷の剣をかわすタイミングもギリギリになった。


 ひゅん、と刃が自分の左肩をかすめる。わずかに走る痛みと熱、そして、それとは矛盾する冷気。


 ――止まらない、止まってはいけない。


 懐に飛び込んだフルールは、下から一閃、斬り上げを放つ。


 長剣は高い音を立てて、瞬く間に生み出された氷壁に阻まれる。


 「何度やっても無駄よ」冷ややかなブリザの声。かわした剣が後ろから戻って来る気配を感じる。

「そんなの、やってみなくちゃ分からない!」


 氷壁に阻まれた剣に力を込める。


 熱を帯びた刃が段々と壁を引き裂く様に、みるみるうちにブリザの目が丸くなった。


 「なっ…!?」

「えやあああっ!」


 振り抜いた長剣が、氷の壁に深い裂け目を刻んだ。その隙間に飛び込めば、すぐ後ろから氷の剣が壁に衝突する音が聞こえてくる。


 フルールの手にした長剣に込められた熱が、滴る水の雫を蒸発させて白い水蒸気を上げている。そんな中、彼女はさらに間合いを詰めた。


 「あ、貴方、魔法が使えないのではなかったの!?」

「才能に恵まれなかっただけだ!」慌てて後退するブリザに肉薄する。「この間合いなら、魔法も何も関係ないっ!」


 魔法障壁で防げると言っても、無敵ではない。一太刀叩き込めば、質量の問題も相まって手傷を負わせられるはずだ。


 対するブリザは、瞬時に氷の剣を手元に生成した。あまりに短い一瞬で作ったものだから、今までのものより硬度は落ちるとフルールは予測した。


 「はあっ!」一閃、袈裟斬りに剣を振り下ろす。しかし、ブリザはその渾身の一撃を受け止めた。「惜しい、尽く惜しいわねっ!」


 ブリザは素早く切り返すと、鮮やかな連続突きを繰り出した。迸る冷気を懸命に剣の腹で防ぎながら、フルールは歯を食いしばった。


 「魔法だけじゃなくて、剣術まで出来るなんて…!」

「こう見えて、努力は怠らないのよ。貴方と同じでね!」


 躊躇なく振り抜かれた剣閃。屈まなければ、危うく首が胴体から離れるところだった。


 立ち上がる勢いを利用して、下から長剣を振り上げる。


 熱をまとう斬り上げは、冷えた空気を瞬く間に温めることはできた。だが、上から振り下ろされた氷の剣とぶつかってブリザには届かず、彼女と鍔迫り合いする形になった。


 「どうして、スノウを狙うっ!」

「貴方なら、少しは考えれば分かると思うけれど?」

「分かるか、そんなもんっ!」


 力任せに剣を弾けば、謎の充足感に包まれたブリザの眼差しとぶつかった。


 「フルールさん――いえ、フルール・ヴェルメリオ!私は、ますます貴方が気に入ったわ!」


 一糸の乱れもない美しい突きから、くるりと回転斬りが放たれる。それをかろうじて受け止めたフルールだったが、思った以上の衝撃と得物の硬度の差に面食らう。


 「私のモノになりなさい!ヴェルメリオの家名を、地位と権力を保つためなら、私よりもその女を選ぶメリットなどないわ!」

「私を放り出した家のことなんて、今さらどうでもいい!」


 間合いを離される気配がしたため、フルールは真っ直ぐ距離を詰めた。それにより、再度鍔迫り合いの形になる。すると、すぐ正面で、上気した頬を艶やかに歪めるブリザが興奮した口調で告げた。


 「仮に家のことなどどうでもいいとしても、個人の充実を考えるのであれば、その気高い心と美しい体は、私のために捧げられるべきよ!あそこで怯えるだけの小娘などではなくてね!そうは思わないかしら!?」


 ごうっ、とまたフルールの心の中の炎が燃える。


 「お前…!人のことをなんだと…!」

「さぁ、アレのことなど見捨てて、私に従いなさい!五体満足であるうちにっ!」


 ガキン、と音を立てて鍔迫り合いが破られる。


 無防備に両手を上げたフルールの右肩目掛けて、ブリザが一閃、振り下ろすのが見えた。


 フルールも、迫る剣撃に気づいていないわけではなかった。


 だがそれよりも、自分やスノウを、もっと大きく考えれば人の人生や命すらも軽んじ、己が好きに出来ると考えているらしいブリザへの憤りでフルールは頭がいっぱいになっていた。


 「いい加減に――」弾かれた勢いを利用して、長剣を高く振りかぶる。「しろぉぉっ!」


 唐竹に振り下ろされた熱をまとう長剣は、氷の剣をやすやすと両断した。


 「ま、また…!?」勝利の確信を抱いていたブリザの目が愕然と見開かれる。


「誰も彼もがお前たちみたいに、人の命をモノのように扱えると思うなぁっ!」


 相手の動きが止まった。フルールはそれに構わず、もう一度剣を振りかぶると、迷いのない動作で激しい袈裟斬りを怒鳴り声と共に浴びせかけた。


 障壁に防がれる独特の感覚が手に伝わる。しかし、彼女の体が長い髪を振り乱して、冗談みたいに遠くへ転がっていくのを見るに、ダメージはあると思っていいだろう。


 まさか死んだのでは、と不意な不安に襲われたフルールだったが、何かぶつぶつ言いながらブリザが身を起こしているのを確認すると、急いで反転し、動けずにいるスノウの元へと走った。


