七十七話 千年前 モチベーター
クローンの身体造りは至ってシンプル 私達と同じにすればいい
学会より送られて来る研究標本はよくまとめられていた
これだけの実績を人知れず積み重ねても 世に出ないという事実に
私は今まで部外者だったにも関わらず歯痒い気持ちを抱いてしまう
「減ったと思えば気が緩んで再感染…… 学ばないですねぇ人類は」
「〝國灯〟さん…… でしたっけ?」
脳が正常に働くか 障害が出てれば意味が無い
全体の神経の中枢でもある心臓が特殊なだけあって失敗作が跡を絶たなかった
「いつコロナで騒がなくなるんでしょうねぇ」
「特効薬が普通に世に出回るまでじゃない??
あれから一年経ったけど…… 次のオリンピックはどうなっちゃうのかなぁ?」
「開催しても僕はテレビなんて見ないですからねぇ」
「國灯さんってボクっ子なんだねぇ……」
「……得物を狩る目で見つめないで下さいよ」
次々に各部位は運ばれてくるものの
短命の稀少心臓と相性の良い人体は中々出来上がらない
「ハァ…… 休憩します」
こういうのに身体が受け付けない訳では無かった
やはり求められている人間が大勢いるだけ相当のプレッシャーだ
「会いたいなぁ…… 私のエンジェル達……」
スマホの待ち受けにしているカタを抱いた三木を舐めるかのように
疲れが溜まっている時は写真に語りかけ 極限状態の時は人知れず勝手に会話を作って落ち着かせていた
島内は電気が通る家などはほぼ一件も存在せず 電話の代わりは回覧板だった
ましてや地下でスマホは圏外 非常用の無線はあったけど プライベートでの非常時以外の使用は禁止だ
つまり身内に何かが起きてしまい あちらからの連絡が入れば受話器を持てるということ
それが未だ無いということは安心するべき事なんだろうけども
ーー 会いたい
別に仕事に追われて娯楽が無い訳ではない
誰かしらゲーム機やトランプやボードゲームなどを持ち込んで来ていて
夏になれば花火も打ち上げたりと楽しんでいた
もし何かしら機材が壊れていれば アレがすぐに直してくれる
「あなたって名前は無いの? 事ある毎に頼んでも声を掛けにくいというか」
『私は物と扱って頂いて結構ですよ谷下博士』
「そうと言われてもねぇ…… ロボットといえど見た目は人間だし」
『制作者からは戦地にてターミネート18と呼ばれ出動させられてましたね 一応殺戮兵器でしたから』
「イメージ無いのよねぇ…… すぐに駆けつけて皆を助けてくれる どちらかと言えば子守用ロボット??」
『印象の捉え方は人だろうと物だろうと変わらないという事なんですね
ですがそう言われましてもただの人殺しです そう記録にも残ります』
「じゃぁ今日から〝友達タイプ〟って呼ぶからね!」
『了解しました…… データを修正します 私は友達タイプ』
彼は前々から聞いていた機械ベースのクローンの一機らしい
キャリーがここに居座らせておいてくれと頼んできたが
気が利いて 動力源も人間の三分の一の食事量 朝に一食で問題は無いとのこと
顔は彼に似ていると勘付いていたが 何かこう得体の知れない怖さがあって聞くに聞けなかった
そのキャリーはといえば
「希!! めっちゃ好っきゃねん!!」
一日のルーティーンなのかもと思わせるレベルでアプローチが激しい
彼に至っては日本語での女性の口説き文句が勉強不足らしく 毎回笑わせてくるのだ
「どうだい?? 俺と正式に付き合ってくれないか?!!」
「私の研究をひたすら見続ける事になるけど それでもよろしくって??」
「素晴らしいね…… 私は意中の絵画の前で何時間も居座っている男さ!!」
こんな具合にああ言えばこう返してくる無限ループの毎日
だけどこうも口説かれ続けられれば この味気ない仕事漬けの空間で変に意識してしまう
恋は曲者と言いまして いつの間にやらその関係は成就へと歩みを進めてしまっていた
告白の返事なんて結局は事後になっちゃうんだから世の駄目な女を馬鹿に出来ない
そんな訳で楽しいことが一つも無い訳では無い
人がたくさんいるんだから 一人に歩み寄れば少なからずイベントが発生する毎日だった
この島に来てから五年が経ち
研究の成果はまだまだだけど 朗報か悲報か
年月も過ぎればコロナで不安がる令和スタートの心象風景と化したパラドックスも
感染すれば普通にワクチンを買いに行ける世の中へと変わっていた
私達も例年通り予防接種が当たり前になっていたし
そんな時が流れた大晦日目前の夜
突然に前の研究所の所長と防衛大臣がやって来た
「……休暇ですか」
「そうだ たまには……って口にするには年月が経ち過ぎてしまったけど
最近危惧される災害も見つかってないし 久し振りにご家族に会ってきなさい」
「そう……ですか……」
心臓が飛び出してしまうんじゃないかってくらいに嬉しかった
この時期に家に帰れるのは前の研究所にいた同僚達に限られる
残るタスクフォースの人達は優秀だから別に伝えておく業務連絡は無い
普段は素通りする研究所入り口前のオフィスも 家に帰れる気持ちでいっぱいの時は新鮮に見えた
「じゃぁ暫くの間 よろしく頼みました」
別れを告げて懐かしの本土へ
南と北で圧倒的な気温の格差が 空港にて肌身に襲い掛かり
地元の北国の雪を足で踏む私は苦しくても大きな息を吸った
「まずは我が妹を愛で繰り返してと……
そして次に東京で預かって貰ってるカタと甘い甘い夜をと…… ムフグフフゥ♡」
秒で企てた計画を遂行するべく急いで我が家へ
片手にはミルクケーキ 怠らず培い続けた自前の歯でボリボリ音を鳴らしながら
帰路の景色をタクシーの窓越しに眺めながらニヤける自分は 気が気では無かった




