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降る雨は空の向こうに  作者: 主道 学
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天と地の裂け目

 その日から、隆は天の裂け目への行き方の上下巻を読みふけり、解る範囲の本の内容を片っ端から実行していた。

 3mの脚立を庭の桃の木のある柵に掛け、脚立を昇りきっては、天高く飛び。日光をたっぷりと浴びたトリカブトや、トカゲの尻尾などが入っている。なんの変哲もない木製の四角い箱を大事に抱える。

 当然のことに3m下の地面に落下をし、したたかに両足を痛める。

 次はヒルやトカゲが入ったラムネの瓶を最初に川へ投げて、全速力で川に向かって飛んだ。すると、下は水深2mの川なのでなんとかずぶ濡れになるだけで助かった。

 洗面所の蛇口を全開にして、その中に努力して両足を入れて奇妙な呪文を唱えた。

 次は、セミの抜け殻を取ってきては庭の雑草に撒いて、その上に寝そべり雨の降るのを待つ……。

 結果は、蚊に嫌というほど刺された。

 雨の日は忙しく。色々な方法を試した。

 

 周囲の人はそんな隆に首を傾げ、「おかしい」と中傷する者がでてきた。 

 その本は昭和に書かれた古い本で、著者は偶然。天国と呼ばれる場所へと行けたと書かれてあり、天国には絶対に入るなとも書かれていた。

 三人兄弟の長男だったその著者は、天国で二番目の弟を亡くし、三番目はいつか二番目の弟を連れて帰ってくる人がいるかもと、著者に執筆を願ったようだ。

 その本は、非常に難解な文章で、カタカナで書かれた暗号のようなものだったが。水に関係していることが多く書かれてあり、曖昧に解ったことだが……。

 柵は時々庭の草花に水をやるのに放水を受けているし、川はそのままの水である。洗面所の水もまた然り……。何らかの水が関係している方法で天国に生身で行けると……。 

 そう示唆されていた。

 行った時があると言った稲垣は危険だからと相手にしてくれず。自分だけで行く方法を見つけなければならなかった。

 隆はそんなことを何度もやっているうちに、1年間の月日が流れ、まったくの変人扱いを近所の人たちに受けてしまった。当然、仕事もしていないので尚更だった。

 妻の智子はそれを知って頭を痛めるが、仕事に真面目に従事し近所の人たちの好奇な目を受けないようにしていた。

 そんな中、花田は熱心に泣きたいくらいの隆の心を支えていた。隆にとって花田だけがよき理解者だった。


「やーねー。またあの人よ」

「何でも娘さんが死んじゃってから、おかしくなったのよね。あの人」

「何をやっているのかしら」

 傘をさしている通行人のおばさん三人が話している。好奇な視線は雨の日に家の屋根に上ろうとしている隆に向けられた。隆の異常な行動は小さな町の噂になっていた。

隆は何食わぬ顔で屋根から思いっきり天に向かって飛んだ。結果は全治三か月の骨折だ。

 隆は自分の頭のネジが緩くなっていないかなどとは、考えてもいなかった。とにかく必死に里美に会えることと、里美が家に帰ってくることを願っていた。

 そのためには回りの人達を少々犠牲にしなければならなかっただけだ。その中には妻の智子や自分自身も入っている。

 こんな自分に不安と不審を抱くのは当然だろう。

 だが、小さい犠牲だ。

 隆はどうしても娘に会いたかった……。


 病院のリハビリテーションセンターのベンチで休んでいる隆の元へと花田が歩いてきた。

「もうあれから1年ですか……」

 花田はあの日からあまり変わっていない。今でも仕事をしながら、暇と遊びをしているようだ。隆の隣へと座り、缶コーヒーを一本渡した。

「何とか娘に会えればなあ……」

 隆は包帯を巻いた自分の両足を見つめて涙を流した。

 花田はその気の毒な隆を見つめて不憫に思い。

「あの本は本物ですから……。きっと、娘さんに会えますよ。私は……出来ればあなたと……変わってあげたい……」

 花田は最後の言葉を強く言った。


 2週間のリハビリを終えて、困り顔の智子の迎えが来ると、隆はまた泣いた。

「ねえ、あなた。私はいっぱい泣いたけど、それでいいのよ……。もう諦めましょうよ。里美ちゃんは戻ってこないんだから……。私たちがどんなに頑張っても……。二人で新しい人生を生きていかなければ、心の傷は治らないと思うわ。里美ちゃんは少しの間だけど、私たちに和らぎを与えてくれて、そして、天国へと出発して……きっと、それでお別れなのよ。決して悪いことではなくて、生命なら当然のことでもあるはずよ……。お願い。また、前を向いて働いて頂戴……」

