表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/108

三話 二日目 黒猫の肩


明朝 雀の鳴き声と共に谷下は起きた

当然頭痛に襲われながら目覚まし時計を確認すると


「初日からこれはマズい!!」


ボサボサの髪を整えてシワシワのシャツにアイロンをかける


「おぉやお寝坊さん! 初日から遅刻を見せつけるとは粋なことするじゃぁないの」


「……お おはようございます」


目玉焼きを乗せたパントーストを口にくわえて慌てて出て行く谷下


「そそっかしいねぇ! 角を曲がったらイケメンとの衝突に注意するんだよぉ!」


「っ…… 私はもう女子高生じゃないので!! 行ってきます!!」


「あぁい行ってらっしゃい!!」


忙しない彼女とは反対に落ち着いて朝食を取るえりちゃんとアカリヤミ

食後のティータイムを楽しむアカリヤミはふと大家に聞く


「何故角を曲がるとイケメンが出てくるんですか?」


「……イマドキの子はそういうのも知らないんだねぇ」


「え??」


「さ!! 食器洗いが面倒だからチャッチャと終わらせくれなぁ!」


一方ビジネスブーツに手こずった谷下は満を持して玄関のドアを開ける

役所まで一直線に目指す彼女の目に留まったのは


「……ウソ」


道端に横たわる 黒猫の死体だった


「……この猫 もしかして昨日の?」


近づいて死んでる黒猫の肩を覗く

昨晩は薄暗くてよく見えなかったが 黒猫の肩には赤丸の痣があったのだ


「……ここだけハゲてる 野良猫だから平穏な生活は送れないよね」


何かの縁に惹かれたのか

谷下は近くの空き地まで猫を抱いて歩き 人が近づかなそうな場所に黒猫を埋めた


「君を何て呼ぼうかな? 肩の痣が印象的だったからカタでいい? それは安直かい?」


近くにあったボロボロの板に猫の名前を書いて卒塔婆そとうば代わりに土の上に立てた


「ゴメンね! ガチで遅刻しそうだから何もかもお粗末で……」


そう言い残して谷下は全力疾走で職場へと向かった

着いたら着いたで笑顔で出迎えてくれた上司の高山に毒気を抜かれ

今日は自分が担当する職務内容を説明され 午後は簡単に高山と二人で外回りをしていた


「最初に君にして貰うことは至極簡単だが 何世紀も前から難しいとされている〝交流〟だね」


「……そうですよね?」


「おっ!! 谷下君! 駄菓子屋に寄ろうではないか!!」


「え?! あっ…… はい!!」


見つけるなり全力疾走の高山は店内に入ったと思えば

お金も払わず並べられた商品を片っ端から食べて回っていた


「ちょっ!!!? 何してるんですか高山課長!!!!」


「……あぁすまない 子供の時からの癖でね」


「いやぁ~~直した方が良いと思いますよ課長!! お店の人にもご迷惑を……」


そう言って谷下は店の婆ちゃんの顔色を伺うが

予想外なことにシワだらけの表情に不機嫌さを感じていなかったのである


「高山ちゃんは…… 昔からそうだったから大丈夫よ お金を払うときはいつも帰る時なの」


「ハァ……」


「……新人さん?」


「はい! 観光課に配属することになりました 谷下希です!」


「エェッヘッヘッヘ!! 可愛い職員さんが来て驚いたよ 暇が出来たらいつでも寄って下さいな!」


「……もちろんです」



「では次に行こうか谷下君!」



駄菓子屋を後にする二人は今度は少し離れた先の小売業態スーパーマーケットにやって来た


「いらっしゃぁせー!! おや高山さん!? 今年はえぇ祭りにできまっかぁ?」


「精が出るな店長! ……もうカツカツでっせ 予算の殆どが田舎の方への宣伝・広報が大半で

……〝期待して下さい〟はもう干からびて〝いつも通り〟の賑やかさがあれば万々歳ってとこですな」


「あちゃー もう少し目玉があれば〝島民全員参加〟が実現出来るんですがね~~」


「都会の祭とは言え 足を運んでまで見る価値が無いというのが背けてならぬ民意ですからね~~」


潤いが枯渇している現状を見た谷下は 溜息が淀む重い空気に耐えるしかなかった


「さて戻りましょうか!」


「……ここでは暴飲暴食の高山課長は出ないんですね」


「そりゃぁ…… ねぇ? 常識的に」


「えぇぇぇ……?!」


ニコニコ高笑いながら歩く高山に理解が追いついていない谷下は

役所に戻る頃に通勤の時の疲労にプラスして既にクタクタだった


「今日は定時で上がってもらって構わないからね」


「……ありがとうございます!!」


思わずお礼を言ってしまう程 疲れ切っていた彼女は寄り道せずにアパートへと帰っていった


ずっと見られている夕陽をバックに千鳥足で帰宅する谷下

すると道中の見知った空き地に 大家が隅っこで煙草を咥えているのを目にした


ーー〝あそこ〟って……


異様な空気に固まってジッと見ていた谷下は

自転車で横切る豆腐屋のラッパ音で我に返り 大家に話しかける


「ただいまですぅ……」


「………………おや!! お帰り!」


「どうしたんですか? こんな隅っこで……」


「ちょっとコレが気になってね」


それは今朝 谷下が黒猫を弔ったお墓だった


「……何か気になることでも?」


「朝っぱらに黒猫が死んでいただろう? アンタが出てってから外に出たらいなくなってたから気になってたんだよ」


「それは…… 私がここに埋めて上げたんです」


「ほぉ! いやねぇ 旦那が死んだときの事を思い出しちゃってさ」


大家は立て札に向かって副流煙を吹きかける


「ご主人をですか?」


「この〝イチ〟みたいにさ…… な~~んにも言わずにポックリ逝っちまってねぇ」


「イチ?」


「あぁこの猫のことをそう呼んでたんだよ 肩の〝位置〟に痣があったろう?

〝のぞっちゃん〟はカタって呼んでんのかい?」


「のぞっちゃん?!!! ……死んだ後でしたけど そう立て札にも命名しちゃいました」


「カタとイチか…… どっちにするよ?」


「と言われましても本人は当に亡くなってますし できれば猫自身に決めて欲しいもんですが……」


「……幸せ者だねこの子は」


「え?」


「道端で誰からも気に掛けずに腐っていく野良の人生だったのにさぁ……

こうして二人の美女から成仏するのを看取って貰えるんだからさ」


「……そうですね 黒猫が死んでるなんて これほど縁起の悪い物はないんですけど

何だか命の尊さが勝ってしまって名残惜しささえ感じてしまいますよね」


「ンハハ!! 私らの思い出の一ページの中で生きるだけで幸せもんさぁ!!

さぁ夕飯は既に出来てるよぉ!! さっさと家ん中にお入り!!」


「はい! 二度目ですけどただいま!!」


谷下は大家に肩を組まれながらアペルト荘の玄関を共に潜って行った




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] いきなり殺されたよ! [一言] ……楽しく読んでます。ええ。一応。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