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雪桜の華冠  作者: null
一部 三章 世界が変わる一夜

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世界が変わる一夜.1

では、三章のスタートです。


彼女らの世界は、この夜を境に変わります。

 月明かりでぼんやりと浮かび上がるシルエットは、とても洗練されていて、スマートだった。嫌でも上流階級の人間であることが察せられる装いだ。


 ブリザは最初に会ったときと同じような微笑みを浮かべ、再び手を掲げ、魔力を練り始める。


 「どういうおつもりですか、ブリザ様!」急いで彼女を止めようとするが、フルールの声など意にも介さず、ブリザは魔力の氷剣を生成した。「くそ、スノウ、立って!」


 反転し、倒れ込んだままのスノウの手を取って無理やり立ち上がらせる。そのまま、驚くほど軽い彼女の体を連れて更に森の奥へと駆け込んで行く。


 息を切らしながら、木々が作る影の中を一生懸命駆ける。奥へ奥へと向かうほど、闇は濃くなっていった。


 どれくらい距離を離しただろうか、と振り向くと、また氷の剣が矢のように襲いかかってきていた。


 「スノウ、こっち!」方向を変えて、木を盾にするように動く。急な動きに、「きゃ」とスノウが短い悲鳴を上げるが、構ってなどいられない。


 剣が深々と木の幹に突き刺さっていく。魔力をまとって障壁を作れない人間があれをまともに受ければ、体に風穴が空くことだろう。


 自分にはない、ぞっとするほど濃密な魔力に声を震わせながらフルールはぼやく。


 「まさか、本気で殺す気なの…」

「ふ、フルール様、そのまさかです。小屋の中で、人が氷漬けに…」

「氷漬け…!?」


 その瞬間、がくんとスノウの体が崩れた。足場が悪くて転んだのだ。


 慌てて彼女を起き上がらせようとするが、激しく息切れしたスノウの体は急に重くなり、立ち上がろうとしてくれない。


 「ちょっと、立って、スノウ!」

「…も、もう…走れません」

「情けのないこと言わないの!走らないと、殺されちゃうかもしれないんだよ!」


 フルールがどれだけ呼びかけても、スノウはまるで動こうとはせず、繰り返し首を左右に振るだけだ。


 「立ってってば!本当に殺されちゃう!」

「…もういい」ぼそり、とスノウが呟く。「もういいです。置いて行って下さい。あの人の狙いは私ですから、そうすればフルール様は助かるはず」


「はぁ!?出来るわけがないでしょ、そんなこと!やっと外に出たのに、こんなところで諦めるの!?」

「…あの小屋は、お姉様がお母さまに頼んで設えたものなんです。あの場所でああしたことを繰り返しているのだとしたら、それはおそらく、お母様もそのことを容認していることを意味する…」


