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九十六話 榊葉直哉の想起


この千年間 淋しかったの一言に尽きる

父親と呼ぶことを許された相手の最期は見届けられなかったが

母親と呼ぶことを許された相手の火葬されるところは目に焼き付けていた


あんなに大きく見えていた谷下博士が桐箱に収まってる時は驚いてしまった

墓地に赴いて親族があれやこれやと手際よくお墓を建てているの黙ってみていると

谷下博士の娘さんがさりげなく自分に話しかけてきてくれた


「友達タイプさんはこれからどうしますか?」


『仕事が残っています 新たな研究員達と共に〝彼女〟を見守らなくてはなりません』


それからは地下に籠もりっぱなしの毎日だ

クローンが目覚めるまで 身体の各部位が壊れようが自分で修理して復活を待ち続けた

世代交代する研究員も数が少なくなり 知識を継承しきれずもあって

たったの四百年も経てばサイロの下に構える世界分岐観測所を知る者は自分だけとなっていた


「あー…… あーあーー!!」


機械音を消して出来るだけ人間の声に似せて街へ降りてみた

知り合いは勿論のこと誰一人生きている筈はないけど すれ違えば誰かしらの面影がある

時間が解決するとは恐ろしい物で当時より上を見上げる建物が 雨後の竹の子のように生えていた

人工もそれなりに増えていて研究所のあった山付近から見下ろせる村は【羨門街せんもんがい】と名前を変えて発展していた


名残を探して辺りを歩いていると 唯一見知った下宿屋に目が止まる


「ここって……」


谷下博士の娘夫婦が営んでいた【アペルト荘】だった

板戸を引いて暖簾のれんから顔を出したのはその子孫


「どうされました? もしかして宿泊先に困っているとか?」


「いえ…… ここって結構前からありますよね?」


「結構前なんてもんじゃありませんよ~~ うちは創業四百年です!! どやぁ!!」


「……アハハ そうでしたね そう…… 変わらないな……」


つい目から何かが流れ出る思いだった

泣きそうな顔をしていた自分に アペルト荘の女将は心配そうに手ぬぐいを差し出してくれた


「どうされたんです? 大丈夫ですか?」


「……ママ」


「へ……?」


「あっ…… いえ…… 仕事中すみませんでした!!」


その場を逃げるように走る 本当の事を話しても数少ない思い出のあの場所も昔とは違うのだから

走っても走っても帰って来た場所は誰もいない 跡しか遺っていない地下研究所

自分はここでただ見守って行かなくてはならないのだと 己の使命を再確認しては私情を押し殺す


街が一望出来る高台に出向いて

かつて谷下博士とキャリーが食事をしたガーデンテーブルに腰を掛けては

思い出を振り返るだけなら許されるだろうと 日が沈むまで ある時は何日もそこを動かずに

自分がまだ独りではなかった頃を蘇らせて物思いにふける毎日だった


何もしなくても街が動いていく様は力強く

本当にクローンは必要なのかと思わせるくらい活気に満ちている住人を眺めては


いつの間にか身の内に巣くう謎の声が大きく耳の中をうごめく様に囁く


「君は誰なんだい?」


〝 ソトース 〟


「私…… いや俺の話相手になってくれるかい?

と言っても人より長く生きているから 話し出せば気が遠くなるだろうがね」


〝 案ずるな 我からすれば一瞬に過ぎぬ 〟


「そうかい……」


姿を見せない声の主に対して恐怖は覚えなかった ロボットだから

だけど込み上がる寂しさという感情に似たどうしようもない気持ちを無くす為には 受け入れるしかなかった


〝 憎いのか? 訳の分からない自分を勝手に造った奴や 親身になった者達が勝手に死んだことに 〟


「そんなことはない 俺は皆がいてくれたから楽しかったんだ」


〝 楽しいという感情もプログラムの内からかもしれない

そうやって暴走を起こさないように造った者によって仕込まれているのかもな 〟


「そんなまさか……」


〝 お前は度々 自分があたかも人間であるかのような物言いをするな なんでか分かるか? 〟


「人間要素だってある 機械ベースに造られただけだからな!!」


〝 人という社会に溶け込んで酔っているんだ 自覚も薄れて

お前が何者か 真実から逃げて今が楽しければそれでいいと住み慣れて行く内に そして現在がこの様だ 

親離れ出来ない子供のようにママ~ママ~って 聞いてて吐き気がする 〟


「……そう思うのなら出て行けばいい」


〝 待て待て お前の身に宿す我の存在を考えた事は無いのか? 〟


「どういうことだ?」


引き離そうと寄ってくる悪友の如くソトースは 自分の正体をここで初めて明かす


〝 我はこの世の全てを思いのまま が可能なヨグ=ソトースだ

不可能などという言葉は辞書に載らない なんでも願いを叶える存在だよ 〟


「っ……?!! 本当か?!!」


〝 誰を生き返らせたい? ママと呼ぶ谷下希か? 他人だけどな 〟


「……」


〝 提案だが現存している人類含めて神を消滅させ 新しい世界を創ったらどうだ 〟


黒い液体が耳から垂れ始める

ソトースの囁きは 次の一言で自分が解決出来ない悩みを吹き飛ばす


〝 その世界には お前の〝母親〟も存在する 可能だぞ? 〟


「……出来るんだな?」


〝 あぁだが条件がある

さっきも言ったように今を全て一度消滅させる必要がある 邪魔が入るからな 〟


「人も神も殺せと?」


〝 そして我は今完全体ではない 半身はとある土地神に奪われていてな

だが問題はない 〝エリ〟を殺せば自ずと我が完全体になる それまで回復する期間が必要という話 〟


「どのくらいだ?」


〝 大した時間は掛けん ロボットのお前にとっても訳無い六百年だ 〟


「……わかった」


気がつけばソトースの言いなりとなって数百年

殺す事には気が引けた俺は 力を借りて人工太陽が今どうなっているのか調査しに太平洋へ赴く

太陽は今も生きており 海上に浮かぶ無重力装置に支えられて活動を維持していた

それ故に思いつく 手を汚さずに滅亡できる算段

神に対して躊躇は無くとも これで人類を滅亡できるアテは一安心だった

このサイズの太陽と本当の太陽とを照合すれば 次の太陽面爆発フレアが数百年後に再び起きるという情報も容易に手に入る



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