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九十七話 偽りの人生


ソトースが囁いてくる数ある言葉に間違いは多い

退屈を覚えてしまったのか 俺が地下研究所に居続ける時間に飽きてしまえば

街へ下山しては人間社会に紛れ 気付けば偽名を使って職に就いていた


「いやぁ鈴木さん助かるよぉ!! この島の事ならなんでも知ってるねぇ!!」


「いえ…… このくらいは……」


「それに自警団から自治体までしっかり形にしちゃってさぁ まるで大昔の田舎町を再現しているようだ!!

どうだい?!! ここいらで新しく建て直した役場のそこそこの役職に就いてみないかい??」


「そうですね…… 頑張ってみます」


どうせ消える世界で何してるんだろうと頭の中で混乱を招く日々

実にならない日々にソトースも呆れながら怒ってくるのだが やめられない

気付けば当たり前のように出勤し 年月を経て自分の存在の矛盾に気付かれる前に姿を消す


これを繰り返して また名前を偽って

走って走って汗掻いて 我武者羅に生きてみればいつの間にか六百年

後ろを振り返れば島内の治安は安定しており 人々の暮らしが昔を思い出させるまでに安定していた

指導者がいない時代はまさに動乱の世であって

今まで殿様気分の奴も現れていれば 天皇の子孫などと自分から言わせれば真っ赤な嘘を平気で吐く奴も現れていた


目の前に広がる今の蛹島にしたのは紛れもなく俺

一緒に再建してきた奴等のほとんどはとっくに土の中で眠っている

汗と涙の結晶は街の歩みとして大まかに書物に記されているだけ

酔っ払えば千個は出て来る仲間達との思い出は 今を生きる人に言える筈もなく

信じて貰える訳もなく


「佐藤さん!! 明日はちゃんと休んで下さいね?!!」


「大丈夫ですけど?」


「不眠不休じゃないですか!! 役所に住み込みで働いているの知ってるんですよ?!!」


「……大丈夫なんですけどねぇ」


「周りから〝館の住人〟なんて呼ばれているんですよ?!

オーバーワークさせないって今の町長が決めているんです!!

悪いとは思ってませんが あなたのその姿勢を尊敬して残業を増やしてる人も出てきてるんです」


「……町長か」


疲れを知らないのも自分と人間の大きな違いだと言うことも忘れていた

ならばと思い もっと多忙な職を選べば 不信がられることも無くなるだろうと

特に使い道の無かった溜め込んだ貯金を次回の町長選に出馬する為の資金にした


そんな矢先のタイミングだ 〝彼女〟が目を覚ましたのは


何百年も姿を現わさなかった寿老人と福禄寿からの報告を受けて 俺は地下研究所まで走る

この気持ちは何かに似ている気がした 新しい人間の誕生

おそらくは谷下博士の娘さんが産まれる時のあの感じ キャリーが血相変えて病院に向かうあの感じ


「ハァ!! ハァ!!」


サイロに入り 地下研究所の生体培養室にて

カプセルで千年も眠っていた幼児の姿をしたクローンの口からは泡が

呼吸を始めている証拠だと理解した俺は修理しては稼働を継続させていた機械を初めて停止させた

カプセルの蓋が開かれ 中身を取り出してはタオルで優しく包んで上げた


「ゴボッ!! ……ゴホッゴホッ!!」


「おい大丈夫か……??」


「……」


静かに目を開ける少女は自分を見て微笑むと そのまま眠りに就いてしまった

それと同時に近くにいた七福神二人はドンチャン騒ぎ

団扇うちわや桃を掲げたり 巻物を括り付けた杖同士を打ち合って酒盛りをしていた


〝 おぉ人格が芽生えおったぞ名無しのロボットよ 〟


〝 お前が名付けなくて良いのか? 名無しよ 〟


「ハハハ! 俺のような名前を持たぬロボットから名前を与えるよりも

七福神様達からお授けになられる方がその娘も徳を積む事になりましょう」


〝 しかしお前さんが育てるのであろう? なら自分で呼びやすい名前を考えてやれよ 〟


〝 そうじゃそうじゃ!! 名前の意味に大した価値の格差は生まれぬ故

呼んで幸福を 呼ばれて幸福を迎え入れられるような名を付けるのじゃ 〟


「寿老人様…… 福禄寿様……

ありがとうございます ……ならば指示通り彼女の名前は〝谷下希〟に決めます」


嘘をついた そんな指示は受けていない

今の俺はそう名付けなければならないほど追い込まれていたんだ

少女の面影はほとんど谷下博士と同じ そんな顔で話しかけられれば

母親が生き返ったと淡い希望を抱いてもおかしくない そうだ俺はおかしくない


〝 なんと?! お前さんはさぞかし元の飼い主に忠誠と恩義があるのだな?!! 〟


〝 えぇまぁ…… 何よりも呼びやすいという点ではこの名こそがしっくりくるんです

命令通りだとしてもこの名前ならちゃんと育てられると……

機械ながらそんな〝自信〟というものを参照データと一致しました 〟


〝 ……まぁお前さんが決めたのなら もう何も言うまい

既に獅子の復活は確定された この島を守っていく王の中の王が 蘇ったのだ

我々は島への恩恵をもたらし終えた しばし仙界に戻るとしよう

季節が巡ってくれば無事に豊穣が顔を出し 限りのある大地が皆の安寧を約束するであろう

千年前のあのような厄災が二度と起こらなければの話だがな 〟


二人は別れを告げて 天へと昇って行く

谷下博士に溺愛していたのだから クローンが目覚めるまでずっと見守っていたのだろう


「……おじさんだれぇ? 私に話しかけてくれていたひとぉ?」


「初めまして谷下希ちゃん…… 俺は君のパパだよ 名前は…… 名前は……」


「……サカキバナオヤ」


「エッ?!!」


頭痛と吐き気を催した だがまだ抑えることが可能

俺はクローンに自分を父親なのだと思い込ませて ここではない自宅へと連れ帰った

ここでソトースとの話し合いになる


〝 殺せ 〟


「わかってる……」


〝 人間ほど単純で分かりやすいが知恵を培う生物 それこそがこの世で一番厄介と思っていたが

今となっては人間より未知数の この半端な娘の存在こそ 我らが最も警戒しなければならない 〟


「わかってる……」


〝 なら戸惑うな 躊躇などと…… お前は人やロボットから程遠い鉄クズだな!!!

ここまで来て倫理や道徳心に駆られたか?

……だから人間なんぞに影響されるなと助言を促してやったのに 〟


「うるさい!!」


頭が冷静になる時には 畳で寝ているクローンを

いや まだ生まれたて同然の幼い子供に 包丁を向けている自分がそこにいた



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