ぼろぼろの華冠
初めまして、an-coromochiと申します。
久しぶりの方は、お久しぶりです。
百合をテーマにした作品ばかりアップしており、今回も例に漏れず、百合ファンタジーを投稿させてもらいました。
百合×剣×魔法の王道もの、少しでも楽しんで頂ければと思います。
ブックマークやいいね、評価等を頂ければ、二部も作成を始めるので、是非よろしくお願いします!
深海を想像させる深い青色の壁には、枯れ果ててボロボロになった華冠が掛けられていた。
どれだけの虚無感と絶望が、この部屋に降り積もっているのだろう。
目の前で、亀みたいにして布団の中にこもる彼女を見て、フルール・ヴェルメリオは思った。
声をかけることも考えたが、それも出来なかった。彼女の虚ろな瞳を覗けば、そんな気も失せる。
しょうがなく、近くの木椅子に腰かける。座ってから気づいたが、椅子の表面もセットで用意された机の上も、埃が雪のように積もっていた。
この埃に似た嘆きを、じっとこちらを見上げている彼女は何年も重ね続けているのだろう。そう思うと、胸がきゅっと痛くなった。
彼女を哀れんだのではない。会ったばかりの相手に対して、そんな安っぽいシンパシーを感じたぐらいで自分の心は痛まない。
手と手を重ねるようにして、フルールは彼女と自分を重ねていた。
期待されながら生まれ落ちて、その期待に応えられないまま生きていかざるを得なくなった者同士だと。
同じコインの裏側同士、見ているだけで憂鬱になりそうだった。しかし、その一方で、どこか不思議と落ち着く。ここには、自分の努力や無才さを揶揄する者はいない。
怯えなくていいのだと教えてあげたかった。自分もどうせ同じだから、怯えることはないのだと。
椅子に腰かけた状態で、フルールはゆっくりと口を開く。怖がらせないよう、出来るだけ落ち着いた口調で、高い声で。
「スノウ、で名前合ってるよね?」
名前を呼ばれても、ろくに彼女は反応しなかった。これでは、合っているかどうかも分からない。
使い古したパステルブルーのパジャマの袖からは、枯れ木みたいに細く、幽霊みたいに白い手足が伸びている。不健康が名前を着て歩いているようだ。
伸ばし放題になっている瑠璃色の前髪の隙間から、明度を落としたブルーの瞳が見えており、それはただ一点を見つめていた。
故障している機械のような反応しか返さない彼女だったが、不安は感じているらしく、肩が震えていた。
もちろん、気持ちは分かる。外界から身を守る最後の壁が、今、呆気なく突破されてしまった。その不安、恐怖は大きいに決まっている。
何はともあれ、こちらの素性を明かさなければスノウはいつまで経ってもこうして身構え、心を閉ざすばかりだろう。
フルールは再び、スノウに声をかける。
「私、フルール、フルール・ヴェルメリオ。スノウのご両親に世話になってるヴェルメリオ家の娘…の、出来が悪いほう」
安心させるようにフルールが笑う。するとスノウは、大きく目を開いて反応してみせた。
さすがにヴェルメリオの名は効くらしく、彼女は興味を持ったふうにフルールのことを下から上まで眺めていた。
フルールはヴェルメリオの生まれらしく綺麗な朱色の髪をしていた。ショートヘアを片側だけ耳にかけ、女性にしては少しだけ背が高いシルエットだ。
ややあって、かすれた声でスノウが呟く。
「…四大」
スノウが言葉を発してくれたのがやけに嬉しくて、フルールは大げさに頷き、相手の言葉に補足する。
「そうそう、四大貴族のヴェルメリオ。…まぁ、スノウのところと違って、私のところは没落寸前貴族だけどね」
自嘲気味に笑うフルールに、やはりスノウは興味を持ったのか、ほんの少し、先ほどよりも布団の隙間から顔を覗かせた。
日に当たっていない彼女の頬は、とても白く、月光を拒絶し反射しようとする雪のようだった。
生気がない、と言えばそこまでだが、儚げで、どこか庇護欲をそそる。
顔もよくよく見れば端正だ。色々とぼさぼさだったり、ぱさぱさだったりするところはあるものの、整えればきっと見違えるほどの美人になるだろう。
「はは、とにかくさ、そんなふうに怯えなくていいよ。言い方は悪いけど…四大貴族のお嬢様としては似た者同士だろうし」
そう言って笑うフルールの表情には、スノウと同じ、どこか陰鬱な色が浮かんでいた。それを敏感に読み取ったのか、さらにスノウも顔を出す。
「何の用で来られたのですか?」想像していた以上に、ハッキリとした丁寧な口調だ。てっきり、もっと吃ったりするのかと思っていた。「あー…まぁ、気になるよね」
スノウにそう問われたことで、本題を嫌でも思い出す。
自分が来た目的を知ったら、スノウはきっと目を剥いて驚き、また布団の中に戻るのではないか…。
しばらくは、何とか誤魔化せないかと悩んだのだが、どうせ今自分が言わずとも、他の誰かが教えることになるだろうと肩を竦める。
冷たく言い放たれて、二人の関係に嫌な烙印が押されてしまうくらいならば、いっそ自分の口から言ってしまったほうが後で後悔しなくていい。
フルールは決意を固めると、椅子から立ち上がってスノウのそばに寄ろうとした。すると、驚いたことにスノウもフルールが立ち上がった瞬間に片手をこちらに伸ばし、近寄ろうとしていた。
「…もしかして、約束を…」
「や、約束?――あぁ、そっか。もう知ってたんだね。何だ、私だけ知らされてなかったのかぁ」
フルールは両膝を着き、スノウに目線を合わせると、伸ばされた片手を取った。
酷く冷たい手だったが、きゅっと握り返されたことで、他者から受け入れられる喜びに胸が踊った。
スノウはフルールが困ったように笑ったのを見て、明らかに表情を曇らせた。もしかすると、迎えに来た白馬の王子様が凡骨でがっかりしたのかもしれない。
とはいえ、事情が事情だ。似たような境遇にあるスノウをこの海の底みたいな場所から引っ張り上げるためにも、彼女にはどんな不名誉も我慢してもらう必要がある。
「ごほん」と大仰に咳払いをしたフルールは、真っ直ぐ自分を貫く眼差しを見返しながら、申し訳無さそうにここを訪れた理由を告げた。
「わ、私なんかが許嫁で不服とは思うけど…これからよろしくね、スノウ」
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