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九十八話 モノには魂が宿る


ギラつく鋭利な包丁の刃先は 少女の目元まで接近していたが

俺はこれより下に押し出すことは出来なかった


〝 ハァ…… 意気地無し そのような小さい人間一人殺せないとはな…… 〟


「……少し外を歩きたい 暫く黙っていてくれ」


〝 殺せないなら山にでも捨ててこい 誰にも見つからない深い場所にだぞ 〟


玄関に鍵を閉めて近所を散歩してみる

ソトースはまるで営業マンのように せっかちだが巧みに約束事を忘れさせないよう囁いてくる

今を生きている残された人類相手に対しても一ミリの情も持ち合わせず だからこそ手段を選ばない


だけどそのせっかちが仇となっている事に気付いていなかったようだ


あそこまでして〝殺せ〟などと連呼されれば 誰でも我に返るというもの

俺のようなロボットでも そういう考えに至るのだから人間とはそういう物なのだろう


「ん??」


「あ……」


バッタリと人に出会った

実際に殺していないとはいえ さっきまで一人の人間に刃物を向けていたのを考えると

何故だか犯罪者の自覚が芽生えて目を背けてしまっていた


視線をズラしてそのまま素通りしようかと思ったが

どういう理由なのか いきなり相手から舌打ちされる


「私って変わってるんですか?!!」


「えっと……」


「ヤバそうな奴だと思って目線を外して行こうとしたんですよね?!!」


よく見れば薄汚れた制服を着ていた女子高生だった

家に帰っていないのだろうかと思わせるくらいに 髪の艶も失っている


「どうしたんですか? こんな夜遅くに出歩くなんて」


「……家出したんです!!」


「名前を伺っても?」


「〝アイリーン・沙羅さら〟」


「……変わったお名前ですね」


「名前も性格も変わってる学生ですけど何か?」


素直な感想も一蹴され そっぽを向く彼女は横目で同じ質問を投げかける


「それで? あなたのお名前は?」


「俺は…… 〝榊葉直哉〟」


「……」


「どうされました?」


「偽名でしょそれ? 自分の名前を言うだけでそんなに溜める?」


「変でしたね…… ハハハ」


「……ねぇ! あそこに空き地あるでしょ? 私の悩み相談に付き合ってよ」


「それはちょっと…… 早く帰らないと親御さん心配しますよ?」


「チッ」


舌打ちすることに慣れてしまっている青年期の彼女

相手からすれば 俺なんてただの三十代のおっさんに見えるのだろうか

だけど何故だか説明つかないが 彼女とは近しいものを感じた


「そうやって物心がはっきりしていない赤ん坊をしつけるかのような態度……

まるで親や教師みたいにあれは駄目…… それは女の子らしくありませんって……

私は両親が大っ嫌いだから小学校から寮に入ったの あなたも周りの大人達と同じなの??」


「そんなつもりは…… 俺はただ心配で言っただけだ!!」


「……ヘェ~~」


「っ…… 何だ?」


「おじさんって四十手前くらいだよね?

……そんな年齢の人が私相手にムキになったの初めてだからさ」 


「お…… おかしいかい?」


「うぅん!! 全然!! おじさんって個性的じゃん!!」


「個性的……??」


通行人など一人も通らない寝静まる深夜に俺は

空き地の土管の上に座って彼女の愚痴を聞いていた


「でさぁ!! 小学校入る前なんだけどさぁ!!

木の枝から木の枝に飛び移るっていう忍者に成りきれるアスレチックを作ってたの

そしたら親にカンカンに怒られちゃってさぁ 遊び盛りなんだよ? おしとやかとかマジで意味不明!!」


「変ですね~~ 子供が外で遊ぶのはごく普通かとは思いますが」


「私の家が特別なのよ このアイリーンって名前も代々子供に受け継がれるの

子孫が後世でも産まれ続ける神の奇蹟に感謝して

〝平和〟の意味を持つアイリーンの名を絶やさない決まりにしたとか……」


「神ね……」


「別に私が信じてる訳じゃないんだからね!!

家柄なんて大したもんじゃないし それを見せつける奴なんて高が知れているじゃない

そんなプライド…… 何の役に立つのって鼻で笑って寮に入ってやったわ」


「だけど教師にも嫌気が差して 今ここで放浪していると?」


「一人で生きていけるし…… 何より学校に居続ければ約束された退屈な将来が目に見えている」


「市役所か教師か電気事業者か ……この時代でそれなりの職に就こうとすれば限られる

島の八割は農業か漁業でやっと生計が成り立っているからね」


「町長よ!! 町長になれば自分の好きな世界に出来る!!」


「確かにね…… ちなみに君はこの島をどうしたいの?」


「決まってるじゃない!! 楽しい場所にさせるのよ!!

娯楽なんて少ないなんてもんじゃない 千年前にはどんな遊びで盛り上がっていたのか図書館で調べたわ

そしたら人生で遊び切れないんじゃないかってくらいの夢のような時代じゃない」


「そう…… だったね」


記憶はデータとして昔の事を昨日の事のように思い出せる俺は呟く


「花火……」


「ハナビ? 聞いた事が無いけど あなたも図書館に行ったりするの?!」


「これからちょっと付き合ってくれるかい?」


「えっ?! これがパパ活?!!」


「違う違う! 見せたい物があるんだ」


空き地を離れて 山奥のサイロへと彼女を背負って歩く中で俺は

千年前にどういった物があったのか アイリーンと会話しながら盛り上がっていた

昭和の遊び 平成の遊び 令和の遊び 

飽くなき探究心を持ち合わせる彼女の好奇心はエスカレートしていき

サイロの入り口に辿り着く頃には 一つの一つの娯楽の歴史まで遡る自分がいる


「ここで待っていてくれ」


「???」


俺が中に入って暫く出て来ない事を不信に感じる彼女だが 雑草をイジりながらも気長に待っていた

花火の筒を片手に 木箱の中に材料一式を持って来る自分の姿に 彼女の瞳は真夜中の暗闇を照らした


「それが…… 花火……」


「うん……」


思えば花火を打ち上げなくなったのはいつ振りからだろうか

最後に見たのは研究員達が生きている時だったから

大規模災害時の復興後 詳しくは研究員全員がいなくなった 歴史に名を刻む暇の無い開拓時代より

娯楽にかまける暇も無く安定した暮らしをスローガンに掲げて 島民達は死に物狂いの生活をしていた

人も増えれば食料も増やさなければならない 空も安定しない夕焼けとオーロラだけでは栽培も今までのようには常識が付いてこない

遊びの文化は 精々空いた時間に済ませられる低燃費の簡易的な物ばかりが残っていた


俺がこれからすることは危険性が未知数の変革

夜中故 大きな音により住民が目を覚まさない事を祈り アイリーンの目の前で特大の花火を打ち上げた



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