八十九話 急襲
「そんなこんなで話は以上!!
ポックリ死んじまって気付いたらあの世に…… ではなく何故かクローンの魂の一部になっててさ
そんな千年後の世界で愛しの三木ちゃんが現れて 谷下希という新たな人格の片隅でハァハァ興奮してたって訳さ!!」
「なんでそこで笑いを持ってくるのお姉ちゃん!!!!」
「ンハハハハハァ~~~!!!!」
「そんでもって笑い方が婆臭い!!」
「仕方無いでしょ!! もうババァ通り越して樹木みたいな年齢を重ねちゃったんだからさ!!」
茶屋の一室で姉の昔話を聞いた三木は ふと思う
「でも…… 今聞いた話も 今まで私が見てきた物も 全部未来の話なんだよね
気が遠くなるような事実で興味も湧かないけど 不思議だね~~」
「……なんで三木ちゃんが千年後の世界にいて 今ここにいるのかは謎だけど
きっと私の会いたい気持ちが届いたんだね!」
「ん~~…… それに尽きても良いのかな」
周りは都会以上に水を打ったように静まり返っている
色が抜けているこちらの住人は行動はするものの 対して口数は無いに等しいのだから
生気に満ち溢れているのは この世界でただ二人と一匹
三木とカタと クローンの体を借りている谷下希
店で出される粗茶も 無礼で口には出せないが粗末な茶だ
味を感じず しかしこれでも良いと思えてしまう貧相な嗜好を強いられる黄泉の国
「蛹島はどうなったの?」
「そのソレイユフレアでおそらくはもう……」
「完全に停止してはいなかったか……」
「千年前はどうしてあの島だけ助かったんだろう…… フレアは地球を覆ったんでしょ?」
「確証は無いけど 私達が生きていた範囲で外国との接点は無かった
千年もの間そのままってことはおそらく」
代金を払うことなく店の外に出てきた二人と一匹は
これからの目的がある訳でもなければ 途方にそこら辺を散歩していた
「ホント非現実的で不思議な世界…… お腹も空かなければ 別段喉も渇かないのね」
「一研究員として詳しく調べたいけど…… 判ったからって成果を伝える相手もいないしね……」
「お姉ちゃんって研究馬鹿のシスコンだと思ってたけど 特別にイキ過ぎてはいないんだね」
「シスコンは大概だけど 研究に関しては真面目に仕事してたわよ?
本当は三木ちゃんにも職場見学に来て欲しかったんだけど…… 後悔先に立たずの人生だったわ」
妹の話となると顔が俯く谷下で三木は察した
「私…… 死んじゃったのか……」
「っ……!」
「あっ! ごめん…… 気を遣わせちゃった?」
「気を遣わせたのは私…… フフッ! ぜ~~んぜん吹っ切られないんだもの……!!
仕事に集中すれば 忘れられずとも過去の思い出だけで余裕が作れると思ってた
けど 人には話さないだけで ずっと考えの先頭にはあなたがいた」
「お姉ちゃん……」
「コロナだったから火葬場にも行けなかった…… 再会できたのは仏壇の遺影が最初で……
お墓に手を合わせても実感なんて程遠い ただの石を相手に拝んでたみたいなもんだった」
谷下は三木の手を取る
両手を両手で優しく強く握り締めて
されど懸念を吹き飛ばしたような安泰の笑みを見せている
「おかえり三木ちゃん! また会えて嬉しいよ!」
「私も…… 私もだよお姉ちゃん!!」
ベンチに座って肩を寄せ合う二人
仲間外れにされたくないと 両者の膝を満遍なく使って寝転がるカタと共に
束の間の家族の時間を堪能していたのだった
そう 束の間の時間
谷下の肩に顔を押し付けている三木の視界に触れたのは
〝 やっと見つけた 〟
広大な死海に咲く蓮の花が枯れていき 辺り一面が黒い瘴気で覆われ始める
二人の目の前にはソトースの超巨大な体を得た榊葉が
宙に浮く桃源郷を 玩具の家を覗くかのように顔を近づけていた
「逃げろ二人とも!!」
「ちょっ…… カタ?!!」
谷下と三木の足下を影で覆うカタの身体もまた異形の姿へと変わる
「それどうなってるの?!! トランスフォーム?!! トケモンの進化的な?!!!」
「いいから逃げろ!!」
姉の手を握ってこの場を離れる三木
自分の飼い猫の驚きの変身に興味津々な谷下を妹が必死に引っ張っていた
「お姉ちゃん行くよ!!」
「待って!! もうちょっと生態系の進化による無限の可能性を吟味したい!!
千年も経てばやっぱり未知の進化論ががが……!! ホントどうなってるんだろう!!?」
「お姉ちゃんが説明出来ないなら私だって説明出来ない!!」
前のめりの姉の身体を 妹が必死に引き摺っていると
〝 この感じ…… 久し振りだね…… ママ 〟
「えっ……」
谷下は三木に立ち止まるよう促し 目を擦っては何度も目の前の怪物を凝視する
「まさか…… 友達タイプ?」
〝 会いたかったよママ 〟
「千年もの間にまぁ…… 育ったなぇ!!!!」
〝 あ…… あぁ…… アアアアアア アイダガッタ…… 〟
「??」
表情には出さないがその黒い怪物の眼には涙が
だがそれも瞬時に引っ込み 支離滅裂な言葉を発しながら その巨体は動き出す
〝 コロズ…… アイダガッダ…… コロズ…… アイダガッダ…… 〟
「どうしたの……? どうしたのよねぇ?!!」
「お姉ちゃん逃げて!!」
振り上げられる巨大な拳はこの地を容易く粉砕できる魔神の拳
恐ろしく感じる目の前の榊葉に対して 五蘊が抜かれた人々は動じることもなく
ただただ悲鳴を上げる二人の声が天高く響き渡った
足が震えて動けない彼女らをカタは強引に口に咥えて後退する
だが瞬時に理解していた あの大規模な一撃からは逃れられはしないのだと
そんな折 桃源郷に結界を張り巡らせ 榊葉の進撃を防いだのは
〝 ダイジョブかお主ら~~!! 〟




