五十三話 一日目 エリ=ヨグ=ソトース
気を取り直して対面に座る一人と一柱
食堂からお茶を運んでくるアカリヤミはさりげない会釈で大家に悟られないよう振る舞っていた
「お茶入りました」
一啜りの音をBGMに和やかな一時を嗜む三人
静かに湯のみ茶碗を置くと 一息つく谷下は本題の質問へと移行する
「……それでカクカクシカジカホンニャラランという訳でして」
〝 ホォ…… ワシがアカリヤミをな……〟
「お心当たりは……?」
〝 ある!! 話せば長いが〝それ〟から聞くか? 〟
「えぇ お願いします」
雪花神は足を崩して天井を見上げながら
〝 まずこの少女〝えりちゃん〟の正体は悉無律の原初媒体〝エリ=ヨグ=ソトース〟という
名は人間が勝手に付けたものだが 全にして一 一にして全
この世の全てとまで括られた統一という言葉を用いての空間の支配者となる神様なのじゃ 〟
「ウゥ…… 神話の話……」
〝 お主が話せと言ってきたんじゃろ!
その神はこの世界も創造したと言われておるがその姿を見た神もいないという
まるで概念なのか 見たというにわかに信じがたい者もおったが 姿形は各々支離滅裂でソトースの使い魔という説が有力じゃな
仏説ではあの世に一回参られて 歪な死者の行く道を訂正し異界を再建し治したという話も聞く
……あくまで噂じゃが 〟
「そんな存在が目の前にいて…… あなたが乗っ取ってるということですかぁ?」
〝 まぁ仏すらも信じまいじゃろな
ちなみにワシが発見した時は不思議とこの存在は 既に幼女の肉体を持って山の中でひっそり生きていた
特に食べ物を口に入れる訳でも無く 町に出向いて人と接触を試す素振りも見せない
人間の目線で語るならば 何の為に生きているのか分からない
それが此奴の生き方だった 何日も同じ場所を往復して
変わった行動と言えば腐った肉体を脱ぎ捨てて 新しい肉体を創り出し 身を宿す繰り返し
そして捨てた肉を動物が食べるのをただジッと見ているだけ ただそれだけだった 〟
「ッ……」
〝 試しに脱ぎ捨てた肉体を自分で食っていた事もあったぞ
決まって今の容姿の複製だったから自分で自分を食うカオスが何とも奇妙じゃったなぁ 〟
「その…… ソトースは今は?」
〝 お主も見たじゃろうが普段のこの少女は そのソトースの半分なのじゃよ 〟
「いつもの無邪気で明るい えりちゃんがその…… この世の全ての半分とでも言うの?」
思わず笑止してしまう谷下だが 雪花神は逆に笑っている彼女に首を傾げていた
「可笑しな娘じゃのぅ…… ワシは然程疑問には思わんがな?」
〝 だってどっからどう見たって幼い子供ですよ?
そりゃぁソトースさんの一部でしょうけど えりちゃんだってそこら辺の子供と何も…… 〟
特に怪しくも無かったが 谷下はとある気になる事について質問してみた
「えりちゃんが私の事を〝ママ〟って呼ぶんです 別段で気にすることでは無いと思いますが……」
〝 そりゃぁ…… まぁのぉ…… 試しにお主をそう呼んでみたとしか言い様がないかのぉ…… 〟
「えりちゃんはどうやってこのアパートに?」
〝 まぁ一早く存在に気付いたワシが少し過信を自覚しながらもその肉体を乗っ取ったのじゃ
善悪全てを兼ね備えてるならば そんな強大な存在を ましてやワシの土地で野放しにする訳にも行かなかったしの
もし此奴が本気になれば宇宙空間でさえも消滅させる事が可能じゃ
ワシみたいな日本圏内の神話の神ごときでさえ一摘まみでペイッ!!! ……じゃろうなぁ 〟
「……あなたに感謝した方がいいんでしょうけど まだ実感が」
〝 それから色々ありながらも この体で彷徨い続け
一番ワシに対する信仰心が溢れていたアカリヤミに出逢って助力を頼み
此奴がお世話になっているここアペルト荘に寝っ転がって来たという経緯じゃ 〟
「同じ神様でも行動力が真反対ですね」
〝 そりゃぁ馬鹿みたいに同じ場所を行ったり来たりなどつまらんからのぅ 何よりワシは魚肉や牛肉が食べたいのじゃ!! 〟
ここで神様の話を一旦飲み込む谷下は 二日後の事件の全貌を次第に理解していく
「まさかあの夜のえりちゃんって……」
〝 うむ…… そうあって欲しくは無いがソトースの完全体が出てきたと言っても良いだろうな
さすがに力を取り戻して何次元も格上の神になど ワシが敵う筈も無いからのぉ 〟
「でも待って…… 人間で夜桜さんって人がそのソトースを倒したんだけど?」
〝 その夜桜という人間は化け物じゃな…… と言いたい所じゃがまだまだ戻したての不完全なのじゃろう
力の根元が見える若葉ほど刈り取るのは容易じゃて それに肉体はそこら辺の大地の寄せ集め
その人間が臆する事なく屠った事実は称賛に値するが まだまだその程度で沈めたことをラッキーと捉えるべきじゃな 〟
「あれがまだ本体じゃないなんて……」
〝 そりゃそうじゃ むしろワシの本体に近かったんじゃないだろうかの? 〟
「まぁゴツい巨人でしたし あれなら緑の魔神と言われても納得いきますね!」
〝 なぬ?! 抱きつきたくなるエルフじゃったろう?! 〟
「いいえ…… 山みたいでしたよ ゴツい……」
〝 ……それじゃぁワシちゃうなぁ 〟
「いやでも鳴き声が「ノジャァァァ」でしたよ? 今思うと可愛い声でしたね!」
〝 じゃぁそれはワシになるんかなぁ…… 〟
「でも大地で形成された時の顔は正直に言うとエルフからはとてもかけ離れた
まるでゴリラの様な顔立ちだったような……」
〝 あぁじゃぁワシとちゃうんじゃないかなぁ!!! 〟
神様をイジるというのは なかなか楽しいなと思える谷下であった




