四十六話 四日目 異例聴取
夜が明けて陽が完全に姿を現わす頃
谷下は留置所から出されて 取調室へと連れてこられていた
「おはよう谷下さん!! 夕べはぐっすり眠れたかな?」
「眠れました! 寝とかなきゃいけないので!!」
「…………」
気力が失っていない彼女の精神力にツムツムは少し驚いていた
「……てめぇは誰だ?」
「……はい??」
さっそく緊張感漂う室内で 顔が隠れるくらいの荷物を持ってきた夜桜が入って来た
「夜桜さん?!!」
「よぉ!!」
机の上に置いた荷物の中身は 古い本や絵巻
そして身の毛を弥立たせる首無し市松人形が谷下の隣にチョコンと置かれた
「これは……」
「さてどこから話せばいいか……」
夜桜がツムツムに目で合図する
ツムツムは取調べ補助者を退出させた
「あんたは何者なんだ?」
「何者って…… 子々孫村出身の谷下希です」
「………」
夜桜はテーブル一杯に使ってとある絵を谷下に見せた
「これは……」
「巨体で描かれているのは〝南野雪花神〟だ
俺ら夜桜家が代々祀ってきた神様な訳だが…… 身に覚えは?」
「そんなの…… それこそ夜桜さん達と見たあの怪物がそうなんじゃ?」
「もっと前だ!! それこそ平成・昭和なんて時代よりも遙か昔に!」
「何言ってるんですか?」
「とぼける気か?」
「……何のことだか分かりません!!」
夜桜は谷下の瞳孔を探っていた 一瞬も目を離さず焦点を合わせる彼
そんなのとは反対に谷下は今 覚悟を決めていた
とある周回の途中では何を隠そう 目の前の本人から殺される可能性を見たのだから
「この絵はまさに終末を示している
だが俺が気にしているのはそんなんじゃねぇ 神なんて不可解な生物が描かれているからだ」
「ホント神主なのに神職から遙か遠くにいる人間ですよね」
「燃える武蔵の塔 崩れ行く浅草富士
荒れ狂う火の輪の中に人が黒ずみとなって まるで神は傍観してるか嘲笑うかのようだ
そして神の懐にいる数少ない人間達と一層小さく光っている体躯
このデカ物は俺達の先祖を守っていたのか? そして一つだけ光っている者の正体はなんだ?
……もしかしたらアンタが知っている もしくはアンタ自身がそうと踏んで来たわけだが」
溜息交じりに資料を片付ける夜桜が見た谷下は 泣いていた
「ハハハ…… なんでもかんでも懐かしくなるなこの身体……
私って懐古上戸かな? それとも三人上戸って奴かな?」
「……話してくれ」
「何をですか?」
「今までの事だ…… ツムツムから聞いた 明日人類が滅亡するんだろ?」
「そうですね…… だけど今更何をしたって」
「話さなければ ずっと君が独走する事になるがそれでもいいのか?」
「……わかりました」
谷下は落ち着いた自分が知ってる範囲を包み隠さず夜桜に話す
夜桜は最初は眉間に眉をひそめて聞いていたが 後半はただ真面目に谷下の話を黙って聞いていた
「なるほど…… ループか……」
「信じろって言う方が無理な話ですよね?」
「いいや信じる」
「っ!!? どうしてですか?」
「話に心当たりがあるから俺はここに来たんだ さっきも出てきた光の体躯
これの正体はとある女性の科学者によって造られた新造人間だと思っている」
「神話の話をしたいのか科学の話をしたいのかイマイチピンと来ません!!
どちらかといえば神話の話の方が飲み込めそうな気はします」
「結論を言えば神も居れば科学もあった…… それが俺達の先祖が歩んできた道だ
そしてそのガイロイドは複数の魂魄というエネルギーを溜めて初めて活動を試みる
人はこれを称賛を兼ねて〝文明の非常電源〟と讃えたそうだ」
「……何で夜桜さんがそんな事を知ってるんですか?」
「開発前の仮説段階からの写本があるからだ
因みに夜桜の系譜を辿ると令和以前までは研究員の家系だったらしいな
そこから洗って行くと ……とんでもねぇ人物が浮き出てきやがった」
夜桜は首無し人形の隣に一枚の古い写真を置く
「……誰ですか?」
「ネームプレートをよく見てみろ」
「…………エッ?!!」
驚くのも無理は無い
写真に写っている女性の名前も〝谷下希〟だったのだから
「同性同名…… ですよね?」
「そうだな…… で ここからが本題だ」
夜桜は近くにあった爪楊枝を持って 今度は写真の奥を指した
「………ハハハ 嘘でしょ?」
大型周辺機器が設置されている研究室で
たくさんのケーブルに繋がれた一つの半透明なカプセルには
まだ生まれてから数年足らずの子供が入っていた
「顔の面影が近かったからもしかしてとは思ったが……」
「えぇ…… 小さい頃の私によく似ていますね」
「そうか……」
谷下は思わず頭を抱える
「私は誰なんですか……?」
「肉体ベースのガイロイド…… って所まで仮説を進めてもいいかもな
意思を示し 血も流せれば 涙を流せる
令和後期の社会では もしかしたら裏側の業界だけで進められていた最先端技術なのかねぇ?」
「すごいですね…… 我々の先祖…… あっ… 私はただの人工物か……」
「差し詰め枝先かな……
研究標本が細かく記された研究資料でも見つかれば色々明白になるだろうが……」
「……」
夜桜は谷下の顔色を伺った
「気持ちの整理が付かないなら…… 休憩を入れる」
「ちゃんとした心なんてあるのか分かりませんが お願いします」
夜桜はツムツムに一言入れて席を立つ
扉から出て行こうとする間際 ふと彼は谷下に質問を投げかけた
「〝谷下先生〟」
「え?」
「アンタの話を聞けば 不思議と俺達はアンタの事をそう呼んでいたらしいな
人に支配されているだけのロボットが〝先生〟って呼ばれるのか?」
「…………」
「野暮な質問したな……」
片手だけで謝罪の意を表し 夜桜はそのまま缶コーヒーを買いに行ってしまった
残された谷下は下を向いていたが そんな彼女に声を掛けてやれないツムツムは気まずかった




