四話 三日目 いざ町内会へ
今日は絶対に遅刻してはいけないと腹を括っていた谷下の朝は早かった
「ママおはよう!!」
「おはようえりちゃん!! いつも早いねぇ!」
洗面台で顔を洗っている間際にえりちゃんから突進を受ける
筋肉痛の彼女は朝から重りを背負って食堂へと足を引きずった
「おぉ! 今日はちゃんと起きれたじゃないの~~ メリハリついたかぁい?」
「えぇ!! 今日から絶対に遅刻しません!!」
「昨日ねぇ 商店街の知り合いから頂いた羨門街の名産品〝牡丹餅〟があるから食後に食べていきな」
「ありがとうございます!」
バタつかずに取れた朝ご飯を食べ終えてお茶を啜りながら牡丹餅を一つ摘まむ
口に入れようとした時 お餅に押された焼印で谷下は思い出す
「そういえば昨日の黒猫……」
「なにさ朝っぱらから 不吉を自分から持って来る質なのかい?」
「ハゲていた肩の部分の赤丸の痣…… よく見ると牡丹の柄じゃありませんでした?」
「さぁねぇ…… でもこの街では牡丹の花は縁起が良いって言われてるからねぇ!!
つくづくあの黒猫も毛色に負けないもんだ…… 生きてたら招き猫として飼っても良かったかね」
「あのふて腐れ顔は癒やしでしたからねぇ~~ 可愛かったよねぇえりちゃん!」
「……………」
いつもなら事ある毎にハイテンションのえりちゃんはあの黒猫のことになると どうもご機嫌斜め
さすがに察せないほど鈍感ではない谷下だが一緒に暮らす以上 猫は好きになって貰いたい
「あっ…… 行かなきゃいけない時間だ じゃあ行ってきます!」
「はぁい行ってらっしゃい!!」
ーーここは保留にしとこう…… 仮にも役場で働くわけだからスイッチ入れ替えないと
仕事モードになると急に忙しくなる谷下は靴べらで潰したところを直し
扉の鐘を勢いよく鳴らしながら出勤して行った
「おはようございます!!」
「おはよう谷下君!! 今日は通常勤務だね!!」
「今度から〝通常勤務だね〟って言われないように頑張ります……!!」
「ハッハッハ!! 君には期待してるからね そう固くならないで
それはそうと君にはこれから町内会が開かれる公民館に一緒に出向いて欲しいんだ」
「町内会ですか?」
「度々耳に入っていたと思うが…… 今年は……ってより近年は祭に対しての価値観が薄れてしまってね
不漁や不作問題についての解決案に挙ったのが祭に流れる予算をストップすることなのさ」
「そんな…… 伝統を畳んじゃうんですか?」
「あくまで街以外の方々から届いた地域住民の声なんだ
田舎からの声とはいえ無視することは出来ない 実際に遠出してまで来て下さるお客は年々減る一方だ
羨門街の住人が屋台を開いてお寺を照らすもその道を通る客足は淋しいものさ」
「そんな事態になっていたとは……」
「そしたら今度は街中からもそういう声が出てきちゃってね
お祭りに情熱を込めてきた町内会が今では少数派になる始末なんだよ」
「……それで観光課は何をしているんですか?」
「もちろん私達も祭は必要だと思っている…… だけど住民達の意見を蔑ろにする訳にもいかない
だから今日は町内会に田舎の群衆も招き入れてちょっとした規模のデカい会議を開くのさ」
「……そんな所に私が居てもお役に立てないのでは?」
「もちろん谷下君が会議に出席するわけではないよ
裏方に回って女性陣と一緒にお出しするお茶と茶菓子
あとは昼食に持って来いの〝芋煮〟を作るお手伝いをして欲しい」
「なるほど…… 了解しました」
「そっちはさほど忙しくもないから気楽に地域住民との親睦を深めてくれて構わない
だけど主婦の方々の陰口は貴重だから 谷下君には女性陣からの意見を集める仕事を託したいっていうのが本音です」
「な…… なるほど……」
高山は谷下に期待を込めた笑みを贈る
会話に一段落が着けば書類と筆記用具をカバンに入れて
「高山!! 外出しまーす!!」
「やっ…! 谷下も外出します!」
二人は役所を出て 徒歩で公民館へと赴いた
「ハァ…… ハァ……」
ただでさえ炎天下の夕陽が自分の体力を奪うのに加え
会話が止まらない上司に合わせるのが一番に疲弊を増す
スーツの中のワイシャツが透けるほど汗だくで
額を拭いていたハンカチも絞りきれない雑巾のようにビチャビチャに水分を含んでいた
「さて! ここが目的地だ!!」
「ヒィ…!! ヒィィィィ!!!!」
もう息切れを隠す気なんてない谷下は近くの電柱に手を付けて真っ白に燃え尽きていた
「ご苦労だったねぇ谷下君! 中に入ったら会議が始まるまで休ませてもらいなさい」
「ソウ…… ソサセテイタダキマス……!!!!」
館内に入るなり 谷下は食堂を求めて地を這う(イメージ)
辿り着く食堂の中はおばちゃん達の賑やかな空気が熱風と化して彼女に襲った
「あーらー!! 役所から来て頂いた助っ人さん? ほれお茶飲んで!! 駄菓子もあるよぉ!!
せんべい食うせんべい!!? ほらそんな所に突っ立ってないで座んなさいなぁ!!!!」
お世話になってる大家も大概だが ここのオバちゃん達も相当だ
外も地獄だが これまた中に入っても浄土は見えぬ飢餓なり
ただ出されたお茶と駄菓子は美味しかった