 「スノウ、行くよ!」

「え、あ…きゃっ!」無理やり彼女の手を取り、遮二無二なって駆け出す。


 後ろから、「手加減してあげたのが間違いだったわ、フルール!今すぐにでも氷漬けにしてあげる!」と滅茶苦茶なイントネーションで叫ぶブリザの声が聞こえてくる。


 このまま捕まれば、冗談抜きに氷漬けにされそうだ。そうと分かれば、足は自然とスロットルを上げた。


 やがて、森の端まで到着した。とうとうたる川の流れる音が渓谷の遥か下のほうから響いてくる。


 二人は追われ続けて、断崖絶壁まで追い込まれていた。


 「ま、まずい。すぐに引き返さないと――」


「フルールッ!」笑うような、怒鳴るような声に振り向くと、少し離れた場所にブリザが幽鬼の如く佇んでいた。「どこへ行くのかしら、どこへ行こうというのかしら?反逆者の貴方の居場所なんて、もうどこにもないでしょうに!」


 痛いところを突いてくるものだ。確かに、ヴェルメリオの家にも、リアズールの家にも、もう自分を受け入れてくれる場所はないだろう。


 事情など聞いてくれる我が家ではないし、そもそもリアズールは目の前の彼女とその母親が牛耳っている。ブリザの要求を断った時点で、いつでも反逆者呼ばわり出来るのだ。


 それにしても…、ブリザの目的がスノウから自分に切り替わっているように思えてならない。そんなに一矢報いられたのが悔しかったのか…。


 ゆっくりと、彼女が両手を正面に突き出した。その数秒後には何十本もの氷の剣が空中に生み出される。


 初めはくるくる回っていた剣たちだが、ブリザの人差し指が自分たちのほうへと向けられたとき、ぴたり、と静止し、それから緩慢な動作で切っ先が揃ってこちらを捉えた。


 「家も、人も、今の貴方を受け入れてくれる場所はない。――大丈夫、少し痛い目に合って反省を示したら、色々と考え直してあげないこともないから」


 どう見ても、『少し痛い目』という感じではない。


 万事休すか、ならばせめて、スノウが逃げるだけの時間ぐらいは確保出来ないだろうか。そう考え、熱を帯びた長剣を握る力を強くしたとき、スノウが大きな声を上げたことでびっくりしてしまった。


 「居場所ならあります」ぐっ、と後ろから腕を絡め取られる。そのせいで構えが崩れたが、それはブリザも似たようなものだった。「…私の隣に、フルール様の居場所ならある…!」


 スノウらしからぬ、決然とした表情だった。いつもの虚無的な陰りは見えない。フルールもブリザもその面持ちを見て、思わずスノウの名前を呼ぶほどだった。


 もしかすると、彼女も戦う覚悟を決めたのかもしれない。その気持ちの強さで、魔法が使えなくなったトラウマを乗り越えたのではないか…。


 そんな都合の良いことを考えていると、スノウがこちらへと視線を移した。


 真っ直ぐで、希望の灯火に燃えた美しい青の瞳。


 こんなにも、彼女は気高く美しく見える人だっただろうか。


 フルールの中の英雄像が、今、スノウと重なった。


 「フルール様」何かを求めるように、スノウがフルールの名前を呼ぶ。「覚悟はよろしいですね」

「…うん、行こう!」スノウの覚悟に応じるため、深く頷き返し、長剣を真っ直ぐ構える。


 二人でなら、何とか越えられる気がした。


 魔法至上主義のこの世界の常識も。


 立場の低い者や、異種族のような寄る辺なき者を冷遇する風潮も。


 人をモノ扱いする人間が支配する社会も。


 しかし…。


 気合を入れた途端、後ろからスノウに腕を思いっきり引っ張られる。


 「うわっ!?ちょ、え、す、スノウ!?」スノウがフルールの腕を引いて向かう先、それは断崖の淵だった。「あ、待って待って、スノウ!」


 逃すまいと、ブリザが生成した氷剣を解き放つ。「待ちなさいっ!戻ってきなさい、フルール!」


 進むも地獄、戻るも地獄だ。


 「覚悟はできたと言ったではないですか!」

「いや、そっちとは思わないじゃん!」


 迫る断崖。激流の川の音が段々と近くなってくる。縁に立った辺りで、さすがのスノウも一度足を止めた。


 まさか、本気でこの高さから飛び降りるつもりなのか、と軽い目眩を覚えてスノウの顔を一瞥するが、彼女は相変わらず揺るぎない決意を瞳に宿し、深い水底を睨んでいた。


 「ほ、本気だ…」


 振り返れば、氷の剣は狼の群れの如く二人に迫って来ていた。


 もはや、一刻の猶予もない。だが、だからといってこの高さから飛び降りるのは、尋常ならざる勇気がいる。


 「ね、ねぇ、この高さはさすがに死んじゃう気がするんだけど!」

「大丈夫、魔法障壁があります!」

「私のはたかが知れてるって!」


「あぁもう!往生際が悪いですよ!」スノウはそう言うと、フルールの手をしっかり掴んだまま、怪物が口を開けているみたいな谷の底へと身を踊らせた。「それに私は、フルール様と死ねるなら本望ですっ!」

「わ、私は出来たらこういう死に方はしたくな――」


 直後、とんでもない浮遊感が身を包んだ。それから、『落ちる』と言う感覚が始まる前に、こらえきれなくなってフルールは叫び声を上げた。


 「う、うわあああああっ!」


 これならまだ、死を覚悟してブリザと戦ったほうがマシだったのではないか…。


 幸か不幸か、フルールは水面に叩きつけられる前に、その浮遊感や恐怖で気を失ってしまうのだった。

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