五十九話 三日目 谷下希、自宅謹慎をくらう。
反対派住民を圧倒する谷下であったが
相手も相手でそう簡単に引き下がることは出来ない
「お前みたいなヒヨッ子が出しゃばるんじゃねぇよ!
お前みたいに口だけで済む生活を こちとらしてねぇんじゃい!
今日明日食えるか分からない しかも自給自足してる世帯が主なんだ
仏に願ってすぐにでも恩恵を頂けるなら早いとこ恵みの雨をもたらしてくれよぉ?!」
発言力に自信のあったであろう者が何も言えないでいると
後ろの方に隠れていた別の刺客が谷下に牙を向く
「現実的な問題に取り組もうって形で今会議に出席されたのでは?」
「見えない物に縋ろうって姿勢を見せてんのはてめぇらだろうが!!
揚げ足取ろうとしてんじゃねぇよ!!
こっちは無くしてもいい金勘定って古いシステムに合わせて生きてやってんだぁ!!
大体なぁ…… 物々交換で俺等に主導権を握られんのが怖いんだろう?
非公認自治体の役所方もよぉ!!」
「五百年も継続してこの島を統治してきた組織に難癖はお門違いなんじゃないですか?!
非公認って…… 政府なんて伝説の巨大組織の存在を挙げて疑似現実との区別も付かなくなったんですか?」
「っ……うるさい!! まずてめぇらを通して稟議しなきゃならねぇって事が不満なんだよ!!」
「……後ろの皆さんも彼と同じ考えですか?」
一斉に黙って目を逸らしていた
つまりこいつは話の論点を根本的に塗り替えているただの迷惑さんだと彼女は理解した
「住民の安全を守ってきた組織すら撤廃して…… お宅は何がしたいんでしょうか?」
「うるせぇんだよ!! お金を管理してんのもそっちならキチンと有るべき循環させろって言ってんだよ!!」
「ハァ……」
いよいよ堪忍袋の緒が切れた谷下はそいつの胸ぐらを掴んでこっちに引き寄せる
鋭い目で薄ら笑みを見せる彼女は相手に恐怖を与えた
「何様だてめぇ!!!!」
「っ……!!」
「この状況を乗り切る一人一人の意識改革が大事だって言ったよなぁ?!!
祭の有無に関して難しいから 会議を開いてこの状況を乗り越える最善案を共有し合おうって前提の集いの筈なのに
そもそも組織を撤廃しろだぁ? 物々交換で自分が主導権を握るだぁ?!
うちの市役所が非公認ってまるで近隣住民に認められてねぇ言い草じゃねぇか!!!
黙って聞いてりゃ何でも主観で物を言いやがって 本気で苦難を乗り越えようって奴等の代表で来たのかてめぇはよぉ?!!!」
「それは…… それは…… それは…! ……それは」
胸ぐらを握る手を解いたのは高山だった
「そこまでだ…… 谷下君」
「高山課長……」
癇癪気味になっていて我に返る自分に 高山は今まで見せたこともない真剣な眼差しで訴えかけていた
やり切った自己満足は抱けない されど次々と席に戻る者達を見て後悔を感じないだけ心は重くない
不思議と前よりも長く続いた会議は谷下に鮮烈を与え
タイミングがズレて出てきた芋煮が お越し頂いた人達にも振る舞われているのが何より嬉しさを感じた
日が暮れて館内に明かりが灯されても 会議が続行される光景に誰も不満を持たない空気に様変わり
終わる頃には谷下に謝罪を入れる者も現れるが
唐突に高山から呼び出される谷下は軽くお辞儀をして覚悟を決めていた
「申し訳ありませんでした……」
「そうだね…… 〝結果良ければ全て良し幾三〟なんて言葉があるけど
君のした事は けして正解とまではいかないだろうね」
「本当に…… すみません……」
「正直私も胸が晴れた 反対派住人に出て行かれたらどうしようかとも思ったしね
だけど最後のあれは暴言だよ谷下君 どんな理由があれ人を不快にさせては……
エセ公務員だろうとやってはいけない真心の欠落だね」
「はい……」
「……ついさっき君の歓迎会をしようかなって思ってたんだけど
いやはや私も居心地の悪い立場に就いてしまった」
「うっ……」
なにより谷下が後悔したのは 高山の今の一言に尽きる
「谷下希君 入社早々の社員に異例の処置だが 君に自宅謹慎命令を下します」
「……クビではないんですか?」
「そう簡単にクビには出来ないんだな ……でもしっかり反省するように
そしてちゃんと仕事に取り組めるように〝やり残したこと〟を完遂してきなさい」
「エッ?!」
高山は背を向けてもう一度 谷下の顔をジロジロ拝見する
「君は本当に谷下希さんなのかい?」
「どういう……」
「面接の時から君を見ているがまるで違う…… 浦島太郎はどっちなんだろうな……
〝男子、三日会わざれば刮目して見よ〟とも言うが如何なものかねぇ」
「女です」
「君は何か多くの物を背負ってるって感じだね 余計なモノも込みで不摂生だよ」
「……別のある人からも言われましたね」
「もしかして もう行かなきゃいけない感じかな?」
「……はい!」
「……うん!! じゃぁ行ってらっしゃい!!」
それ以上は何も言わず 何も言えず
高山は賑やかなホールの方へと溶け込んでいった
ーー……なんでこんな良い上司に恵まれてるのに私はぁ!!
「えっ…?」
ーーなんだろう今 すごい既視感……
疲れが少し出始めているのか
谷下は雪花神達と合流すべく帰ろうとしたその時
玄関先で一服していた染島と目が合ってしまった
「おっ! 谷下先生!!」
「どうも…… お先に失礼します」
玄関前の段差に足を着けようとしたら
染島が独り言のように空に言葉を投げかける
「不思議なもんだなぁ…… 〝谷下先生〟か……」
「不意に言ってしまったんですか?」
「おん…… それに高山の言ってたことが言い得て妙でさぁ
〝谷下先生の背中は一人じゃなかった〟んだよなぁ」
「アハハ…… どう解釈すれば良いでしょうね」
「霊感とか単細胞の俺には無縁だけどなぁ…… オーラ的な… スピリチュアル的な…?
何だろうな!! まぁとりあえずあれだ……」
染島はその場に膝を着けて土下座する
「谷下先生!! ありがとう!!!!
あかげで祭は開催される 思い通りの背景にはならねぇがそれなりに俺もやってみっからよ!!」