 その発言を聞いて、フルールは唖然とする。


 そんな馬鹿な。領民を殺して回ることを容認する領主が、一体、どこにいると――…。


 そこまで考えてから、フルールは自らの父のこと、そして、妹のことを思い出した。


 二人のホビットを平然と焼き殺したシェイム。異種族ならばと、それらを容認した父。


 こんなことが、許されていいのだろうか。権力や地位は、自分の思うがままに人の命を奪っていい権利のことだっただろうか。


 ふと、フルールの脳裏に祖父の肖像画がよぎる。


 異種族の自由と権利のため、立場の低い者が生きる糧に困らない時代のため、立場も省みずに立ち上がった先々代当主フレア・ヴェルメリオ。


 彼は、協力を断った種族たちのためにも戦った。どれだけ劣勢に苦しみ、逃げる場所がなくなっても彼らを恨まず、最後の最後まで剣と火焔、気高い精神を武器に戦ったという。


 今、このとき、フルールには祖父の在り方こそが四大貴族としてあるべき姿だったのではと思えた。


 物腰や煌びやかさではない。もちろん、富や名声でも。


 「だから、もう行って下さい。ここで逆らうことは、リアズール家に対する敵対行為にも近しい。貴方の立場を悪くする」


 スノウが、足元で何か話している。だが、そんなものはもう、フルールの耳には届いていない。


 ホビットを焼き殺すことも、人魚を食らうことも、領民を氷漬けにしてしまうことも。


 娘を道具としてしか見ないことも、娘をいないものとして扱うことも、姉妹の中に優劣をつけてしまうことも。


 全部、全部が認められなかった。


 「家から完全に見限られた以上、私はもう…どうせどこにいても生きられない…」


 理由もなく、過剰な支配と暴力を是とするこの国の在り方が、許せないと思った。


 「魔法の使えない娘なんて、要らなかったのよ…私も、きっと、貴方も…」


「…そんな理由で、スノウは納得できるの」気づけば、口を開いていた。「いや、違う…違うでしょ、納得できる理由なんかあるはずがない。魔法が使えない…?それが何だ、そんなことで…、そんなことで、人が死んでいいわけがない…!」


 滾る憤りを胸に、自分の心を見つめる。


 これ以上、失っていいはずがない。


 自分の中にある誇り――血脈の中に受け継いだはずの、ヴェルメリオの誇りの炎を。


 やがて、ドスドスと氷の剣が自分たちの周辺に突き刺さった。ブリザが近くまで来ているのが感じられ、フルールは振り返る。


 冷えた眼差しでじっと自分を見つめるブリザは、長剣を手にしてスノウの前に立ちはだかるフルールに告げた。


 「フルールさん。何も聞かず、そこをどいてくれないかしら」

「断る」もはや、彼女を、リアズール家を敬う気持ちなど微塵も残っていなかった。「スノウは私のパートナーだ!私が、パートナーを見捨てて逃げる馬鹿に見えるか!」


「…あぁ、そう。そうなのね。ふぅん。えぇ、見えるわ。貴方は愚か者、大馬鹿者ね。私に逆らうことの意味が、本当に分かっているのかしら?」

「百も承知!」


 ぐっ、と両手で長剣を構えて見せる。そんなフルールの姿に、スノウは言葉を失ってその背中を見つめていた。


 「…愚かしい子。少しいたぶってあげたら、同情で曇ってしまった目も覚めるかしら」


 そう告げたブリザは、手を差し伸べるように構え、氷の剣を生み出すと、縦に回転させながらこちらに向けて攻撃を始めた。


 氷の剣が一本、二本、牙を剥き出しにして襲い掛かる狼の群れの如く、ブリザの手の動きに合わせて迫りくる。


 タイミングを合わせて長剣で弾き返そうと試みるも、濃度の高い魔力の剣は勢いも、硬度も凄まじく、剣撃がぶつかり合う度にフルールの体が後ろに押し込まれた。


 下町の剣術道場などでは、受けられなかった重さの攻撃だ。


 (これが、四大貴族—―次期リアズール家当主の力…!?)


 一本、一本が間隔を空けて襲い掛かってくるから、まだどうにか耐えられてはいるが、これが複数本同時になったら、とてもではないが立っていられないことだろう。


 しかも、ブリザの顔に嗜虐的な笑みが浮かんでいることから察するに、彼女は間違いなく手加減している。猫が何度も獲物を叩くように、文字通り『少しいたぶっている』のだ。


 こうも思い通りにやらせるのは、我慢ならない。自分だって、多少なりと戦いの基礎は学んできているつもりだ。


 くるくる回りながら突っ込んで来る氷の剣を、横に飛んでかわす。続けざまに前からも来るが、これも前転してかわすと、フルールは長剣を携えたままブリザ目掛けて急加速した。


 今から氷の剣を生成するのでは間に合わないはずだ。一気に距離を詰められれば、そこはもう魔導士ではなく剣士の間合い、勝機は十分にある。


 近づかれても、まるで逃げようとはしないブリザ。舐められている、と嫌でも分かる態度に、本能的な怒りが湧く。


 宙を滑らせるようにして、長剣を操る。流れるような袈裟斬りの動きが、ブリザを捉えようとしていた。


 もちろんフルールも、剣の腹で叩く程度で済ませようとは考えていた。殺しに来た相手ではあるが、実際に自分が相手を殺せるとは到底思えなかった。いや、彼女は自分が他人の血で手を染めることを想像すらしていなかった。


