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降る雨は空の向こうに  作者: 主道 学
4/29

変人

 隆は智子と家ではあまり話さなくなった。隆は家にこもって花田から買った薄い本にかじりつき。智子は仕事の毎日の生活だった。

 里美が戻ってこないとしたら、他に何をすればいいのか解らない日が続いていた。ただ惰性で今までの生活を続ける。

 花田はあの日以来。一日で結果が出ると言ったはずだが、連絡が途絶えた。

 食事の時も話すこともなく、お互いの距離は接点を失った。

 花田の調査の日から数日後。 

玄関をノックする音が聞こえる。

 智子がいない家から隆が向かった。ノックの相手は花田であった。

「こんにちは。大変お気の毒です……。調査の結果。私の調べている原因と同じものでした。つまり、ここ10年間に起きている何らかの事象と同一の現象だということです。……今までお時間を頂いたのは……この事象の悪化が見られるところがあったもので……。個人的な大学に依頼した水質調査の結果、あの岡尾橋には酸性雨が降っていたと解りましたし、10年間で起きているこの事象には酸性雨が関係しているのです。岡尾橋の川の水は酸性雨の成分がかなりありましたから……」


 花田は娘の死を新聞で知っているようだ。 

 隆はさすがに不幸に押しつぶされる。自然に流れる涙を拭きながら。

「そうですか……。娘は外傷もなくて肺に水も入っていないそうで、何で死んだのか解りませんでした……。と、警察の人が言っていました」

 隆はそう言うと、目元を隠してちょっと失礼といって家の奥に隠れた。

 俺の娘は何で死んだんだ?

 あの暴れ橋に殺されてしまったのだろうか?

 隆は頭を抱えてキッチンのテーブルに顔を突っ伏して忍びない嗚咽を漏らした……。


花田は自分では解らない激情にかられているように、距離がある隆に頭を勢いよく深々と下げている。

「玉江さん! こうなったら全面的にご協力します! 私の仕事でもあります! 娘さんの遺体はこちらでお預かりします! お葬式屋さんに知り合いがいるんです! その男に話してみます! 死体を安置する場所は冷凍保存が効いて……その男の家ですけど……。竹原という名の男です!」

 花田 正志は叫んだ。カスケーダのドアを閉めると、自宅の書斎目掛けて車を発した。

 玉江 隆の言葉……玉江 里美の遺体には外傷がなく、肺に水も詰まっていなかった。つまり、溺死でもない。ということが、正志の心に引っ掛かっていたのだ。

数週間前。隆が来る前に、不思議なことを言う中年の女性がいた。

 その女性も佐貫で占い師をしているとか言っていたが。(占いのお客は女性限定だそうだ。)その女性は、瑠璃がよく行くパチンコ屋で出会い。正志に言った。

「雨はあまにも降る。天にも降るのなら、地上にも降る。私ね見た時があるんだよ」

 その女性も正志と同じく、雨の日の不幸のデータを取っていた。

 四畳半の書斎には、占い稼業を始めた時から買っておいた種々雑多な本がほこりを被っている。全て商売に使えるものだった。

 その中から一冊を取り出した。

あまの裂け目への行き方……か……」

 正志は何かの決意を表す顔をしていた。

 だが、その本は上下巻になっていたが、正志は下巻を持っていなかった……。


 隆は家の中で力の湧かない体で時計を見た。午後の6時だ。

 飯の時間だと思い涙を拭いて、昨日の残りの弁当を入れた電子レンジのスイッチを入れようとしたらチャイムがなった。

 頭を二三回叩いて、隆は玄関に向かった。

 相手は花田であった。

「玉江さん。私と同じ占い師を見つけてください。お願いですから元気を出して。そして、この本……」

 切迫した花田は隆の面前に本を開き、

「天の裂け目への行き方は、上下巻あるはずです。私が占い稼業を始めるために、師匠的な人に上巻だけ貰った品物です。この本はきっと本物だと思いますから。どうか……お気を落とさずに……。この本は天空にある天の園。つまりはあの世へ行くための方法が載っています。でも、今私は上巻しか持っていなくて……。でも、私と私の妻が出会った占い師はきっと、今も佐貫にいて下巻を持っているはずなんです。探してみて下さい。こんなことをいうのは変ですが……娘さんが蘇るかも知れません」

 隆はその分厚い本を掴んだ。

「これで……娘に会える……」

 隆はその本を開いて、自然に嗚咽がもれることを気にも留めなかった……。


 次の日 

 隆は花田から貰った本を熟読し、智子に一言も話さずにレンタカーサービスへと電話をし、一台のオートマの軽トラックを借りた。

 まずは、佐貫へ行ってその占い師を探さなくては……。

 隆は自宅から佐貫まで涙が滲んで前が見えにくいが運転をした。

 その占い師は女性らしい。

 車で佐貫まで走行中。自分は何をしているのかと、考える部分を極力噛み砕いた。けれど、頭を突き破っては考えが肥大した。自分は天国へ行こうとしているのだろうか……?そこには、里美がいるのだろうか……?

