九十三話 人格は思い出
続々と現れる人々は自分にとっては顔見知りの筈なのだが
周りからは誰一人自分を知らない人達だらけ まるで
「いつも通りの……」
ループしていた時はいつでも腹を括っていた 時間と皆が元に戻ってしまうあの感覚
「熱っ!! もうちょっと冷ましてくれよ母ちゃん!!」
奥の台所が開放され そこには染島の奥さんもいた
人が増えれば扉が開かれて 空気が澄み渡っていくのが分かる
奥さんの淹れたお茶のおかわりも人数分に追いつかないでいた
「蜜柑も人数分無くないですかぁ? 誰か買ってきて下さいよ~~」
「ちょっと千代子さん!! 生意気言わないで私達で買ってきましょう!」
たわいもない事で口喧嘩している佐分利先生と千代子
ここで初めて谷下は顔に笑顔が戻った
大家さんと 最後に紡樹が丸窓障子をこじ開けて中へと入ってきたらもう収拾不可能
「寒いだろツムツム!! さっさと閉めろ!!」
「障子を破いたんだ 無理に決まってんだろ!!」
それぞれがそれぞれに文句を言うカオスな屋内は 外から入ってくる冷たい風を物ともしない
一人大人しい自分は意を決して この場の全員に質問を投げかけてみる
「あの…… 私を知ってる人はいますか?」
「「「「「 ………… 」」」」」
全員が黙り込む中 最初に口を開いたのは染島だ
「悪いな…… さっきと同じで思い出せねぇんだわ……
だが心配しなくても街の新しい仲間なんだろ? 君は?」
「えぇ……」
「いや待てよ 思い出してみっから」
染島は両方の人差し指に唾をつけて眉間を軽く揉んだ
「そういえばタカヤマーンが新人の話をしてたなぁ……」
「そう こちらがその谷下希さんだね」
「んでぇ…… そん時は祭の開催をどうするか決める会議の打ち合わせだったよな?」
「俺とお前と…… あと一人誰だったっけ?」
一人一人が 自分がまだ羨門街に来る前の話をし始める
そして話題は徐々に未来へ
大家「その町内会議の二日前というと のぞっちゃんがうちに来た日だったねぇ」
高山「そしてその日の内に菓子折を持って役所にわざわざ挨拶をしに来てくれたんだっけね」
染島「そしていよいよ公民館で反対派住民に大口を叩く あれは傑作だった!!」
千代子「そして私と三木ちゃんを助けてくれた恩人ですね!!」
話を整理していくと矛盾が生じてくる
一つの時間帯に複数の出来事が混同し始めた
高山「三日目は確か谷下君が欠勤で休んでたような…… そういえばサイロまで迎えに行ったような……」
染島「そうだったっけ? 二日目の夜に化け物が現れて…… んで次の日に…… あれ??」
佐分利「私が倒れたのは一日目だったかなぁ 急にのぞっちゃんが母校に訪問して来たのよね?」
千代子「そういえば容態は大丈夫なんですか? そこからコロナの噂が広まったんですよ?」
佐分利「遺伝的な物でね~~ 原因は判ってないけど不意に倒れる時がままあったのよ」
千代子「結局コロナはカルラになっていたって夕貴さんの説明を受けたのは三日目……」
高山「でも原因はサリンをバラ撒いた…… 犯人は誰だったんだっけな~~?」
まるで自分が体験してきた苦悩を共有してくれているかのよう
無意識に涙が伝っていると分かると コタツに敷かれている掛け布団で拭う
「どうしたんだぁいのぞっちゃ~~ん」
「嬉しくて…… 悲しくて…… でもどうして私は…… 今の気持ちを行動に移せないんでしょう」
「それが人間なのさ…… コタツに勝てる奴なんて そういないんじゃないかねぇ!!」
一同がゲラゲラ笑っているのを見てると元気が溢れてくる
立ち上がる気力は突拍子もないところで沸き立つんだと学べば
「行かなければならない…… 自分が誰であろうとも 自分の育った街を守る為に」
「自分が誰かって…… アンタはのぞっちゃんだろぉ?」
大家が不思議そうに周囲にあざ笑いながら同意を求めていた
高山も首を傾げながら質問をする
「貴女は谷下希さんですよね?」
「いいえ…… 私は…… 私は……」
「……面接ではなんて自己紹介したんですか?」
「……谷下希」
「物心がはっきりし始めてからは 周りからなんて呼ばれて来たんですか?」
「……谷下希です ほとんどは〝のぞっちゃん〟だけど」
「じゃぁ自分が誰かなんて自問は愚問って奴だよね!」
「……」
外の吹雪の音も無くなり
心のモヤモヤを晴らすかのようにリンクして 空には本物のお日様が顔を見せていた
「実は私は…… クローンなんです」
「空が晴れたら仕事に戻るか…… 祭の準備もしなきゃなぁ!!」
勇気を出して自分の事を話そうと思えば
全員が背伸びして屋外へと一人 また一人と裸足で飛び出していく
「ほぉれ!! のぞっちゃんも!!」
大家や千代子に背中を押されながら 谷下は冷たい雪路に爪先を突き出した
「ヒィィ!! ……冷たい!!」
目を閉じる谷下の周りは突然真っ暗に 目を開けようとしてもそれは変わらず
「夢…… それとも」
光の道筋が不規則に だけど遠い向こうの出口まで伸びている
「さぁ!! もう目覚めてもいいんじゃない のぞっちゃん!!」
「夕貴姉さん……」
道案内役は夕貴と そして
「人格を元に修復する大役を大人の方々に任せてしまいましたが……
ここからは僕達にも手伝わせて下さい 谷下先生!!」
「アカリヤミさん……」
谷下は思わず彼に抱きつく
「ゴメンね…… 何度も…… 何度も助けてあげられなくて……」
「じゃぁお願いします 谷下先生!! 僕達を助けて下さい!!」
「……うん!! 絶対助けるから!!」
暗い場所なのに 全員の姿がはっきり見える谷下はもう迷わなかった
「明日は…… 五日目はお祭りの日です…… 皆さん欠席は無しですよ!!?」
「町内会長の俺は有り得ないけどな!!」
場のせせら笑いを心地良く耳に残して 彼女は前へと進み始める
最後にアカリヤミからの声援で彼女は胸を張れた
「皆が貴女を支えています!! この四日間 貴女が皆の運命を支えてくれたように!!」
「っ……」
「リンゴ飴!! 奢って下さいねぇ!!」
ガックシと落ちた頭が上がらないアカリヤミの余計な一言に何も言い返せなかったが
自分が成し遂げたい 取り戻したい目的を明白にしてくれた何気ない一声だったので
まぁ良しとした谷下の歩幅は広がっていた