 運転席の智子は前方を見つめながら走行中に久しく言い出した。

 この1年間の隆に初めて自分の意見を語りだした時だった。

「でも、俺にはできないんだ。そんな生き方。あの日以来……。里美が帰って来るようにしか……思えないんだよ。俺は俺の生き方を見つけてみても……やっぱり、今の通りにやるしかないんだ」

 隆は面目ないと智子に頭を下げた。

 智子は少しだけ頷いて、

「はあ……。じゃあ、仕事をしながらでは、……どうかしら……。きっと、考え方が変わるんじゃないかしら。人はみんな生活があって、人として生きていくことが出来るんじゃないかしら。それも、前向きに……」

 隆は泣いた……。自分が一体今まで何をしていたのかは……正直解らない。けれど、しなくては前に進めないとも思っていた。今までのことは、無意味で非現実的で、報われないことだったのだろうか……。

 いや、違う。

 花田は応援してくれている。こんな俺でも……。

「解った。後、もう一つ……最後の方法を試したら……。俺は諦める……」

 隆は何度目かの涙を流した。


 それは、下巻の最後のページにある文字ばけしている文章で書かれた方法だった。

 著者の三番目の弟が書いたとあり、一番眉唾な方法であった……。何せ水が関係していないのだ。半年前に文字ばけだったので読むのに苦労して、何とか解読できた文章でもあった。

 隆は胡散臭くてまだ試していない方法でもあった。

 15夜の満月の曇り空の下で、複数の少年がかごめかごめを歌いだし、一台の乗り物を手を繋いで囲んで回る。その少年たちの円の中で、乗り物に乗っている。と、書かれてある。

「乗り物は何でもいいんだな……。多分……」

 隆はこれまでのそれらしい方法とは、かけ離れた方法を試そうとして、レンタカーサービスから借りた前と同じ軽トラックを公園の近くに停車させた。満月の夜。曇り空の下で、複数の通行人が立ち止り「またあの人よ」と口々に言っていた。

 妻の智子も付き添って、溜息混じりに隆の涙に濡れた真剣な顔を見つめていた。

「あなた。本当にこれで最後よ……」

 智子は自分の車を道路の片道に停め。これから、バイトでもある。隆は下校している複数の男の子に飴を渡し、軽トラックを手を繋いで囲んでから、かもめかもめを歌って。くるくると回ってくれと頼んだ。

