四十七話 四日目 役目
戻ってきた夜桜と平常心を保った谷下が揃った所で話が再開された
首無し人形をプラプラと摘まんで宙ぶらりんに振り子を刻む彼は 中てる虚ろ目で話を進めた
「さてと…… こっからは人形憚る枝先の話になる
入れ物はあくまで目に入る建前 ここからは信じがたい神話に片足を入れて行く話だ
谷下さんは何処までの記憶が残ってるんだ?」
「っ………」
ついつい考えてしまう 何故なら偶像に見せられた記憶の中で
今目の前にいる夜桜に殺される過去を見てしまっていたのだから
「二周前のまだ何も知らない人生です
故郷で生まれて学校に入って 寺子屋の先生を目指してましたが公務員という道に進みました
それこそ四日前にこの街に新卒で就職が決まっていたんです」
「……両親はいましたか?」
ズキッと頭痛が走った
しかし記憶を辿るに間違いなく
「い…… いました! 最近は会ってませんが!!」
「君は四日前にこの街に来たんだろ?! 〝最近会ってない〟はおかしくないか?」
「ッ……」
「歯切れが悪くなったな…… 安心したよ」
「……父親はいました 母は記憶にありません」
「ずっと一緒にいた訳では無さそうだな 何か酷なことが遭ったら辛いだろうが話してくれ」
「私は小学校に入学する時に寮に入ったんです
夏休みに実家に帰ると そこはもう蛻の殻でした
捜そうにも父は偽名を使ってまして 警察も協力出来ない程 存在が消えた感覚でしたね」
「顔も覚えて無い? ……特徴があれば似顔絵くらい書けるんだったよな?」
夜桜はツムツムに確認を取ると 黙って聞いていたツムツムは重い口を開く
「当時小一だろ? 似顔絵捜査員は当時から居たとは思うが子供の説明で上手く描けるとは思わんな」
「そうだよな……」
「というか夜桜…… 脱線とかいうレベルじゃない状況だが 谷下希の記憶が何だってんだよ?」
「一応脱線したな じゃぁここからの話は壮大になるんで聞き取れる範囲で聞いてくれ
ガイロイドが魂魄をエネルギー源として活動し出すという話はしたな?
その理論にまで辿り着いた谷下博士が実現するまでの仮説からの話だ
人間が肉体と魂を精神で繋がっているという至極当たり前のような原理は実は目には見えない仮説なんだ
バイオ産業で研究に明け暮れていた彼女に成果は虚しく
いざとなった場面で結びつかない現実を押しつけられる日々の中で
追い詰められた彼女は悪魔に手を染めた
臨床実験を始める為に幾つもの一般市民を掻き集め 次々と殺し
五体を揃えて一線を越える実証実験の準備を調えた
笑みを浮かべている彼女は協力している研究員からすれば恐怖を与えただろうな
麻酔を投与された人間達は意識のあるままに両足両腕を切断され 叫び散らす中で続行されたらしい」
「………」
谷下は吐き気を催していた
「そこまでして研究に確信を持てる理由は他の提携企業が生み出した
〝短命の稀少心臓〟という
遠い未来へ残せるコールドスリープ型の移植臓器を開発していたんだ
それは神経とドッキング出来る臓器と半導体の合成物で出来た機械で造られた品であり
おそらくその時代では最新技術の賜物だったのだろう
極め付けにその臓器は別称〝カラの器〟と呼ばれ
ミイラでお馴染み霊魂をその肉体から遠く離れぬように空洞となっていたと見ている
つまりこの臓器は魂が帰ってくる場所として造られたって代物なんだ」
「でもそんなので本当に魂が帰ってくるんですか?」
「だから谷下博士は焦りもあって生きた人間を使いたかったんだと思う
普通に考えれば死んだ人間が同じ肉体で復活する事例なんて聞いたことも無い」
「なんで彼女はそこまで…… ただの人殺しになってまで……」
「〝恋人が死んだから〟〝親が殺されたから〟〝戦争の無い未来を望んでいたから〟
〝不況だから〟〝不公平だから〟〝人間に興味無い陰キャラだったから〟〝彼女の趣味だったから〟
〝キチガイだったから〟〝クローンを造って人間が働かなくてもいい時代にしたかったから〟
〝軍事力を強化したいと国から要求されたから〟〝私生活が追い込まれてヤケクソだったから〟
と 本人以外からの視点から見えた彼女は豊富な面が挙がってお手上げだった
……そしてガイロイドは遂に骸だけ完成して そこに魂が宿る事は無かった」
「谷下博士はどうなったんですか?」
「普通は捕まって当然なんだが そんな記録は無い
人を誘拐して殺して 利権の為に黙っていた役人達も動く筈だが
谷下博士は殺人鬼と呼ばれることなく 書かれている書物にはそれ以上の話は載っていない」
「ガイロイドはどうなったんですか?」
ボロい本を捲っていた夜桜は段ボールに戻すと
既に広げられている絵に注目させる
「人類が滅亡した令和後期
一柱の神が降りたって少数の人間を守っていた
ならこの中に見られる光の体躯は何だと思う?」
「……想い
その時の残される人間達が抱いた喜怒哀楽の集合体
でも少し何処か黒く汚れているから 生霊と怨霊で連なる魂魄の珠々……
あくまで今までの話を聞いて出てきた予想ですが」
「そしてこの島へとその思念体は運び込まれた……」
「でもそしたらガイロイドはどうなんですか? 歩けないですよね?」
「夜桜家は代々あの神社を守る〝元研究員〟だって言ったろ?」
「……この島が例の研究所だったの?!!」
「そういう事だ もちろん俺は研究所の在りかを知らない
悔しいが自宅に残っていたのは大層歴史を感じる牡丹卍という寺と地下に資料があっただけってことだ」