 佐貫駅が見えて来た。

 周辺にコンビニとマクドナルドが見える。今の時間は人は余りいない時間帯だった。車をロータリーに一旦停めると、エンジンをかけたままで公衆電話を探した。タウンページを探しているのだ。

 マクドナルドの正面には、竜ケ崎線がありその隣に公衆電話がポツンとあった。隆はドアを開け、お目当てのタウンページをかっぱらうと車に戻った。

 エンジンの音も気にせずにタウンページを捲る。あった。女性だけしか受けない占い師はただの一人だけ。駅から少し行ったところのスーパー(フレッスという名だ)の近くの田んぼに家を構えていて、フレッスの駐車場に面して小屋をだして仕事をしているようだ。

隆はフレッスへと車を飛ばす。


15分としない時間でフレッスの駐車場にたどり着くと、早速占い師を探した。

ずんずんと巨漢を進めて、客とおしゃべりムードになっている中年の女性占い師の小屋に入った。

「なんだい。あんた?」

女性占い師が目を丸くして問う。

女性客もびっくりして、隆の顔を見つめた。

「すいません。天の裂け目への行き方の下巻をお借りしたいんですが……。本なんですが……。急いでいます。是非読みたいんです。娘が死んでしまったのです……。どうかお願いします……。必ずご本はお返ししますから……。娘は生き返るはずなんです……」

隆は勢いよく言い出すと、急にしおらしく言い。自分でも混乱し半信半疑の頭を振った。そして、女性占い師の方しか見なかった。普通の服装で皺の多い赤いブラウスに肌色のズボン。背の低い丸みを帯びた顔で皺が目立った。白髪頭の柔らかそうな女性だった。女性客は明るそうな顔のおばさんで買い物かご片手でこちらに驚いている。

「私は稲垣いながき 浩美ひろみ。ここで占い師をしている者だ。娘さんは気の毒だけれど、あの本はあっちに行くのにいつも使っているんでね。渡せないよ。それに、男は例外なのさ。特別はなし。他にもあの本を持っている人はいるにはいるよ。だもんだからさ、探せばいいんじゃないかい」

 稲垣は可哀想という顔をしているが、言葉はまったく逆だった。

 お客のおばさんは何を話しているのかまったく解っていないようだ。不思議そうな顔をしている。

「……お願いです」

 隆は頭を下げる。

 駐車場から行き来している人々がこちらに視線を向けたり、おしゃべりに隆の強引かつ異様な態度がでたりとちらほら。

 隆は頭を下げたり泣きべそをかいたりしたが、稲垣は一向に聞く耳を持たず。愛想笑いのお客がそそくさと帰ると、スーパーへと消えてしまった。


 かれこれ午後の6時。稲垣の占い稼業の終わりの時間まで隆は粘った。ひょっとすると、粘れば下巻を貸してもらえるという考えだ。

 スーパーで立ち読みを三時間も強行したり、並んでいる店に並ぶだけといつもと違う行動をとった。

 しかし、稲垣はさっさと店じまいをすると、駐車場に止めてあるブルーの軽自動車に乗ってしまった。隆に一度も視線を向けていないので、一体……彼女はどういう人だと思っていると、稲垣は帰ってしまった。

「待って下さい!!」

 隆の悲痛な声も聞いていない風で、稲垣の車は右折して行ってしまった。

 隆は急いで軽トラックに乗ると、後を追った。


 佐貫の田んぼの中央にポツンとある。稲垣の自宅まで車で乗り込むと、まっしぐらにドアを激しく叩いた。

「お願いです! お願いです! 娘に会いたい!! お願いです!!」

 隆は無我夢中にドアのチャイムも鳴らした。

 もう礼儀を忘れてしまっていた。

 しばらくすると、困り顔の稲垣がドアをゆっくりと開けた。

「なんだい、あんたは。もーまったく仕方ないね。ほれやるよ。ほんとは昔色々あって使っていないからさ。でも、それを使って天の園へ行っても後悔はするなよ……」

 稲垣が天の裂け目の行き方の下巻を投げてよこした。

 分厚い本だった

 隆はありがとうを何べんもいい。静かに泣いた。隆自身。自分が何をしているのかは皆目見当がつかないが、これで娘に会えると信じたかった。


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