七十三話 終着駅にて
谷下と死人の反対側の席に座る三木 カタは変わらず膝の上だ
いないと思っていた少女が当然現れたので 谷下は夜桜の話をする
「三木ちゃんがいなくなって心配しているのは分かったけど……
問題は何故彼がエリ=ヨグ=ソトースを知っていたんだろう?」
「何ですかそれ? クトゥルフ?」
「分からないけど 夜桜さんは〝その神様について調べてくれ〟って遺言を残したのよ」
「えっ…… あの夜桜さんが亡くなった?!!」
事実を知った三木は信じられなかった
しかし谷下が冗談を言っている様には思えず
「それで谷下さんはどうしてあの世に来てしまったのですか?」
「それは…… それより三木ちゃんこそ こんな危ない場所まで」
「私は谷下さんが鏡の中に入っていくのを見えたので衝動的にです
……それにあの熱風が襲ってくることは事前に知っていたので選択の余地はありませんでした」
「まぁ怖いよね ……私達はこれから あなたのお姉さんに会いに行こうとしてたのよ」
「っ…… お姉ちゃんに?!!」
「生まれ変わりも叶わぬ世界なら高確率でいると思うの
谷下博士に会いに行けば私の事についてもハッキリするだろうし」
必死に頭で整理する三木は頭を両手で撫でている
無理に理解しても混乱するだけだが 死人は思いの外 全てに納得して平静を保っている
「それで死人さんは何であの駅にいたの?」
「死人だからだ」
「……それで納得すると思います?」
「人から外れた霊的存在になろうとも分からないことはたくさんある
小説を書いているから黄泉の国に興味はあったが 実在してるなんて考えたこともない」
「私が死んだら過去に戻ってもあなたはいたじゃない
でも今回は一緒に黄泉の国にいるって矛盾しない?」
「肉体を持ってここにいることの方が矛盾している
……強いて仮説を唱えるならば 私達は本当の〝終わり〟を迎えているんだろうな」
「終わり?? 何の??」
「四日毎のループに終止符が付けられた それはつまり…… 賽は投げられたんだろうな」
谷下も カタも 三木も
死人の言っている事にただ呆然とするしかない
「貴女の力も所詮は自然現象の一部 神の因果律の範囲内だ
眠るように死んで初めて発揮されるその力も 黄泉に来たら効力を失う
どちらにせよもう死ねないからな 天国に逝こうが 地獄に落ちようが」
「そんな……」
谷下は無駄だと分かっていても狸寝入りをカマしてみる
すると疲れが溜まっていたのか そのまま寝落ちてしまった
「えっ…… ホントに寝たの?」
「理にかなってないな…… それも未だ五蘊が残っている証拠だろう」
三木は自分の背中から垂れている細い糸に気付いた
よく見れば谷下やカタの背中からも 前を走る列車とは反対方向へ伸びていた
「〝肉体と魂を繋ぐ紐糸〟
死んでる筈だけどやっぱりこの体は思念体とかじゃなくて……」
「肉体と一概に言っても不完全なのだろう
あちらの焼け焦げた世界に残された もう半分の転がる燃えカスの未練が垂れているのだろうな……」
少しでも引っ張れば切れてしまいそうな三本の糸は
根強く 優しく 底力を見せつけるかのように 生気に満ちた輝きを放っている
ふと死人は窓の外を見ていると 前方から大きなトンネルが迫っていた
「【川上隧道】?!!」
「ん?? 見たことあるのか三木?」
「……獅子の系譜」
「ん????」
「姉が働いていた研究所の閉鎖的な島に伝わる伝説…… 蛹島での王の魂が通る道」
通過すれば一瞬で闇が覆った
三木は何を思うのか 窓に映る真っ暗な景色を見つめながら
「実在したトンネルなんです…… 〝王が復活します〟」
首を傾げる死人が考える暇を与える暇もなく 出口に光が差し込んだ
そこは宙に浮かぶ桃源郷とでも言おうか 情報量が肥大している大きな都市だった
何階にも分けられる和風洋風なんて関係なく町の回廊が連なり 住宅街が密集している
幾人もの魂が生前の面影を現わして 半ば渋滞気味に生活を送っていたのである
「ここが黄泉の世界…… なんて非現実的なの……」
「キサラギ駅と同じか…… どんな思いの複合体が顕現されて成り立つ場所なのか……」
列車の速度が減少を始め 向こう側に線路が見当たらない終着駅に止まった
ここに来るまでに完全に無垢となる魂は操り人形のように扉の前に立つ
『ご乗車ありがとうございました ここは終点でございます
戻りはありませんので決心ついた方からゆっくり下車して下さいませ
ここは生まれ変わるまでその御霊を清める極楽浄土
しかしいつ現世よりお呼びが掛かるかは現在不明です
誠に申し辛いのですが ただいまを持って現世に残る人類の数が ほぼほぼ0となってしまいました
ですのでお時間を忘れて心ゆくまでの滞在を推奨します それではsee you!!』
最後は車両内部に留まっていたのは言うまでもなく谷下一行
谷下本人が目を覚ますのを待っているのもあるが そうそう黄泉の国に足を着けたくはない
「………ん??」
浅い眠りから瞼を開ける谷下は外の様子に絶句した
「ここが…… あの世……」
「おはようございます谷下さん」
「おはよう三木ちゃん…… 普通じゃないとは思ってたけど予想以上に幻想的ね……」
「谷下博士を探しに行くんですよね?」
「………うん」
谷下を筆頭に三人と一匹は車両から足を伸ばした
地を踏んだ感覚に違和感は無いが 明らかに元の世界とは違うだろうなと察する
「ゲホッゲホッ…… あれ??」
咳をしたかと思えば 谷下は急に悶え苦しみ出す
その場にのたうち回る彼女の急変に他はすぐに駆けつける
「大丈夫ですか谷下先生!!!!」
「ウェェ…… オェェ……」
呼吸で精一杯 しかし苦しむ原因は瞬きする間に訪れた
「そんな……」
三木達が見たもの それは谷下希の体内にいたであろう五十万もの魂が外に解き放たれ
その数々が それぞれ行きたい場所に散っていく光景だった




