八十二話 千年前 邪視
子供が産まれて早数年
独身時代に終わりを告げる頃には 既に歳を取っていたので心の時間が短くなる間隔はあったけど
ここ最近の育児に至っては 時計の針が十倍速になっているのかと疑い出す
お腹がポッコリ出てきてからは前より外に出る時間が増えていた
干渉は控えていた島民との交流は日常となり
どこかでイメージしていたママ友とのお茶会 は実現しなかったが井戸端会議でも充分だった
借家を借りてキャリーと二人暮らしを始めるも 彼はこの島にいる期間が短い
出稼ぎという名の母国のNASAにいるのが普通で一日数回のリモート通話で我慢している
そうなると部屋では私とお腹にいるチビしかいない訳でして
研究所にカチコんだ方が楽しかったりするのだ
産まれてからは仕事に復帰しようと試みたが 案の定周りに止められる
クローン製造にてチェックを入れる監修という立場で子守を優先させられたが
仕事に時間を費やすルーティーンが染みついて ついつい仕事面にも自分の原動力を求めてしまう
両立可能という主張も 女性研究員が多いこの室内では 過度に否定される始末であった
「最近鬼が出て幼い男の子が立て続けに行方不明になってるって噂 聞いたぁ??」
「聞いたわ~~怖~い!! 隣の村で起こった怪事件でしょ~~??」
「なんでも質の悪い袖引き小僧って話じゃない? 厄除けにうちの子を女装させようかしら~~」
普通なら何処から出回ったのかも分からないカルトな話はスルーするんだけど
警察も動いている中で止まない噂と ご近所付き合いを大事にする時期故に話を聞くことにした
「犯人とかは捕まってないんですか??」
「それらしい情報が入らないから怖いのよ~~
最近不作だから神社へのお供え物を減らしたのが原因ってのも聞くわ~~
神様が怒って袖引き小僧に化けて出てきたんだわきっと~~」
「なるほど……」
「目撃証言もあるのよ…… 何でも夜中に森の中で咀嚼音が聞こえたとか……
小さな女の子が同じ背丈の子供を貪っていたとか……
もう話聞いてるだけで…… 鳥肌立っちゃった!!」
うちの子は女の子だから
なんて理由で解決にはならないからその日は急いで帰ろうと思った
隣町だからといって安心出来ない 誘拐犯がこっちの村に訪れない確証は無いのだから
日暮れ近くに借家付近へと帰って来れた私は安堵していたが
ふと 耳元に何か物を食べる音が 近くの茂みより聞こえてくる
「……誰かいるの??」
恐る恐る草を掻き分けて進むと そこには
「バリバリバリバリバリバリッ」
持っていた懐中電灯を照らすと 人肉を食べている一人の少女が血だらけで座り込んでいた
「ヒィ……」
思わず尻餅をついてしまい 持っていた洗濯物をその場に落としてしまった
こちらを振り向く 焦点が合ってない眼球を震わせながら見てくる少女は一瞬だけ微笑み
されど人肉を頬張ることに夢中である
「なに…… してるの?」
「……食ってるの」
「な…… 何を?」
「……わからない」
骨を砕く音は今にでも耳を覆いたくなる程の 言葉では言い表せない悍ましいものだった
全てを食い尽くすと次に取る少女の行動は 辺りの草や泥を集めて そして
「えっ……」
「肉じゃぁ~~♪ 肉じゃぁ~~♪ この世は肉じゃ~~♪」
自分の理解を追いつかせてくれぬ間に 少女の複製とも言えるもう一体の同じ少女が誕生した
そして出来上がるなり 誕生した少女が複製した少女の肉体に口を近づけて 食べる
「でも全然満たされないな……」
「……」
「食べてるのに増えない…… お姉さんを食べたら満たされるかなぁ??」
「……ねぇ それってどうやってるの??」
「手をこう出してね! えいっ! ……ってやるだけ」
「それはあなたの力なの?」
「そだね~~ おそらくそだね~~」
「……自食してるって事かなぁ」
その言葉が聞こえたのか 少女は食っている肉片をその場に落とした
「してきた事は全て…… 無駄だったのか……」
「ずっとこれを繰り返して食べ続けていたの?」
「うん……」
「身で身を食うとはこの事ね……」
血だらけの少女に恐怖を抱かなくなっていた私は
丁度同じ歳の子供を持っているってのもあって放ってはおけなかった それに
「お名前は?」
「エリ…… えり……?? もっと長い名前で呼ばれてたような……」
「えりちゃんね 私は谷下希って言います」
それにこの子に力を貸して貰えたら 果ての見えない私達の研究が一気に進むかもしれない
散らばった洗濯物を掻き集めていると國灯が駆け足で近づいてきた
「ハァハァここにいた…… 家に行ってもいないんですから……」
「何か困り事??」
「いいえ…… ていうか!! 子供を家に一人にしてはいけませんよ!!
さっきも誘拐犯が捕まったとかで連絡が入ってですねぇ……」
國灯がふと私の腕を辿って目線を下げ 一緒にいる少女を注目した途端
「ウゥゥゥオァオゥゥゥ?!!!」
「ヘェ~~ 誘拐犯捕まったんだ~~」
「どどど…… どうしたんですかこの子?!!! もしかして被害者ですか?!!!」
「あぁ…… 拾った」
「どこで?!!」
「えぇと…… 草を掻き分けたら現れたのでゲットだぜ!!」
「トケモンじゃないんだから……」
「とりあえず今日は私の家で預かるよ 何日も…… いや何年もお風呂に入ってないのかな??」
何事も無いように振る舞い 得体が知れずとも 仮にも子供である少女に不安を感じさせまいと
血で染まる体からは感じさせない明るい空気を作ってあげた
國灯も危険の可能性を拭えずにはいたが 一旦警戒を解いて付いてく
そういえばここ何年かは誰かしら研究員が家に赴いて家事やら食事やらを手伝ってくれていた
そして國灯もまた 肉じゃがと味噌汁を
状況が状況なだけにわざわざうちの旦那に連絡を取って今日一晩はこの家に泊まってくれるのだった




