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五十七話 二日目 ジョイガール


「その谷下希って研究者が私を造ったのよね?」


〝 そうじゃ 〟


「榊葉直哉もですか?」


〝 ……ワシと出会った時は既に小さな赤子としてお主はカプセルの中にいた

クローンを提供してくれるとは言ったが さすがに人間が造った不完全な人間

魂というエネルギーが五十万ものの量があって それでも完成という形には至った訳じゃが 〟


「可哀想ですよね…… って言える立場ではないですけどね」


胸を撫でながら食欲が失せてしまう程 どうしたらいいか分からない本人

弁当はほとんど雪花神がたいらげていた


〝 先々の繁殖を考えた上では悪魔の様に前向きに話が進んだのじゃ

何せ研究員の家族もこの島に住んでおったからなぁ…… 〟


「この島にいたのがラッキーって事だったんですよね?

……この島くらいはあなたでも守れたって事になるんですよね?」


〝 うんにゃ? 〟


「……エッ?!」


〝 この島を守ったのは 総責任者谷下希率いる開発会社【世界分岐観測所】じゃ

魂を持って帰ってきたワシがびっくりしたくらいじゃもん 〟


「……どうやって」


〝 人間はそれくらい出来るのじゃな~って思っておったから詮索はしなかったの 〟


お茶を飲みながら椅子にもたれ掛かる谷下は大きな溜息と共に目を腕で覆って項垂れていた


「結局は当時の人間に聞かなければ始まらないって事よね…… 夜桜さんも肝心な所は知らなかったみたいだし

……研究所の場所は分かってるんですか?」


〝 分かっておるぞ? 〟


「フ~~~~ン……… エッ!!!!!?」


休憩時間は終わり その後は雪花神を事務所に待機させたまま

谷下は高山と一緒に外回りに出掛けていった

一通りの同じ業務を終える頃には 決まって定時を少し過ぎた時間帯に戻って来る

タイムカードに記録した谷下は雪花神と一緒に夕暮れの道を手を繋いで帰っていた


〝 どうする? さっそく向かうか? 〟


「今回で終わらせたいな~~」


谷下は立ち止まった

それぞれ目的を持って色んな行動を取る住民達を見渡しながら

最後は雪花神と目を合わせる


〝 目眩でも起こしたか? 〟


「ちょっと明日は気合い入れてみようかなって思ってる」


〝 善は急いだ方が良いと思うがの? 〟


「急がば回れとも言うでしょ?

それにあなたが暴走するのは三日目と言ったけど正確には今日の夜だからね」


〝 なぬ?!! 三日目の夜では無いのか? 〟


「うーん…… どうなんだろ…… 私も全部のパターンを知ってるわけじゃないから!」


〝 ……なら誰からの情報なのだ? 〟


「死人さんはあなたから視認出来るの?」


〝 洒落か? 〟


「っ……! どうなのよ!」


〝 ……見えた事は無いな 〟


「魂を運べるのに幽霊は見えないの?」


〝 くぅ!! なんか負けた気分じゃぁ!! 紹介せぃ!! 〟


「見えないのなら仕方無いんじゃない?」


アパートに着くなり谷下は死人を紹介したが

雪花神にもアカリヤミにも彼を視認することは叶わなかった


「それで谷下様 明日はどうなさるんですか?」


「出勤するよ…… ちょっと若気の至りを考えないでやりたいことがあるから」


各自えりちゃんの部屋から自室へと戻っていく

鞄から資料を取り出した谷下は 畳の上に全て視界に入るように並べるなり

日を跨ぐまで 書類一覧に目を配らせていた


ーー染さんは確か改善案を提出してた筈だ……

そして地方の人達に対して目を通していないと怒鳴っていた


手探りに漁って染島達が作成したであろう一枚の用紙を手に取る


「……この改善案に納得するまで どれ程の苦渋を」


予算削減を最低限にまで削り取られていた

出店の範囲も縮小して 近隣住民からの支援も無くし あくまで町内会役員数人だけでの準備

今までがまるで規模が大きかったかと思わせられるかのような悲惨な祭の背景を谷下は見えた気がした


「芸術方面のイベントや娯楽を真っ先に潰していく風習…… 花火も認知されなくなったのってもしかして……」


ある程度資料から分かるお祭り撤廃の現状を頭に叩き込んだ谷下は明日に備えて布団に潜る

余計な疑問視の答えを明日の会議で確認すると共に打開策をかましてやろうという意気込みだ

結局テンションを上げすぎて眠りに就いたのはかなり時間が過ぎた後だったが




翌朝


いつもと変わらない朝を迎える谷下が寝ている布団の上には カタが丸まってこちらを睨んでいる

欠伸をしながら必死に背中を舐めようとしているカタに 谷下は嬉しそうに彼を抱き寄せた


「何しやがる……」


「……何でもないよ」


ネコ派にとって朝一の猫に触れあえる事は至福の一時だ 何の変わり映えの無い普通のルーティーン

だが双方は 何故だか言い表せない想いを抱いて刹那の時間を堪能していた

また一緒に生きている事こそが谷下にとって 黒猫にとって素晴らしい新たな未来なのだから


「……会社に遅れるぞ?」


「うん…… そうだね!!」


いつもの様に支度を調えて

えりちゃんもとい雪花神に付いて来ないよう言いくるめて出て行く谷下

まるで社会人として慣れてしまったかのように 軽い体が出勤に抵抗を無くさせてた

実質二日目の出勤は 谷下の精神にとっては数十年目と換算されているのかもしれない


ーー慣れた熟練社会人達はこういう気持ちなのだろうか……

もし正解なら慣れるべきでは無いのかもしれないという考えは諸先輩方への冒涜だろうか


失った記憶を含め 止まった時間を歩んできた谷下希という存在は

培う物さえ無けれども 何かしらの成長を遂げているのかもしれない



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