六十九話 四日目 遺言
「泣かないで下さい ハンカチありますから」
「うん……!! ゴメンね! ホントにゴメンね!」
千代子の慰めに 心底感謝を覚える谷下であったが気が晴れそうにない
「三木ちゃんもいない…… 私…… どうすればいいんだろう」
「理由はお察し出来ませんが 今は強がるのやめませんか?」
その場に泣き崩れている谷下に千代子は寄り添ってあげた
人が通る場所など気にもせず その場に座る一人の女性に
今日会ったばかりの女子高生は一緒に居てあげている
「三木って人は大切な人だったんですね」
「うん…… うん!! みんな…… みんな…… 死んで欲しくないよ……」
「分かったような事は言えませんが 〝皆〟同じです」
躊躇いながらも頭を撫でてあげる千代子は 目の前に車が停まるのを気にした
車内から出てきたのは如何にも刑事っぽい茶色いコートを着ている男性だ
「谷下希さんですか?」
目が潤んでる谷下は顔をハッキリと目視できない
「誰ですかあなた達は?!」
隣で千代子が自分を守ってくれている
彼女の力強い正義感を思い出した谷下は涙を拭って男性を凝視した
「羨門警察署のツムツムだ そちらの谷下さんに伺いたい事があってな」
「ツムツム?!!!」
つい大声を出してしまう谷下は口に手を覆った
そんな谷下を疑いの目で睨み付けるツムツムは隣にいる千代子を除外しようとする
「大事な話なので場所を変えたいと思う 君は早々に家に帰りなさい」
「はいそうですか! ……って素直に立ち去ると思います??」
千代子は谷下の前に立ちはだかった
「ダメ!! 千代子ちゃん!!」
「……千代子?」
暫く考え事をしていたツムツムはどういう風の吹き回しか
「ではあなたにも同行して貰おう
学生相手なだけに強引な事は出来ねぇ
場所も学校の教室を借りられるよう今から段取りつける」
車に乗る二人は警戒を解くことなく常に誰かを見つめていた
しかし車はすんなり校門を潜り 特に乱暴されずに教室まで誘導された
一方車が出て行った図書館の玄関入り口には夕貴が
追うわけでもなく 玄関の鍵を閉めてその扉に凭れ掛かっていた
溜息を漏らす唇は震えていて 何かを覚悟する表情を必死に作っている
「〝辛いだろうけど頑張ってね〟か…… 本音であって欲しいな」
場所は戻って子々孫学校
特に席に座らせる訳でもなく ドアは閉め切られ
ツムツムと谷下と千代子の三人がただただ沈黙で圧力をかけ合っていた
すると扉は再度開かれ 思いも寄らぬ人物が乱入してくる
「染さん……」
「何だって俺を呼んだんだぁ? ツムツム
警察のゴタゴタの相談役である民間傭兵の夜桜じゃなく俺を酒以外で呼ぶとはなぁ」
「夜桜は死んだ…… それを知ってるのは俺達と……」
目を合わせられて心臓が飛び出そうになり 必死に目線を逸らす谷下
それとは逆にいきなりの事を言われて納得しないでいる染島はツムツムに怒鳴り散らす
「適当言うなよ!! あいつとは昨日の朝まで飲み明かしてたんだぜ?!!」
「んで? その後に連絡はあったのか?」
「っ……!!」
「四人揃ったな…… まぁ一人は意外な女子高生だが これも必然か」
教卓に片手を添えるツムツムはとある手記を机の上に置く
その強張った顔は緊張感を張り詰めるに十分な 谷下の記憶を逆撫でする尋問の時のそれと同じだ
「今から話すのは夜桜の遺言
トリックは分からねぇがもし夜桜が死んだ時 俺は信じてしまう方に約束を交わしたから聞いてもらいたい」
ページを捲って一人で勝手に進めようとするツムツムの胸ぐらを掴んだのは染島だった
「話が見えねぇ……!! なぁツムツムさんよぉ なに勝手に夜桜を殺してんだよ」
「殺したのは俺じゃねぇ…… だよな谷下さん?」
「っ…………」
「だそうだ…… 学校に来てまでこれじゃぁ学祭気分だが
俺も一応なぁ…… 仕事で来てんだよ!!」
「……証拠はあるんだよな?」
ツムツムは袂から一枚の白黒写真を染島に見せる
先程まで握りつぶされていたかのようにシワクチャな紙切れで染島は納得していた
それならそれで今度は ぶつけようの無い怒りが壁を殴る音で教室内に伝わる
「あの……」
「何ですか千代子さん?」
「もしかして夜中の山火事と関係あるんですか? 場所が榊葉町長のお山だって聞いてたものでして」
「そうだ んで調べたら地下に異次元の様な空間が広がっていた
およそ今の島の文明では造り得ない科学力の粋が集まった部屋に辿り着いたよ
……夜桜の遺体はそこで発見された」
千代子はもう一個 質問したいように手を挙げる
「榊葉町長の遺体も見つかったんですか?」
ある意味 谷下にとってはナイスな質問だった
あの後どうなったのか最も知りたい真相
おそらく容疑者扱いとして呼ばれた自分が前のめりに質問しても余計疑われるだろう
「見つかったよ…… 外傷が酷くて白目を向いててな 見事な仏さんになってた」
「……じゃぁ見たんですね」
見方によっては自分を擁護してくれる そう思った谷下はここに来て初めて口を開く
「何をだ?」
「何をって…… 榊葉が人間じゃないってことですよ」
「……ハァ?? 仏にはなってたが 血が流れる人間だろう?」
「エッ??」
寒気が走る 背筋が凍る程に身体中が震えてきた
ロボットで無いにしてもあの状況を見間違いで済ませれる話ではない
「黒い液体とかは?!」
「……」
「榊葉の周りに…… いやその人の体もそうですよ 機械仕掛けでしたよね?!!!」
「いいや? ……やけに知った風に喋るな」
「あっ……」
ツムツムの疑う目は確信に変わった
まるで取り調べが終わったかのように肩の力を緩め本題に入る
「まずは肝心な遺言の内容だが
『エリ=ヨグ=ソトースについて調べてくれ』
それから『谷下三木という人物の居所を突き止めてくれ』
と書かれていた 心当たりがあったら教えてくれ」




