六十五話 四日目 今宵、降り頻る桜の雨、手榴弾。
「せっかくやりたいことが出来るんだ
クローン一匹如きに全て元通りにさせられて堪ったもんじゃないよ」
「そんな壮大な目標があったとは見直したわ…… 人間らしいわよ榊葉町長」
「そうだろ? だから頼むから死んでくれ
元の人間社会じゃぁ絶対に叶わないんだから
ロボットが人間を支配するにも限界がある だから一から創り上げるのさ
性欲も物欲も夢も野望も無い無機物が好き勝手に挑戦するのは今しかない」
「要はデータ通りに完遂したいのね
正義を振り翳して物申すのは結構だけど じゃぁ地上にいる人間達はどうするのかしら?」
「……ハハ シミュレーション出来たよ その時は一匹残らず駆除しなきゃいけないね
だがもうフレアから守ってくれる島の守護神はいない わざわざ手を下す必要も無くなったわけだ」
「そう……」
谷下はえりちゃんの亡骸を優しく抱き上げる
「私が市役所で働きたいと思った理由はね……
街の人達を ひいては島全体を明るくしたいから その為に社会貢献するって 仕事がしたいと思ったの
ただ明るくしたい…… その漠然とした点ではあなたと同じなのかもね」
「何を言ってるんだ? 君の目的は過去に戻って悲惨な歴史を伝えることだろ?
それがクローンの…… 貴女の役目だ」
「違う これは私の意思
あなたみたいにデータ・数値・統計に左右されない私の揺るぎない目標
一直線に進みたいだけの自分より大きな人間に憧れた 子供が見た夢よ」
「……有り得ない」
「それが人間なの どれだけ神々しい絶対的な存在にも理解しがたい
不完全で問題だらけの 言葉と手を結んで繋がる単体では花が咲かない美しい生き物なのよ」
「っ……」
「私に使命を教えてくれなくてありがとう おかげで大事な物を見ることが出来たわ」
黒いオーラは榊葉を包み 幼い子の様に危機感を覚え
血走る目から垂れ流れる流血は 自分に少しでも残っていた人の心を捨て去れる決意の表れ
〝 花と同じ短命と解釈しよう…… 現実で夢を見る儚さのように根刮ぎ摘み取ってやる 〟
「させない!!」
合体する得体の知れない物同士が禍々しい瘴気を肉体より噴出させているにも関わらず
谷下はアカリヤミを背負い 両足を引き摺ってでもその場から離れようとしていた
〝 逃げるだけか…… 〟
「戦闘員じゃ無いので!!」
非常扉から食料庫へ
複雑な研究所内部を徘徊する谷下達は 最初のロビーへ繋がる渡り廊下へと飛び出す
「谷下…… さん……」
「ちょっと今は話しかけないで」
えりちゃんを抱え アカリヤミを背負う谷下の息は荒かった
そしてアカリヤミの発言を止めた理由は 言わずもがな
「……出口はそこしか無いって事ね」
〝 ご名答…… 〟
「意識がハッキリしてないようだけど 頭が良く回っていて不愉快だわ」
三人が降りてきた出入り口である扉の前には黒い液体を肉体より垂れ流す榊葉直哉が立ちはだかる
苦しいそうにも見えるが 真っ黒な二つの目と嘔吐がおさまらない表情は笑顔を表していた
〝 ハハハ…… あの野郎…… 自身を制御する回路という回路を壊しやがって…… 〟
「……本当に交信相手はソトースなの? 実際に会ったら違う神だったりしてね」
〝 本物だよ…… 力で分かる…… 今なら何でも出来そうだ…… 〟
「……曇りきってるわね」
近くの個室に入ろうとした途端
固体になった黒い塊が刃となって彼女の頬をかすめる
〝 諦めて死んでくれ…… 達成間近で時間が巻き戻されたら元も子も無いんだ 〟
刃先に映る 恐怖を浮かべる顔で見つめ合う淀んだ目の谷下は戦意は喪失する一方
その場にアカリヤミの身体を降ろすと 不意に榊葉に提案する
「ねぇ取引しない?」
〝 ほぉ…… 納得のいく材料があるとは思えんが? 〟
「〝榊葉直哉〟って名前がどこから来てるのか知りたくない?」
〝 ………… 〟
勿論その場凌ぎの虚言だ
だが相手は既に冷め切っていて
〝 下らないな…… もはやそんなものに執着は無い 〟
黒い固体は再び液体に戻る
辺り一帯が闇夜の海を思い浮かべる黒い穴に浸り
全てを飲み込む津波の如き勢いで 谷下達を襲い飲み込もうとしていた
そんな最中で谷下は 瀕死のアカリヤミに囁く
「ゴメンねアカリヤミさん あなたは関係ないのに巻き込んでしまって」
次に 既に生気を感じないえりちゃんに
「えりちゃんは本当にアレと同じ考えだったの? まるで光が見えない存在がソトースなの?」
波がそこまで迫っていたその時 谷下は覚悟を決める
気が最大限に張り詰められた極限の状態で 微かに聞こえた
何かがこの黒い液体に沈むポチャンという音が
〝 !!? 〟
それは榊葉にも聞こえた
視線をその方向へズラす時間を与えぬ間に
その沈んだ手榴弾は室内を照らす
爆発したことに気付かぬ間にその肉体組織の過半数が飛び散り
破片として宙を舞う目玉が捉えた
出入り口にて 半ば予想通りと思わんばかりの人物
しっかり武装している夜桜の姿がそこにはあった
〝 お前は…… 夜桜ぁ!!? 〟
「誰だお前?? 未確認生物ってとこか??」




