五十八話 三日目 威風堂堂
公民館 館内
「いやぁ気が利くねぇ谷下君!! まさか保冷剤を常備しての出社とは恐れ入ったよ!!」
「今日は猛暑日になると予期していたものでして!!」
勿論 体験談だ
あの地獄の移動はゴメンだと覚えていた谷下は
ドリンクなり冷却日用品を常備しての出社をして来ていたのだ
しかし勝負はここから
台所にて女性陣に混ざり聞き覚えのある会話に順応しながらその機会を窺う
「そろそろ時間だね! 芋煮の準備!」
ーー来た!!
前と同じオバちゃんからある言葉を口から発せられるまで野菜を切りながら待ち構えていた
そしてチャンスは突然に
「のぞっちゃんゴメンねぇ!! 別室で用意する椅子が足りないから会議室から持ってきてくれない?!」
「はい!!!」
黒い鞄を持っていざ会議室にカチコミを仕掛ける意気込みで彼女は扉を潜る
「だから生活が苦しいから祭を取り止めにするってことがまず間違いなんだ!!」
「仕方ないじゃないですか〝染島さん〟 そもそも死活問題によって客足が途絶えてるんですから!」
外にも負けない熱気を生み出し合う染島と地方の住民達
冷静に見ると間に座らされてる高山課長が不憫でならなかった
谷下はパイプ椅子を取りに行こうとはせず 高山の背後に忍び寄る
「高山課長…… 少しよろしいでしょうか?」
「おっ…… どうしたんだい谷下君?」
「……私に〝発言〟させてくれませんか?」
「君に…? いやぁ参ったね~~ どうしたもんか……」
「お願いします!!」
頭を下げる谷下
お祭り反対派の人間達は丁度呆れて会議室を出て行く瞬間だった
「祭は全面的に休止します!! それがあなた方が押し通したい要求ですね?」
「「「「「 ……?? 」」」」」
唐突な谷下の発声に勿論のこと染島は黙っていない
「おいあいつは誰なんだ高山!?」
「ハハハ……!! これはもうどうする事も出来ないな……」
谷下はこの時 とりあえず相手を引き止めたいだけの発言だった
勿論自分達に都合の良い反対派の住民達は聞く耳を傾ける
「ほぉ…… 役所の人間は既にそっちの方向で考えているんですね!
それでは高山さん 農協から良い返事を待っとりますんで」
一方的にまとまり掛けたその時 谷下は机の上に並べられた神を一枚手に取った
「皆さんが考えている〝目抜き通り〟に出されるお店をイメージされた祭を撤廃するだけであって
あくまで何百年と続けてきた〝牡丹卍例大祭〟は問題無く開催します」
「ハァ?!!」
住民達の怒りの矛先は高山に向けられた
「ちょっとどういうことですか高山さん!? というよりこの人は誰なんですか?!」
「私の部署の新人で 今年配属された谷下希です」
「今年配属って…… 早く引っ込めて下さい!!」
反対派の一人の視界を遮るように谷下は用紙を押しつけた
「話は終わってませんが…… 皆さんは本当に町内会が作成した改善提案書に目を通されたんですか?」
「あのねお嬢さん もっと現状を把握してから発言しないと敵を作る事になり兼ねないよ?」
「不作不漁を建前にした主観で価値を揉み消す事をおっしゃってるなら 貴方は歴史を勉強して下さい」
「なんだと……?!!」
一人前に立ち向かっている姿勢に高山も町内会の人間も何も言ってはこなかった
悪足掻きと言われても仕方無いが 確かに今 目の前には希望が転がっている
「自分達を苦しめる敵が本当に祭なのかとお聞きします
異常な気候を辿ってきた私達の先祖が本当に娯楽が悪と見ていたのなら
とっくの昔に取り除いていたと少しは考えたことないんですか?」
「問題が起きているのは今なんだよ 現状に目を背けているのはお前なんじゃないのか?!!」
「よく調べもせずにそんな事が言えますね
島民全体が疲弊した時に一致団結するキッカケが娯楽と馬鹿にしているお祭りという
灯り一つを共に見つめて全員が一つの目的に集中する伝統だった筈なのに
そんな当たり前の心を癒やす血の繋がりを超えた家族愛を育むイベントの一つを
町内会の皆さんはそれを削ったんです…… あくまで曖昧な神や仏に感謝と祈りを込めて救いを求めてね」
「それを含めて祭を無くすよう頼みに来たんだ!!
神や仏なんていないんだから 明日を生きるために食物を耕す俺達に準備をさせろってな!!」
「上手く行かなかったら??」
「なんだと……?」
「今は不漁が一番問題視されてます 農作は今のところは安泰です
ですが予想で貧困に飢えた未来を迎えたとします
限られた少量を分配するにしても全体的に配給される総量は目を覆いたくなるものでしょう
極限状態であなたは余所から物を盗らないと断言できますか?
極限状態で明日を信じて明るく振る舞い ご近所さん達に笑顔を作ることが出来ますか?
極限状態で自分は笑顔を作り続けられますか?」
「っ……」
「不可能なら島全体が暗くなります 一人一人が自分の為に
自分含めた家族の為にと正義を作ってしまうからです
そんな狂った盲目の先に待っているのは自滅か孤独と分かりきった答えが出てきます
食料を独占出来たとして 娯楽があればと呟いても手遅れなんです
必要になるか分からない物に価値を付けて守っていくというのはそういう事になるんです!!」
「だが…… だが今は必要じゃないだろ?!!」
「だから染さん達は儀式だけを残して苦渋の選択を取ったんですよ!!
伝統を切り捨てたら大義が失せる だけど楽しいを奪えば祭を開く意味を失ってしまいます
宗教が伝統に浸透する遙か昔の時代より
真価が問われず色褪せない何より大事にしていた〝子供が遊びに行く大イベント〟の一つとして
自分達大人も子供の頃はそうだったと懐古を大切にしてきた染さん達がどんな思いで決断したか……
あなた達の叫びを無視しなかったのに なんで皆さんはこの血涙に滲む用紙に目を通さないんですか?!!」




