四十話 三日目 過去を見せる偶像
いつもの気力が削がれてしまっている大家を抱えてアパートに戻る谷下
台所に座らせて落ち着きを待つ彼女は ふとその場から離れ えりちゃんの部屋に入る
「一回ここで寝させて貰ったんだよなぁ…… 前回の話だけど」
机と布団以外ほとんど何も無い部屋を見渡しても有力な新情報がある訳でもない
手掛かりがあればと安直に立ち入った場所だが特に収穫があるわけでも無かった
「前来たときと大して変わり映えしてないし…… もしかすると……」
谷下は次にアカリヤミの部屋に向かってみた
えりちゃんとは真反対にイメージを覆す驚愕の散らかりよう
「死人さんが見えた日は暗くて室内まで目を配る暇が無かったなぁ 恐怖で頭一杯だったし……」
とりあえず中に入ると辺りには脱ぎ捨てられた衣類や食の残骸
一言でダラしない有様であったが気になるのは一目で発見できない小さな〝偶像〟が転がっていた
ーーなんでこんな物が……
不思議に思った谷下がそれを手にした瞬間
「っ!!!!?」
まるで記憶だけが飛ばされるかのように意識が持って行かれる
時空の狭間に投げ出された感覚の谷下は気を落ち着かせようとするが抗えない捻れの中で確認した
半透明な空洞の端々には身に覚えの無い自分の人生が
ーーこれってもしかして…… 過去視??
四日間の内で繰り広げられる過去の自分の奮闘と絶望
四日後に必ず訪れる紅い焦土の土煙も忠実で 記憶が失ってリセットされるのも事細かく映し出されていた
「私にこんな歴史があったなんて…… もしかしたら?!!」
谷下は有りっ丈の踏ん張りを見せて 泳ぐ感覚で奥へ奥へと進んだ
ーー見れるかもしれない…… 私がこうなった原因
死人とも 黒猫との会話も 三木に出会った事も そして
「えっ…… なんでアカリヤミさんが?」
通り過ぎた一つの映像を谷下は凝視する それはアカリヤミが谷下を殺していたのだから
それだけでは無い 夜桜や夕貴まで自分を殺している過去があることに谷下は震えが止まらなくなった
「っ…… と…… とりあえず今は根底を……!!」
何処までも続く行き止まりの無いトンネルは谷下に希望を与えさせなかった
ーーこれ程まで…… 私は……
気がつくとそこはアカリヤミの部屋だった
必死に手を伸ばしていた谷下は何事も無かったかのように振り落とす
〝 見てしまったな…… いや思い出してしまったと言った方が正解か? 〟
「……死人さん」
谷下が見上げる天井には顔だけ出ている死人がいた
〝 やはりその偶像は都合の良い千里眼なのか 〟
「私は…… なんでこんなに恨まれてるの?」
〝 それだけ未来の選択肢が無限という事なのだ
加えて貴女の身に宿る本性が 顛末を過激に塗り替える〟
「一番最初まで見れなかった…… 私って〝人間〟だよね?」
〝 ………… 〟
「そこ黙られると怖いんですけど?」
〝 とりあえず落ち着け 例えで言うなら今の所はノーマルエンドだ 〟
「どういうことなの?」
〝 私基準なのだが
【人類滅亡以前に第三者によって甚大な被害を及ぼし貴女が巻き込まれて記憶を失う場合は バッドエンド】
【期日通りに人類が滅亡を迎えて且つ貴女の記憶が継続されているのなら ノーマルエンド】
【何も起らず無論その中に滅亡を免れるを含めて五日目を迎えた場合なら ハッピーエンド】
まぁ最後のハッピーエンドだけは言わずもがなだがな 〟
「第三者って…… もしかして三木ちゃん?」
〝 あぁあの娘か…… 確かに危ういかもな……
薄々気付いているかもしれないが 今までウイルス騒動なんて起きなかっただろ? 〟
「確かに…… だけどそれは私と関係ないでしょ?」
〝 そうだ…… とも言い切れないが…… だからこそ今回はノーマルエンドにしなければいけないのだよ 〟
「……はい?」
〝 とりあえず今回は異常事態だ 明日のその時までジッとしていろ 〟
「また隠し事が多いよね…… 全て見てきたんでしょ? 勿体振らないで言ってよ!!」
〝 言えない…… 言えば貴女は記憶を失う 〟
「ノーマルエンドなんでしょ?! だったら……」
谷下は急に黙り始めた さっきの時空の狭間で目にした一つの映像を思い出すなり
「そういうことか……」
死人が見た谷下の目は適当を偽っていない
〝 やはり見えてしまっているのか…… 〟
「……アイリーンさんを助けなきゃ!!!」
谷下は風呂を沸かした事も忘れ 一目散に玄関を飛び出して行く
しかし行き先を阻む死人の行動は文字通り死ぬ気の行動だった
〝 記憶を失っても良いのか?!!! また繰り返すぞ?!!! 〟
「どうせ私に触れられないんでしょ? どいて!! 命に関わるの!!」
谷下は死人の霊体をすり抜けて行ってしまった
〝 なんて事だ…… 浅はかなり 〟
死人はゆっくりとアパートの中を透けて通り
大家が座っている場所と対の席に座った
〝 また…… やり直しか…… 偶像に触れる前に説得出来れば良いのだが
私はアレに触れることは出来ない 以前は口論の末に触れられてしまう始末だ…… 〟
死人は大家の手に触れるかのように重ねる
〝 結局は先生がいないと君とも出会えない未来なのだ
……だけど少し嬉しいと思うのは罪だろうか 全てがリセットされれば
再び谷下先生が 私と君を出会わせてくれる 〟
谷下は商店街に向けて走っていた 目的地はカイコ真理教の本部
一定の場所に着いた谷下は過去視で見た通りの映像を その眼で再確認することになる
教団が構える場所は夕焼けとは異色の業火が立ち上っていた
「〝本当に火事〟になってる…… でもなんで?」
谷下が再び歩を進めようとしたその時
商店街の何処からともなく聞こえてくる ラジオからの声が響き渡った