 小学生の男の子たちは喜んで、この不思議な行動に参加してくれた。

「智子。これで最後だ。本当だぞ……」

 涙を拭いて隆は軽トラックのエンジンをかけた。


「かーごめ かごめ かーごのなーかの とーりーはー」

 くるくると回る子供たちの声が木霊す。

 少しずつ……軽トラックは重力を感じないかのように軽くなりだした。

 軽トラックの計器が滅茶苦茶に針が乱れる。

 通行人の人々は中傷の言葉を忘れた。

 軽トラックは宙に浮いてきた。

 智子が叫んだ。

 軽トラックは驚いている少年たちを置いて、空へと走り出した。

 天と地の裂け目


 地上から遥かに離れた軽トラックは、猛スピードで暗雲立ち込める空へと向かった。

「里美―!! 今、行くぞー!!」

 涙を拭いた隆は形振り構わず叫び。前方に目を向けた。

 落雷が発生した。

 稲光で前が白んだ。

 隆の軽トラックは落雷をものともせずに、厚い雲を幾度も抜けていった。

 目の前には光り輝く半透明な鳥が羽ばたき、落雷は激しさを増した。

 真っ暗になった天に軽トラックは猛進する。

 目を凝らすと天空の中央の空間に亀裂があった。

 まるで、ガラスで空を傷つけたような。そこだけ、雲も風も切り開かれ別の光を放っていた。それは何とも美しい淡い白い光だった。

 隆はハンドルを握り、そこへと向かった。


 智子は叫び声を放っていることを、今になって気が付いたようだ。

 自分の夫はどうしてしまったのだろうか。

 さっきまで泣いていた夫の軽トラックは空へと消えている。

 ハッとして、我を取り戻すように、頭がはっきりすると。智子は自分の青いワゴンに飛び乗って、花田 正志の家へと向かった。

 混乱した頭を抱え、背筋が冷たくて、まるで冷たい細いナイフで背中を切った感覚を覚える。智子は1年前に隆から偶然に聞いた花田 正志の住所を必死に思い出していた。

 智子は頭のネジは緩みかかり、ちょっとでも理性を手放すと悲鳴を上げそうなのを堪えた。

 花田の白いペンキ塗りの家が見えて来た。

 来客用の一台しかスペースのない駐車場へ車を止めると、智子は一目散に玄関へと転がり込んだ。

 ドアを半狂乱にノックすると、花田の妻の瑠璃が血相変えて玄関に現れた。

「どうしたんですか?誰ですか?何の用ですか?あ……玉江 智子さんですね?前に花田 正志から聞いています」

 瑠璃が智子を落ち着かせようと、応接間へと連れていった。

「夫が……。夫が……。隆―!!」

 智子は瑠璃が渡した冷たいインスタントコーヒーを豪快に飲んでも落ち着かなかった。

「今、花田 正志に連絡を入れますから。どうか、落ち着いて……」

 瑠璃は冷静に携帯で夫の正志をコールした。

 しばらくすると、

「やあ、玉江 隆さんの家に今いるんだ。きっと、力を落としているんじゃないかと思ってね……。リハビリテーションセンターでは……。え?!」

 瑠璃は今、玉江 智子が家で大変な状態なのを伝えると、正志はすぐに行くと電話を切った。

 15分後

 正志が血相変えて急いでやって来た。

 応接間で幾らか落ち着きを取り戻した智子を見ては、

「行けたんですね!! 行けたんですね!!」

 と叫んでいる。

 正志はすぐに、瑠璃に旅立ちの準備を命じた。瑠璃は不思議そうな顔をしているが、こっくりと頷いた。

「花田さん……。一体これは何なんですか? 私の夫は一体どこへ消えたんでしょうか?私……仕事のし過ぎで夢を見たのかしら? そうよ、夫はきっと家にいるんじゃないかしら? 私……ここで何をしているの?」

 智子は落ち着きを取り戻したが、さっきの体験を全力で否定しようとしていた。

「違いますよ」

 正志はゆっくりと話した。

「ご主人は天の園……。つまり、天国へと行ったのでしょう。あそこには行ける方法が昔からあったのです……。本当のことですよ。だから、落ち着いて私の言うことを聞いてください」

 正志は一呼吸置いて、

「戦時中。ここ日本では多くの戦闘機乗りがいました。そして、偶然、本当に見つけてしまったのです。生身で天国へと行く方法を……。三人は兄弟で名を脇村という名字だったそうです。脇村の長男が最初に天国へと行き、その後に二人の兄弟が後を追ったのです。天空にある天の裂け目は人が生身で入れるという証拠が出来ました。しかし、三兄弟はその後、二人しか戻ってきてはいないのです。詳しいことは天の裂け目への行き方の下巻がないと解りませんが……」

「そんな! 非現実的すぎるわ!」

 智子は正志の言葉を激しく否定した。

「でも、本当です。その証拠に旦那さんは天国へと行ったでしょう。そして、私たちも行くのです。彼にはサポートが絶対に必要ですから……。奥さんも来てください。天国は危険なところでもあるようですから……」

 智子はそれでも納得していない様子だ。

「奥さん! さあ、行くんです! 私たちと! ……それと、どうやって、隆さんは天国へと行きましたか?」


 智子は半ば憤りを表しながらも。

「子供たちが車を囲んで、かもめかもめを歌って、くるくると回っていました。でも、あの人が天国へ行ってしまうなんて、やっぱり私には納得がいかないわ。きっと、夢でも見たのよ。私、家に帰ります。きっと、うちの旦那は家でいつもの訳のわからないことをしているはずよ!」

