六十八話 四日目 居なくて当然
バスに乗って再度この地に足を着ける子々孫村へと赴いた谷下希
目的地は例の図書館にいる夕貴だ
相談を受け入れてくれる相手など他にアテもなく
しかし谷下にとっては ここが数少ない情報の仕入れ場なのだ
「夕貴姉さんもそうだけど…… あっと驚かされる情報はやっぱり三木ちゃんかな」
仮定を作るも前提から滅茶苦茶な謎の人物
三木をアテにしたいがそう易々と心は落ち着かない
本人すらも過去から来てるという事を口に出しており
正直なところ この世界に居ない方がいいと思ってしまう
「元の時代に帰れてたらそれも良しだよね……」
透明な重い扉を 体を傾けて引っ張るとそこにはいつものように夕貴がいた
カウンター越しに相も変わらず本を読んでサボっている彼女は自分にとってのカンフル剤だ
「お久しぶりです 夕貴姉さん」
「あれぇ?!! のぞっちゃ~~ん?!! ……なんか落ち着いてるね?
もしかして髪切った?!! 流行ってもないけど職場デビューって奴~~?!!」
「髪は切ってないです やっぱり落ち着くわ~~」
向かいの席に腰を下ろす谷下は辺りを見回す
「千代子ちゃんは学校だよね……」
「え?? のぞっちゃん ちよっちょの知り合い?」
「あ……」
世界がリセットされているのだから 相手から疑問視されるのは当然だ
「いや…… 前にここの常連さんって聞いてたものでつい……」
「あぁ~言ったっけ? まぁいいや
学生さんだからね~ 今頃は勉学に勤しんでる筈だよ~」
「そうですよね」
「それで? 何用でここに参られたのでおじゃるまる?」
何故か夕貴の反応が少し怖くて 手が震えていた
「えぇぇぇぇ?!! 太陽フレア?!! しかも今日がその…… 襲ってくる日なの?!!」
「え……」
「えらいこっちゃ~~!!!! なんで周りは平然としてるの?! すぐに船にでも乗って逃げなきゃ!!」
「そう……ですね」
すぐに信じた夕貴に谷下は呆然としている
前回とは打って変わっての 言葉にするなら豹変
しかし信じて貰えないのが普通で こういう反応を谷下自身は望んでいたのかもしれない
「んでどうすればいいのさ!! のぞっちゃん!!」
「そ…… そうですね!! それを相談しに会いに来たといいますか……」
予想外の慌てっぷりに谷下は過去に戻る話をしそびれる
時間も回っており 夕貴が買ってきた弁当を頬張っているとあの子がやって来た
「夕貴さん!! 頼んでいた漫画本はありましたか?!!」
出オチで元気のオーラを放つ千代子の登場
カウンターに両手を置くなり制服のスカートをフリフリさせて心待ちにしていた
「えぇっと…… アレですよね 何だったかな~~」
夕貴が頭を人差し指で突っつきながら 手当たり次第に身の回りを漁り始めた
しかし千代子の鋭い眼光は一瞬の隙を見逃さず カウンターを乗り越えて得物にかぶりつく
「これですよこれ!! BL最高峰の最新刊!!!!」
「あぁ~ それだったね!! 見つかった良かったわ!!」
「ありがとうございます夕貴さん!! キャーー!! さっそく家で読もうっと!!」
そそくさと帰ろうとした千代子が目に留まったのは
「あり? 夕貴さんの知り合いですか?」
「えぇ…… そうです」
「私は千代子って言います!! 孤独にも新世界へ今まさに飛び立とうとしている流浪者です!!」
「……面白いよね その漫画」
谷下のか細い声を千代子の耳は聞き逃さなかった
「面白いなんてものじゃありませんよ!! まずこう一通り読みますよね!!?
そしたら妄想しますよね?!!! そしたら読み返しして自分の世界と照合しますよね?!!!!
そしたらそしたら!!!!」
身に覚えのあるやり取り 谷下は困り果てたが不思議と最後まで聞き入っていた
「あぁもうこんな時間だ!!」
不意に千代子が時間を気にし出した
それと同時に谷下の額から一気に汗が垂れ流れる
ーーあと数時間で…… 寝落ちの準備をする為にそこら辺を走らないと
陽は既に夜の帳に追われつつあり
海の向こうへと隠れんぼを始めようとしていた
そして構って欲しいのかすぐに顔を出す
手が熱風となり 私達に握手を求めるかのように
「じゃぁまた明日ね夕貴さん!! 感想持ってくるから!!」
「はいさようなら!!」
続くようにして谷下も図書館を出ようとした
千代子の背中を見ながら ただ無心に歩みを止めない
「のぞっちゃん!!」
「…………えっ!!!?」
「ンフフッ!! ボゥ~~っとしてたよ!! 仕事辛いだろうけど頑張ってね!!」
せっかく手を振ってくれているのに 小さな会釈で応えてしまった
思い詰める事に不慣れな谷下はこの〝四日目〟だけは未だ馴染めない
夢が覚めると時間が経つまで現実との区別が付かないことがあるが
これだけは全くの逆で 夢が現実に近づいてくるという逃げ場の無い底なしの絶望
玄関先ではストーリーの続きが待てない千代子が立ち読みしてウロウロとその場を回っていた
ーーあの時の感覚だ
時刻が迫っている時の自分の慌て様は今思い出しても恥ずかしい
そして心の片隅で覚えている 周りに対して無関心になるあの感覚
目の前で漫画に熱中している人物に対して薄れていく興味
近づこうともしない怠惰 先が分かっているからという高慢
絶望を受け入れている自分に吐き気がした
「どうしたんですか??」
「!!?」
目線を上にして立ち座りしている千代子が谷下を心配していた
「顔色悪いですよ? 大丈夫ですか?」
「…………うぅ うぅぅぅぅぅ」
谷下は泣き崩れてしまった
「ごめんなさい…… ごめんなさい…… また私…… 何も出来なかった」
四日間というのはあっという間だ
故にこの一瞬が繰り返される自分の今の状況から見える景色は美しいものなんだろうか
答えを模索している間にも また消えては戻って
誰にも見向きされない寄せては返す波の如く
されどまだ 時計の針は前に進んでいる