 しかし…。


 叩きつけたはずの剣はブリザの余裕満々の顔を歪ませる前に、何かとてつもなく硬いものに阻まれてしまった。


 目の前に、うっすらと自分の姿が映る。


 ――氷の壁だ。


 「本当に愚かね。殺す気すらないとは…」


 薄く笑ったブリザが片手を手前に引いた。その直後、後ろから飛来した氷の剣がフルールの右肩を貫く。


 「あ、あああっ!?」

「フルール様!」


 右肩が凄まじく熱くなった。かと思えば、段々、ビリビリと痺れるような感覚が広がっていく。


 ピンで留められた蝶の標本みたいに、片腕が氷の壁に縫いつけられる。必死に抜こうとしたが、全く動かない。


 氷の壁をぐるりと迂回したブリザは、痛みと串刺しにされたために動けなくなったフルールに顔を寄せて問いかけた。


 「どうかしら、少しは頭が冷やせたのではなくて?」

「ぐっ…」自由なままの左手で長剣を握るも、さらに身を寄せたブリザにその手と右肩を抑えられ、酷く痛ましいうめき声が出てしまう。「う、あぁ…!」


「…フルール・ヴェルメリオ、勇敢な愚者よ。貴方のその気高い命は、あそこで死が来るのを手をこまねいて見ている女のために捧げるべきではないの」


 つっ、と指でうなじをなぞられる。痛みと妙な感覚とが撹拌されて、鳥肌が立つ。


 「貴方が語ったように『誇りのために死ぬ』として、それが犬死にだったら…果たして、その意地に価値があったと言えるのかしら」

「な、にを…」


「誇りに縋るのは、それ以外、貴方に何もないから。持たざる者の痩せ我慢にすぎない。貴方だって、本当は家族に愛してほしかった、認めてもらいたかったはずよ」


 その言葉を耳にして、フルールの胸の中の炎がごうっと燃えた。


 「私なら、貴方を満たしてあげられるわ」


 後ろから抱かれるように、彼女の体が密着する。耳元で囁かれる言葉は、まるで恋人たちの睦言のようだった。


 「スノウが死ねば、貴方は誰の許嫁でもなくなる。そうしたら、貴方にリアズール家次期当主の許嫁――妻の席をあげられる。大丈夫、誰が反対しても、押し通すわ。私には、それだけの権力があるのだもの…」


 跳ね上がりそうになるほど冷たいブリザの手が、自然な手付きでフルールの胸元から直接肌に触れてくる。


 「さ、わらないで…!」


 どこまで、私を愚弄すれば気が済むのか。


 「…あぁ、貴方は私に似ているわ…フルール…哀れで、愚かで、この残酷な現実に成す術がない…」


 ぎゅっと、ピン留めされた右手に力が入る。


 怒り、羞恥、屈辱、後悔。


 色々な感情が、フルールの中にある、なけなしの魔力を右手に集約することを手伝った。とはいえ、彼女が集められる魔力などたかが知れている。ブリザの魔力の総量に比べたら、足元にも及ばない。


 だが…。


 ふと、右手が触れている氷から、湯気のようなものが立ち昇っていた。


 自分だってヴェルメリオ家の端くれ、掌くらいは暖められる…。


 (熱で、氷が溶けてる…!)


 ブリザは、まだこちらの体をまさぐるのに一生懸命な様子だ。黙って触らせてやるのも癪だが、その油断が唯一の突破口を開けるかもしれない。


 気配を殺して、右肩に突き刺さる氷の剣に触れる。驚くほど冷たかったが、剣は瞬く間にか細くなり、やがて、ただの水と化した。


 水が右肩を抑えているブリザの手に触れたことで、彼女は怪訝そうに顔を上げる。思ったよりも早くブリザに反応されたため、フルールは弾かれるようにして相手の体を突き飛ばした。

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