五話 三日目 町内会長の染さん
時計の針は進み
台所の近くに飾られていた鳩時計が鳴き声を上げる
「そろそろ時間だね! 芋煮の準備!」
さっきまで煎餅の囓る音を混じりに雑談で盛り上がっていたオバちゃん達のメリハリは谷下を圧倒する
コンロからハミ出るバカデカイ鍋を一人で持ち上げて通る逞しいオバチャンは彼女に指示を出す
「のぞっちゃん!! 流し台で野菜切ってちょうだい!!」
「はっ……はい!!」
するとまた違うところから別件を頼まれる
「のぞっちゃんゴメンねぇ!! 別室で用意する椅子が足りないから会議室から持ってきてくれない?!」
「はいはい!!!」
せっかく切った野菜を準備したのに洗った手をタオルで拭いて
谷下は捲った袖を降ろしながら会議室へと向かうが
「あのー!! 今行っても大丈夫なんですか?!!」
「あぁ大丈夫大丈夫!!!! 煙たがられたら「何様だぁ!!?」って怒鳴り返してやればいいのよ!!」
ここにいる女性陣はとにかく強かった
谷下は会議室のドアを開いて中へ入るが ホール内の男衆も中々の白熱を生んでいた
「だから生活が苦しいから祭を取り止めにするってことがまず間違いなんだ!!」
「仕方ないじゃないですか〝染島さん〟 そもそも死活問題によって客足が途絶えてるんですから!」
大勢の人間が輪を作って議論を交わしていた
一人席を立って答弁を述べる人こそ 羨門街の町内会長〝染島ユースケ〟
それに対抗して話の腰を折ろうとしてるのが遥々出向いてきた田舎の人達だろう
ーーこうして見ると高山課長は仲裁役で呼ばれたのだろうか?
谷下はガチャガチャとうるさい音を立てながらも収納されていたパイプ椅子を持ち出し
周りから注目されることがまるで無数の針につっ突き回されてるかのような気まずさを感じた
しかし事の問題から目を離さない連中は他と比べて集中力が違う
「昔から伝統として在り続けた 年に一度の〝牡丹卍例大祭〟を無くしたら
ご先祖様達に申し訳ないと思わないのか? 寺も廃れて…… 罰が当たるぞ」
「と言われてもねぇ…… 祀ってきた仏様がこの島を助けてくれないんだから
宗教の話をされても今更感傷的にはなれませんなぁ」
「っ!! 楽しみにしてる人達はどうなるんだ? うちの子供達だって今年も待っているんだぞ?」
「宗教の次は私情ですか染島さん…… 話になりませんなぁ」
「っ!!!!」
次々と席を立ってその場から出て行こうとする祭に反対する人達に
染島は瞳孔が開いた眼で駆け寄って行く
「改善して削れる部分を作成した明細を提示してるのに 目を通さないのはお前達だろ!!!!」
商店街で見知った町内会のメンバーに抑えられながらも怒号を止めない染島
「家族愛で救えるなら貧困する俺達を助けてみろってんだよたく……」
「なんだと?!」
「そういうことなんでよろしくお願いしますね高山さん 農協から良い返事を待っとりますんで」
一人の老人が高山に頭を下げ 公民館から出て行く者はいても引き返す者はいなかった
残されたのはこの街の人間だけ
「馬鹿言っちゃいけねぇよ…… 家族愛だろうが!
こんな時だからこそ〝島民の皆〟で団結して 明るく不景気を乗り越えなきゃいけねぇんじゃねぇのかよ」
「染さん……」
ボロボロと涙を流す染島の背中を摩っていたのは高山だった
少し遅めの昼食の時間 ホールには大鍋を運んでくるオバちゃん達が入って来た
「あの…… 今はちょっと……」
谷下は場の空気を読んでいるのだが
「なぁに言ってんのぉ~! こんな状況だからこそ胃に何か入れた方がいいんだよ!」
主婦は弱気な男共を強引に座らせ 紙皿と紙コップを回させた
鍋から掬われた巨大な芋やネギは男共を萎縮させたが それでも誰もが食わずにはいられない
谷下も紙コップにお茶を注いで回っていたが あの染島がいないことに気付く
ーーどこに行ったんだろう?
しかし彼はすぐの所に 公民館ホールの窓を開けて
脚をブランブラン外に出しながら柱にもたれ掛かっていた
「大丈夫ですか……?」
「……え~と~~」
「あ 申し遅れました!! 私は最近観光課に配属された谷下希です」
「あぁ…… じゃぁ高山んとこの?」
「はい!」
「そういえばパイプ椅子を持っていこうとしてた人だよね?」
「えぇそうです!」
「……別嬪さんにかっこ悪いとこ見せちゃったな」
「へ…///」
「こぉらユースケ!! 可愛い嫁の前でなに口説いてんだい!!」
「いや…… 違う!! 違う違う違う!!!!」
「せっかく今日くらい優しくしようと思えばこれだぁ!! アンタにそんな物は必要ないみたいだねぇ!!?」
「勘弁してけろや かーちゃん!! 一応こっちは傷心してんだぜぃ?」
「なーに都合の良いこと言ってんだい!! さっさと芋煮食って済ませちまいな!!」
ーーあの人…… 染島さんの奥さんなんだ……
「スタイル抜群だけど力持ちのオバちゃ…… お姉さんを嫁に貰う染さんも罪なもんだよ」
「課長」
「今日はもう上がっていいよ それとも事務所の方にやり残した事でもある?」
「いいんですか? ……じゃあお疲れ様でした」
手を洗って帰ろうとする谷下
何かを思い出したかのように高山がまたやって来る
「そうだ谷下君!! 今晩は君の歓迎会をやろうじゃないか!!」
「急ですね!!」
「ご存じの通り事務所の職員は毎日てんやわんやでね……
親睦会はどうしても先になっちゃう そこで今日さ
滅多打ちの染さんと ……あともう一人来るから居酒屋でどうだい?」
「……逆に良いんですか? 大事な話とかされるのであれば遠慮しますけど」
「結局のところ名目は染島の慰め会だから気にすることないよ
……まぁムサいおっさんの集まりだから強要はしない」
「わかりました! ではご一緒させて頂きます」
「そりゃ良かった!
私はやることがあるから 先に【寿司処センモンガイ】に行って待っててくれ
もちろん染さんのツケだから先に頼んで食べててくれてもいいからね」
そう言って高山は一足先に公民館を後にした
谷下は着替えたかったのだが ここからアペルト荘まで距離があったのでそのまま向かうことを決める