七十話 四日目 ヒドゥン・ウェアーズ・ワーウルフ
自分にしか知らない筈の名前が出て谷下はゾッとする
ソトースならまだしも 三木という名前が本来なら出て来る筈も無いのだが
「あの…… 夜桜さんは何処でその情報を……?」
唇が乾いて思うように発言できない
火事の現場にも居合わせておいて一滴も水を飲んでいないことにようやく気付いた
「それは……」
すると扉が勢いよく開かれ 一人の見知った女性が入ってくる
「のぞっちゃん……」
そこには夕貴が立っていた
差し入れなのか 竹カゴに腕を通して気さくに近寄ってくる
「ちよっちょも居たんだ~ 除け者は辛いですぜ~」
「…………え?」
場の空気が乱れたところを感知したツムツムは咳払いで注目を集める
夜桜の手記を捲り 書かれている内容の一部を切り取って口にしようとすると
「そうだのぞっちゃん!! 今晩泊まるんでしょ?! また闇鍋でもしない??
ちよっちょも一緒に三人でガールズパーティー開こうぜ!!」
「えぇ…… いいですよ?」
「…………」
ツムツムは夕貴を睨み付ける
だがそれは単に会話の腰を折るが故に込み上げてくる嫌悪感などではない
それ以前に何故彼女がこの場所を突き止めたか という前提に持ち込まれる謎に迫られた
「……ソトースってのは偉く神々しく書かれているようだが
それに対しての夜桜の見解は おそらくこの神は神と呼ぶにはあまりに遠い出来損ないだそうだ」
「…………」
ここで夕貴は初めてツムツムに正面を向けた
持ってきた竹カゴを床に落としても彼女は別段気にしない素行に谷下は眉間に皺を寄せる
されどツムツムは口を塞がない
「パッとしない字面で説明をされているのが何よりの証拠だ
ゼウスの方がまだ設定が練られている それに比べてソトース??
外なる存在? 一にして全?? 存在ではなく空虚??? 始まりも終わりもない????
小学生がノートに書いたキャラクターですかぁ? 中身のねぇとりあえずこいつすげぇ感丸出しなんだよ
馬鹿みたいに壮大にして こんなんに心酔するガキの気持ちが分からねぇな~
親は心配して精神外科に車を走らせるぞ?」
「黙れぇ!!!! お前にソトースの何が分かるってんだよぉ!!!!」
豹変する夕貴 しかし周りは恐ろしく冷静
「おかしいと思っていたあの違和感は嘘じゃなかったのね」
「夕貴さんは私のこと〝ちよっちょ〟なんてあだ名で呼ばないです」
谷下は夕貴の前に立つ
苦笑する夕貴の笑みに寒気と怒りを感じるも唇を噛み締めてグッとこらえる
「榊葉直哉…… 生きていたのね……」
「……何て言った今??」
ツムツムと染島はその聞き慣れた言葉に強く反応する
目の前にいる得体の知れない女性を再確認するも信じ切る事は不可能
「ハハハ…… ゲホッゲホッ………
〝 よく気付いたもんだよ…… さすがクローンだ 〟
「夕貴姉さんからとっとと出て行って!!」
〝 それは無理だな~~ 何て言ってもこの身体は俺を受け入れるように出来てるんだからな~~ 〟
「っ……!!!!」
込み上げて溜まるものが爆発寸前
夕貴の身体は突然にして発火し始め 爛れた皮膚の奥からは例の黒い液体が垂れ始めていた
「逃げるぞ谷下希!!」
「とりあえず外に出るんだ!!!!」
ツムツムは谷下を担ぎ上げ 染島は千代子を抱き上げる
教室から脱出して間もなくすると 蓄積した黒水は窓ガラスを突き破って廊下に溢れ出した
それを目の当たりにしながらただただ見つめる谷下は けして人に叫んではいけないだろう
されどこれ以上不都合で迷惑極まりない嫌がらせを受けては 言わずにはいられなかった
「気持ち悪ぃんだよぉぉぉぉぉ!!!! さかきばぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!」
汲み取れる情は無くとも その必死な訴えに他の三人は察した
彼が彼女にしてきた事は並大抵の事では無いのだと
しかし世の中はご存じの通り残酷で
廊下の窓の列に映る景色は 差し込む光は静寂とは程遠い勢いを増して
大きく廊下の床に影を伸ばす 影は次第に黒い水と同化を始め 何もかも一色に飲み込もうとしていた
それは憧憬を匂わす放課後の景色など どこにも見当たらない
ただただ思い出も 余韻も 価値という全てを黒に変える
「……時間だ」
「はぁ!!? 何がだ?!!!」
「来る……」
夕陽が海に姿を消して始まる脅かしの戯れ
顔出すアレは 子供をあやそうとでもお考えか
自然の驚異を悟らせる〝いないいないばぁ〟だと考えれば楽になってしまうくらい
気が狂いそうで美しい
「「「「 ッ!!!! 」」」」
海を枯らせて 寄ってくる
仲良くなりたいのか 寄ってくる
殺したいなら アンタは太陽であって欲しくはない
太陽とは 人々の心に元気を映し出す鏡なのだから
されどあなたは 近寄ってくる
馬鹿みたいに明るく寄ってくる 我々は差別はしない
だけど絶対的恐怖故なのか どんな言葉で正当化しようとも アンタに気を配るのは忖度に過ぎない
見えない心が薄汚れていたのなら 我々は騙されていたのだろう
太陽にまで疑心暗鬼を抱いたら そりゃぁ先の世渡り 真っ暗街道 突入ですとも
裏切らないで下さい
失望させないで下さい
壊さないで下さい
アンタは損な事に太陽なんですから
そんな事を考える暇も与えさせず 海辺にいた住民から順を追って 真っ黒に焦げて吹き飛ばされていた




