五十話 四日目 他人とは思えない
避難民からの無慈悲な猛撃から逃げてきた二人と一匹
人気の無い羨門街沿岸付近にて 黒猫のカタは千代子と三木を降ろした
「猫さん!!」
二人が地に足を着けた途端に
カタは力尽きてその場に横になって倒れてしまった
「……大丈夫ですか?」
その身体の大きさに思わず震え声の三木だったが 何故か不思議と身近に感じる
「ハァハァ…… まさか…… お前にも会えるとはな……」
「なんで…… 私の名前を?」
「俺は…… 俺の名前は…… カタ……」
「え…… そんなまさか 〝お姉ちゃん〟が飼っている猫さんですか?!!」
「ハハ…… ハハハ!!! ……なんでお前は覚えてくれているのに あの野郎は覚えてねぇんだよ」
「もしかして谷下さんの事? ……確かに〝同姓同名〟で顔もお姉ちゃんと瓜二つだったけど別人だったよ?」
「ッ……!! 見間違える筈なんてねぇ!!! あいつからは確かに飼い主の匂いを感じたんだ!!」
「……いる筈ないよ だってここは私達のいた時代とは別の時代なんでしょ?」
「…………」
「とっくに皆死んでるんだよ? カタ……」
三木はカタの身体に抱きついて優しく撫でてあげた
その肌触りを感じ取るカタは静かに目を瞑って口角を上げる
「最後に…… お前を守れただけでも救われたよ 三木……」
「ありがとうカタ…… 時代を越えても私を守ってくれて……
もしも元の時代に戻れたらチュール奢るね」
「嬉しいねぇ…… ハハ…… 俺… 寂しかったんだよな…… 千年の間… ずぅっっと……」
黒い体毛や肉体が徐々に灰へと還っていく
元の小さな身体は既に朽ち絶えて 仮初めの化けの皮だったんだとカタは気付いた
妖怪になってまで想いを繋げる猫にとって 理を踏み外した結果 あっけなく散る
灰は三木の手にすら収まる事も許されず 陽に照らされてキラキラと消滅したのだった
「カタ……」
ハッと意識を取り戻す頃には 何かに触っている手が大地を弄っている
後ろを振り向くと倒れている千代子が
「……大丈夫? 千代子?」
「ハァハァ……」
彼女は気を失いかけていた
頭から流れる血は止まらず 目は虚ろに夕陽を見ている
三木も特別何かをする訳でもなく ただ千代子を太ももの上に頭を乗せて海を見ていた
「ねぇ千代子 私の時代にもね 同じ名前の千代子って友達がいるの
あなたと同じでBL作品が好きでね ……まぁ紹介したのは私だけど
あっちの千代子も私を大事にしてくれていた だからビックリしたわ……
こっちであなたに出会って こんな私を看病してくれて ずっと一緒に居てくれて
まるで千代子の子孫なんじゃないかって…… ううん
〝生まれ変わり〟なんじゃないかって思ってしまったの
それくらいあなたは私にとって特別な存在だった ……そして」
三木は千代子の額に自分の額を重ねる
「ありがとう…… 千代子も悠久の時を超えて私を助けに来てくれて…… 本当にありがとう!」
「……三木 ……ちゃん」
「ありがとう!! ……本当にありがとう!! ウゥ…… おかげで寂しい夜は無かったよ?」
三木の涙が千代子の頬を伝う
同時に流れる千代子の涙と一体化したその雫は
皮肉にも沈み行く夕陽で輝いている
途端に 沈みそして迎える夜が訪れる事なく 世界は地獄の業火に染まる
「夕貴さんが呟いていた…… 人類が滅亡する瞬間なのかな?」
「っ……!」
千代子もはっきりとその光景を見る
かつて自分達の先祖 そしていずれ迎えるであろう偽りの無い自然災害に
躊躇う暇を与えてくれない絶望 ただ一瞬の美しさに怯えていた
千代子は知っていた 三木は知らなかった しかし両者の共通点は経験をしていないということ
この一番の理由が互いの恐怖心を共鳴させる
「夕貴さんから渡されたウイルスについての報告書…… 高山さんに渡せなかったな……」
「三木ちゃん……」
千代子は最後の一踏ん張りで起き上がる
同時に彼女は三木を太陽フレアから守るかのように上半身一杯使って包み込んだ
「千代子……」
抱き合う二人は煉獄の炎を前に覚悟と安らぎを一度に味わっている
「あなたが居なければ独りだった」
「あなたが来なければ独りで死んでいた」
「……また生まれ変わっても 友達になってくれる?」
「……フフッ! 当たり前でしょ? 次は結婚してあげる!!」
紙飛行機はフレアに抗いを見せるかのように三木の手から放たれ 優雅に飛び去っていく
そして無抵抗な姿勢で 受け入れを余儀なくされた人類は滅亡した




