六十二話 三日目 地下研究施設【世界分岐観測所】
頑丈な核シェルターの内側を歩いて行く谷下一行
目線は下を向き 地下へと進んでいるのが分かる
窓一つ無い閉鎖空間は空調どうのという話では無く
ーー息苦しい……
今まで外と内を自由に出入りするのが当たり前の生活をしていた谷下にとって
この密閉された地下の屋内という空間が重く感じて仕方なかった
「まさか昔の研究員はこんな場所に長時間…… 引きこもっていられた筈ないわよね?」
「ハハ! いくらなんでも谷下さんの妄想の範疇ですよ
こんな所に何日もいたら気が狂って僕なら耐えれません」
〝 そのまさかじゃがな…… 〟
目の前に現れた自動ドアの前でセンサーが反応した
開かれると狭い通路よりはマシなロビーへ
谷下が部屋に足を踏み入れる瞬間 何処からともなく耳鳴りが起きそうな機械音声のアナウンスが入る
『おはようございます谷下博士 良いお目覚めですか?
朝食がまだでしたら食堂にて料理長がお待ちしております
本日のメニューは貴女の大好きなカレーエビピラフですよ
採れたてのパプリカが味を引き立てていると 余計なデータが更新されています
貴女宛のメールは全部で三件
プライベートセキュリティーは掛かっておりません
今ここで読み上げますか?』
突然の声量に戸惑う二人
しかしこちらのナビゲーターが容易く説明をしてくれる
〝 オリジナルの谷下希として認証されたようじゃな ここへ入れたのは偶然か必然か…… 〟
「どういう仕組みになってるの?」
〝 どうせすぐに理解出来るものではない ほれ先に進もうぞい! 〟
数ある部屋の前には英語表記で場所の名前が記されている
「レファレンスルーム…… 資料室かな?」
「よく読めましたね これって何語なんですか?」
「……さぁ」
とりあえず中へ入るとオフィスの壁に施設の見取り図が貼られていた
「【生体実験室】と【生体培養室】に…… 【染島の仮眠室】?!!」
「【夜桜の多目的ホール】なんて部屋もありますけど…… 一室を丸っと私物化して一体何を……」
ーーまさか……
谷下の予想を見透かすように雪花神が口を開いた
〝 懐かしい名前がいっぱいあるのぉ~ 〟
「……やっぱりご先祖様なのかな」
〝 そんなのは分かりきっとる事じゃろ……
それよりも榊葉がこちらに向かって来ておるの 忘れてはおらんか? 〟
二人は思い出したかのように青ざめた肌色を表に出す
取り敢えず資料を漁っている暇は無いので生体実験室へと向かった
「ここって扉をロックしたりは無理なの?」
〝 ワシらが出られなくなるじゃろう? 〟
「そうだけど…… 殺されたら私は……」
〝 ……残念じゃが そうこうしとる内に危機は迫ってきておるようじゃ 〟
入って来た通路の方から物音が聞こえる
榊葉以外は有り得ないという思考が真っ逆さまに谷下を地獄に突き落とすが
「まずこの部屋の扉は閉めてることですし 真っ直ぐこちらに来ることは無いでしょう」
「えぇ……」
しかしこの部屋で谷下達が見た光景は目を覆いたくなる物だらけが映った
人体の部位が一つに纏まることなく 小分けに分類され それぞれ入れ物の中に浮いている
それは一言で悍ましいに尽きる残忍極まりない世界
デスクの上にクシャクシャに置かれている黄ばんだ書類には 囚人と書かれた顔写真付きのリストの数々が
「人体をバラバラにしているって本当だったんだ……」
隅でアカリヤミが吐き気を催していたが
反対に谷下は事前に夜桜から情報を得ていた為 何とか堪えていた
「クローンを造るのに こんな事もしないといけないの?」
さらに調べて回ると 自分の内臓をえぐり取られるかのような用紙が
「総責任者:谷下希
開発管理代表:国防大臣
研究施設代表:染島ジェロム
国連タスクフォース派遣研究員代表:夜桜愛海
派遣チームメンバー:國灯闇一 葛西由紀 アペルト・ゴッホ 佐分利景虎 他25名
投資提供:14カ国 詳細は別用紙にて記載
……まさか複数の国ぐるみだったなんて」
気分が和らいだアカリヤミも目を通して驚愕する
「私の先祖も関わってたのかな……
それにこんなに協力金があったなんて」
「〝文明の非常電源〟というプロジェクトは思いの外
深刻な問題を人類に押し付けられて起ち上がった最重要計画だったって事になるわね」
その出回った金額に再び目を通す谷下は失笑した
「一兆円って数字が私の身体に掛けられた予算って事になるのよね…… 私って一兆円の価値あると思う?」
「〝一兆円の女、谷下希〟 かっこいいじゃないですか」
「でもこれで受け入れなければならない
……私はここで造られたんだ クローンとして 新造人間として世界の命運を任された」
「でも普通は何かしら自分達の身に起きた危機を知らせるメモが置いてあっても不思議ではないですよね?
肝心な谷下さんに知らされてないっておかしくないですか?
実際に何も覚えてないですし 体内にプログラムもされていないなんて」
「雪花神様曰く 私は欠陥品らしいので」
〝 ワシは何も言っておらんぞ!!!? 〟
ムキに否定してくる雪花神を玩ぶ谷下達に
そうそう余裕を与えてくれる筈も無いのがこの男だった
「君は欠陥品では無いが 大分不良に成り下がってしまったようだ」
乾いた銃声が谷下の腕をかすめ 背後に居たアカリヤミの胸元に被弾する
「…………エッ」
彼は自分の胸に手を当ててみるも
手に付着する赤黒い液体に納得することが出来ず
「エッ…… 何コレ……」
「アカリヤミさん!!?」
谷下の辛い記憶が 既視感が蘇る