「駄目です! 旦那さんが死んでしまいますよ! 生身で天国に行くのは本当に恐ろしいことなのですから! さあ、行きましょう! 支度はできたか瑠璃!!」

 瑠璃が正志が一年前から用意していた幾つかあるリュックサックを人数分持ってきたが、瑠璃自身も何をしているのかと首を傾げたかった。

「では、行きましょう。旦那さんが行った天国へ。そう……天の園へと」


 正志のカスケーダに三人が乗った。

 カスケーダというドイツ車の2ドアカブリオレは、ルーフは電動ソフトトップとなっている。今はルーフは閉じてあった。そして、助手席に智子が座り、瑠璃は後部座席へと座った。

 坂に着いた時には、下校時刻はとっくに過ぎているが、寄り道をくっていた6人の小学生を見つけ。正志が相談に行った。女の子もいたが、笑ってこの行動を見ていた。

 二人は外へと出た。

 空はさっきと同じく暗雲立ち込め。薄暗くなっていた。

「本当に……私たちって、一体何をしているの。って感じね」

 智子が瑠璃に向かって、微笑んだ。智子のさっきの憤りも混じった抵抗は少しは落ち着いたかのようだ。現実にあったことだと思い始めたわけではなくて、三人の雰囲気は何故か自然な感じを受けるものがあったからだ。

「ええ……」

 瑠璃は曖昧な言葉を選んだ。

 花田 正志の妻になったのはちょうど4年前だ。二十歳の時に正志の占い稼業が繁盛して、軌道に乗った頃に居酒屋で出会った。

 二人とも同じ雰囲気を持っていて、すぐに仲が溶け合った。

 二人とも半ば遊び人の血を受けていた。

 子供はいない。


 面倒だからだ……。不真面目なところもあるようだが、真面目なところもある。なんだかんだ言って、正志の占い稼業は人助けのところが多かった。これまで多くの人の悩みを相談し。また、解決をしてきた。

「天国へ行けたら……何をします」

 瑠璃が智子にまるで世間話をするかのように話した。

 智子は微笑んで、

「そうね……美味しいものをいっぱい食べます」

 二人はまったく信じていない。

 正志が子供たちを連れて来た。緊迫した顔をしてるのは正志だけだった。

「子供たちと話はついた。俺の車で行くんだ。さあ、乗って」

 正志は智子と瑠璃を車に押し込み。

「じゃあ、やって」

 子供たちに言った。

 子供たちはみんな楽しそうに、この不思議な儀式を行った。


「かーもめかもめ かーごのなーかのとーりーはー いーつーいーつー」

 正志は緊張のためか何も話さなかった。

 瑠璃と智子は四六時中。気楽に話こんでいた。

 カスケーダの計器類がブレてきた。

 子供たちの驚愕で好奇な声が上がった。

 車は少しずつだが、宙に浮いてきた。

 智子は声にならない悲鳴を上げた。

 瑠璃はナイフのように叫んだ。

 カスケーダは天へと向かう。


「なんてこと! あなたー!! 隆―!!!」


 智子は空中のカスケーダの中で、現実が音をたてながら崩れていくのを感じ、二度目の隆の名を呼んだ。

 現実と信じられない現実がぶつかり合った時だった……。

「もうすぐです! 天の裂け目はそんなに遠くはないはず! 何せ昔の戦闘機ではそれ程高度が高くはないと思うからです!」

 正志は血の気の引いた顔を引締めて二人に大声を放つ。

 稲光が天を覆い尽くす。

 落雷が地上の至る所へと落ちていった。

 美しい光輝く半透明な鳥らが発生し、カスケーダを囲んだ。

「うちの夫は今どうしているのですか?! ああ……。隆くん」

 正気と狂気の狭間の智子が叫ぶ。ショックで昔の呼び名がポロリとでる。

「正志さん。私……どうにかなりそう。引き返さない?」

 瑠璃は混乱をしているが、恐怖のために正気に戻ってきた。

「待って、家の夫はどこ!? 早く連れ戻さなきゃ!!」

 智子の必死の声は雷鳴で聞き取りにくくなった。

「だから、もうすぐです。きっと……。瑠璃! これも仕事だ! 旦那さんを連れ戻すことはできます。ご安心下さい。」

 しばらくすると、三人は見つけることが出来た。

 雷鳴と雲の間の天と地の裂け目を……。


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