八十五話 千年前 XーDAY
キャリーもまた管制室で見ていた
皮肉にも太陽の大気の最も外側の層である〝コロナ〟と呼ばれる部分から放出されるプラズマが
この人工太陽が造られた現段階での目的だ
仮説の域だったコロナだけを対象に第四の物質〝プラズマ〟にて
人類に害を与えなくなる〝カルラウイルス〟に変異させる成分を持った機構が含まれる電磁波を
人知れず人体に浴びせることにより 初めてこの計画は真価が見られる
この太陽の運動による成功を見越して
熱風の圏外にいるアジアやアメリカ西部 ロシア東部やオーストラリア
それ以外の国も計算を変えて大西洋やインド洋で繰り返せば
世界から脅威のウイルスはいなくなるだろう という算段だった
しかし
「おいどうした?!! 何の音だ?!!」
至る国の管制室で 突如鳴り響く警告音が混乱を招いていた
アメリカにいるキャリーもまた 事の原因を探っている
「どうなってる……?」
「キャリー…… これを見ろ……」
近くにいた同僚にモニター画面を見せられる
それは人工太陽の状態を逐一記録しているデータベースだった
「おい…… エリートの計算間違ってたんじゃねぇか?」
「間違うなんてスケールじゃない…… 我々は太陽を知らな過ぎたんだ」
太陽面爆発によって放たれるフレアは太平洋圏内で留まる予定だった
しかしその熱風の嵐は足を止めることを知らず 真っ直ぐに方々の大陸沿岸へと迫っていた
「現地の人間は何やってるんだ!! 早く強制停止させろ!! 今なら海岸沿いだけで被害が済むだろ?!!」
「もしもの時はその悪魔のような保険はあった…… だが熱風が思いの外…… 強力でな」
同僚がそう口にした途端 管制室の電源が落ち 真っ暗な闇に包まれる
「クソっ……!! なんで予想外の事ばかり起きてるんだ?!!」
「言っただろう…… 月と比べて太陽なんて勉強不足にも程がある
俺達は神の子を創っていた 手に余るものだったんだ」
「……主任は何処にいる?」
「カリフォルニアだろうな…… だがもう遅い ここヒューストンもあと僅かだ」
平静を装っていたかと思っていた同僚はデスクの棚からスコッチを取り出し
コップを取り出しては一つをキャリーに渡す
「どうする事も出来ない…… 神に祈っても機嫌を直してはくれまい」
「マイケル……」
「最期の一杯だ 付き合ってくれよキャリー」
「……その前にやることがある」
彼はスマホ画面を開いて谷下宛てにメッセージを打ち込むと
驚くほど冷静を保ちながら マイケルと乾杯した
「結局宇宙に行けなかったなぁ…… 宇宙飛行士なんだと胸張って妻に伝えたかった」
「落ち込むなよキャリー 今日は所謂…… 審判の日って奴だ」
「敵はロボットじゃねぇよ」
「人類は罰を受け入れ 主より迎え入れられる事を喜びに
あてもなく彷徨う 迷える酒好きの子羊達に どうか来世で食うに困らない祝福を」
「アーメン…… なんだろうな…… 録画した映画…… 溜めて見る癖は直せば良かったなぁ……」
身体の温度が上がっていくのが分かっていた
室内のクーラーは壊れ 外にいる人達がその土煙を前に為す術無く飲み込まれると同時に
灼熱の高温が襲い掛かる中では 誰もそれに抗うことは出来なかった
場所は変わって蛹島
こちらの地下研究所でも暗闇の中で身を寄せ合っている谷下達
ただ嵐が過ぎるのを待つかのように 地上から唸る轟音に耐え忍ぶしか無かった
地震にも似た激しい揺れが収まる頃合いは 大体丸二日
一日半が過ぎようとしていた時間帯に 夜桜が非常用に置いてある宇宙服を着て外に出ようと試みた
周囲の反対も押し切って外に出ようとする彼女の後に続き
谷下も宇宙服を着てサイロの外に出てみた
しかし入り口から見える夜桜が宇宙服を脱ぎ捨てている様を目撃した研究員達は絶句する
自分達のいる場所 正確にはこの蛹島が無傷の状態で さらには新鮮な空気が吸えることに
外は海も干上がっている現状 空には微かに見える綺麗なオーロラが全員を出迎えてくれていた
「今は夕方か?」
「現在は…… 13時42分です」
「夕暮れ…… だよな?」
風景は濃く焼け焦げた紫色の空が広がっており 近くの鳥達が悲しげに鳴いている
津波が押し寄せる事もなく 故に海は干上がっていると判断せざるを得ない
取り敢えず研究員達は村に行き 人々の安否を確認する
全員生存 喜ばしいことの筈なのだが 全員がおかしいと思っていた
「どうなってるんだこれは…… まるで狸に化かされている気分だ」
「……フレアは失敗したんですよね?」
「だろうな…… 人類史上で二三度あるか無いかの大失態だ」
島の住民を一度同じ場所に集めて暮らすよう夜桜は指示する
研究員達は全員 地上の草原に腰を下ろして会議を開いた
夜桜「まずは現状を確認する為に成さねばならぬ行動を挙げていって欲しい」
谷下「食料とかの問題もありますよね?」
染島「ニポントノ距離ハ約90.0㎞ 海ガドウナッテルカ判ラナイガ辿リ着ケナイ訳デハナイ」
國灯「連絡手段は断たれたと呑んでもいいですよね 海が無いとなると塩問題もありますね」
葛西「ここは岩塩が取れるんじゃなかったっけ? あとはこの異様な空の下で田を耕せるかどうかだね」
ゴッホ「米は命だが それだけじゃぁ脚気になるのがオチよ」
アイリーン「水の循環が断たれた今 この奇跡の島にある水源がどれだけ持つか……」
佐分利「腐る前に干ばつしている大地に赴いて 食べられる魚を確保するのが最優先だと思います」
友達タイプ『地下の食料にも限りがありますし 全員の配分を考えても とても足りませんからね』
それぞれの案を出し合って夜桜が指揮を執る
一方で谷下はクローンの事を考えていた まさか実用できる日が来るとはと
現実問題に目を傾けながらも 自分がやってきた実績に少しだけ誇りが持てていた




