六十七話 四日目 決意
空中より照りを帯びて夜の闇を微かに払う 二つの人形の様な影が降ってきた
〝 ワシの一部とでも言っておこう これからワシに代わってお主を護る
左側の子が嬲 右側の子が嫐じゃ 〟
「……ネーミングセンスが無いですね 可愛いを求める雪花神様とは思えないわ」
〝 なぬ?!! 〟
顔がシワクチャになっていてもツッコミを怠らない谷下に思わず咳払いする神であったが
暫く考えて改名を施した
〝 じゃっ…… じゃぁ嬲と嫐でどうじゃ?! 〟
「……中々可愛い名前付けるじゃない」
〝 そんなことはよいのじゃ!! 本題に入るぞ
ソトースは外なる存在 こちらの現世で何が起ろうと基本は不介入じゃ
しかし因果律を執り行い管理して支配する存在は 必ず大きな変革が起った場合に修繕作業を余儀なくされるのじゃ
お主もワシも腸が煮えくりかえる調停者であるソトースでも信仰は集めなければならない
しかし奴のような存在になれば信仰は一度破壊して創り直せるのじゃ
簡単に言えば全ての人間が自分を忘れてしまったら 信仰してくれる新しい人間を創り直すとかな 〟
「権力の暴力ね」
〝 じゃからして榊葉が掲げていた理想とソトースの動向は偶然にも一致したのじゃ
機械如きとメル友になった理由は一先ずこれでよいじゃろう
問題はソトースそのものも未完となってしまった これが由々しき事態じゃ
榊葉の安否も確認したいがあの有様ではどうすることも叶うまい
しかし放っておいて良いものではない 〟
「爆風で死んだってことは?」
〝 榊葉だけじゃろうな……
ソトースは人間の攻撃手段で倒せるものではないとお主が目で見て分かっておるじゃろ? 〟
「確かにね…… 危険と分かっていても何も出来ないなら雪花神様の復活を待つしかなさそうね」
〝 ……これからどうするんじゃ? 〟
声が小さくなっていた おそらく眠る時間だろう
谷下はティッシュで鼻水を拭き取ると 山を降りようとしていた
何の音沙汰も無い静かな場所になったが
近くに高山や染島 ツムツムの姿も見えた事もあって何かしら聞かれる前にこの場を去る気なのだ
「人間側の問題も片付いていない 今日中に何とかしないとまた繰り返しちゃう」
〝 今日中にか…… しかし頼みの綱であった研究所は燃えてしまったぞ? 〟
「だったら直接会いに行って聞けばいい…… 〝過去〟へ」
〝 どうやって戻るか知っておるのか? 〟
「寝落ちて死ねば四日前に戻るから…… それ以外が起動条件だとは思ってる」
ーーやっぱり探すならあそこしか無いか……
意を決したところで雪花神は眠りに就いてしまった
谷下は目的を定めるとバス停へ向かう
朝方の始発を狙って子々孫村行きのバスを停留所で待っていた
さすがに眠気に抗えない彼女もまた
サクラとピロシキにアラームを設定して軽い安眠に就いたのである
〝 おぉ人格が芽生えおったぞ名無しのロボットよ 〟
〝 お前が名付けなくて良いのか? 名無しよ 〟
ーーまた夢を……? いや…… 前に再び触れたあの〝蛇夢の像〟に映し出された記憶の一部だろう
〝 ハハハ! 俺のような名前を持たぬロボットから名前を与えるよりも
七福神様達からお授けになられる方がその娘も徳を積む事になりましょう 〟
ーー生まれて間もない私の記憶 だからこそこの当時の映像が鮮明なのは頷ける
〝 しかしお前さんが育てるのであろう? なら自分で呼びやすい名前を考えてやれよ 〟
〝 そうじゃそうじゃ!! 名前の意味に大した価値の格差は生まれぬ故
呼んで幸福を 呼ばれて幸福を迎え入れられるような名を付けるのじゃ 〟
〝 寿老人様…… 福禄寿様…… 〟
ーー……ミカンさんとティキシは何をやっているんだろうか?
私とは初対面の筈なのに 産まれるやいなや団扇や桃を掲げたり
巻物を括り付けた杖同士を打ち合っている
近くで同じく舞い上がっているいる鹿や亀や鶴はペットなのだろうか?
〝 ありがとうございます ……ならば指示通り彼女の名前は〝谷下希〟に決めます 〟
〝 なんと?! お前さんは嘸かし元の飼い主に忠誠と恩義があるのだな?!! 〟
〝 えぇまぁ…… 何よりも呼びやすいという点ではこの名こそがしっくりくるんです
命令通りだとしてもこの名前ならちゃんと育てられると……
機械ながらそんな〝自信〟というものを参照データと一致しました 〟
〝 ……まぁお前さんが決めたのなら もう何も言うまい
既に獅子の復活は確定された この島を守っていく王の中の王が 蘇ったのだ
我々は島への恩恵をもたらし終えた しばし仙界に戻るとしよう
季節が巡ってくれば無事に豊穣が顔を出し 限りのある大地が皆の安寧を約束するであろう
千年前のあのような厄災が二度と起こらなければの話だがな 〟
ーーティキシとミカンさんは何の動きも見せず その場から一瞬に消えてしまった
榊葉はタオルで濡れた私の体を拭いてくれている 服も着せてあげて まさに身に覚えのある親の姿だった
〝 ……おじさんだれぇ? 私に話しかけてくれていたひとぉ? 〟
〝 初めまして谷下希ちゃん…… 俺は君のパパだよ 名前は…… 名前は…… 〟
〝 ……サカキバナオヤ 〟
〝 エッ?!! 〟
〝 おじさんのお名前はサカキバナオヤでしょ?? 〟
〝 ……ハハハ! そっかぁ!! そうなんだ…… 俺はサカキバナオヤなんだな!!!? 〟
ーー本当に私が名付け親だったんだ そしてあなたはそんなに嬉しい顔をしていたのね
〝 字はこうやって書くんだよ!! 〟
〝 すごいなぁ…… 君は書記としても活躍できるまさに…… 〟
〝 ?? 〟
〝 いや…… 何でも無い 生まれ持って何かしら出来るのは俺も同じだからな 〟
〝 よく分からないけど…… お腹空いた 〟
〝 腹が減ったか?! ……ハッハッハ!! 羨ましいな
そうと決まれば引っ越しだ!! 地上に出れば美味いものイッパイあるぞぉ!! 〟
ーー……これが偽物とは思えなかった
私の存在が邪魔であれば外の世界など見せなかっただろうに
いつからソトースと出会っていたのか もっと調べたいけど おそらく無理だろう
バスの停車する音で目が覚める谷下は逆光するバスを凝視していた
隙間から漏れている白い光で朝だと気付く彼女は 自分の腹の上で寝ているサクラとピロシキに
アラームどころか人を起こすという力が無いのだろうと思わされるくらいに
寝顔が可愛かった




