三十五話 二日目 南野雪花神
謎の巨人を撒いた三人はそのまま街へ降りようとしていた
谷下と染島はいきなりのことで疲弊していたが この度のMVPでもある夜桜はピンピンしている
「お前らダラしねぇなぁ」
「「 アンタは本当に神主かぁ!!!? 」」
「神職は偽りの姿 胸の内に宿る魂は諸行無常の夜桜舞い散る日本兵よ」
夜桜は窓から手を伸ばし 桜の柄が装飾されているバッチを見せた
「旧日本兵のシンボルだった桜意匠が当時の徽章だったんだ
……人生を投影した名を授かった俺は恵まれていたな」
「……櫻井翔って有名な兵士が昔いたんですね!!」
「…………ハァ」
谷下の勘違いで軽い溜息と共に手を引っ込める夜桜は再度後ろを確認した
しかし緑の魔神は爆煙に埋もれようとも 肉体を変えて再び谷下達を襲う
周りの木々が根刮ぎ引き抜かれて密集し始め 前進に緑が生い茂る樹木の巨人が現れた
「まだやる気かよ…… ミサイルはまだあるのか夜桜」
「残念ながらこの島に現存していたのは一発限り 故にあれは家宝だったんだけどなぁ」
「兵器が宝って…… 昔の人みたいだな……」
「馬鹿言え!! 外の世界に敵がいねぇんだから ただのコレクションとして可愛がってたんだよ!!」
夜桜の手持ちには既に散弾銃しか残っていない
しかしこれだけでは太刀打ち出来ないと分かっている彼はハンドルに全神経を集中させる
「進路を変えるぞ!! 伏せてろ!!」
軽トラは勢いを落とさず ドリフトしてそのまま森の中へと駆け込んだ
「ギャァァァァァ!!!!」
谷下はただ頭を両手でカバーしながら悲鳴を上げるしかなかった
襲い掛かる普通の木という障害物も襲ってくる森の中のカーチェイス
緑の魔神は早い段階で距離を押してきており 伸びた手は軽トラの手前に落ちてきた
「クソォ…… もうなんなんだよコイツは!!!?」
「この先は榊葉町長の所有する山に繋がっている もしかしたら追加の得物が手に入るかもしれねぇ」
ーー っ……! 榊葉?!
枝に注意しながら軽トラの屋根に肘を付けながら前方を確認する
前々回での人生の時に榊葉所有の山に行ったことがあるので谷下にはすぐに分かった
「また…… あそこに……」
「ちゃんと伏せてろ谷下!!!」
振り下ろされないように谷下の身体の上に覆い被さる様に守る染島は夜桜に確認する
「いけるのか夜桜!!」
「五分五分だ!! 話しかけんな!!」
道が悪い上に障害物しか無いほとんどオートバイクの過酷なレース場を走っている感覚
一番ひ弱な谷下は酔って嘔吐寸前まで迫っている
ーー誰か…… 助けて……
草を掻き分けて車の前に人影が飛び出してくる
車とのすれ違い際に 谷下は荷台よりその正体に反応した
「アカリヤミさん?!」
谷下達とは反対方向に
緑の魔神へと突っ込んでいくアカリヤミは両手を横に広げて訴える
「お気をしっかり保って下さい!! 〝雪花神様〟!!」
その大声は微かながら谷下達の耳にも届く
「アカリヤミさん…… 何をして……」
「静まり下さい!! 負けないで下さい!!」
魔神の振り上げる大きな手がアカリヤミに危機迫る
されど無謀で勇敢な青年は退こうとはしなかった
「貴女は…… 僕達最後の人類の楯になる守護神の筈です……」
「逃げてぇぇ!!! アカリヤミさん!!!」
木々が詰まった巨大な手が振り下ろされる間際
アカリヤミは谷下の方を向いていた
「生き延びて下さい…… これから何が起ろうとも……」
地鳴りを生じるその衝撃は谷下に 荷台で見ていた染島にも絶望を与える
アカリヤミが居た筈の場所は暗黒の塊で覆われていた 生々しい小さな音は耳に残り
気が狂いそうな現実が谷下の心を取り乱す
「何で…… 何でこうなるのよぉ!!!! 誰かが死ぬ未来じゃなかったのに!!!!」
「落ち着け谷下さん!! 落ち着け!!」
「嫌ぁぁぁぁあああああああ!!!! アカリヤミさぁぁぁぁぁん!!!!」
終わらない四日間の中で初めて死を目の当たりにした
人類が滅亡する以上に込み上げてくる やり切れない思いに耐えられなかった谷下は正気を失った
支離滅裂な事を言っている谷下を正常に戻そうとしている染島はふと魔神の方を見る
「……ん?」
暗闇でよく見えないが 魔神は頭を抱えている動作をしていた
まるで〝ナニか〟が〝ナニか〟を抑えて付けているかのような
悶え苦しみ地に頭を擦り付けて葛藤している魔神は 次の瞬間
「ゴギャァァァァ!!!! ノジャァァァァ!!!!」
身体が再度崩れ落ち 悲鳴と共にその異形は元の大地へと還っていった
「もう…… 付き合ってらんねぇよ……」
また来るかもしれないと緊張が解ける状況でもないのだが
染島は荷台の隅に凭れ掛かっては安堵の溜息を漏らさずにはいられなかった
「とりあえず道路に出て確認しよう」
気を張り続けている夜桜だけが今は頼りだった
普通の運転に切り替えて 二人を安全な場所まで運ぶ
榊葉所有のサイロへと続く見覚えのある山道に出ると軽トラのエンジンは静かに止まった
「フゥ…… 一息つけるのか?」
「分からない またいつ何が化け物に変身するか予想を超えてくるからな」
「アカリヤミさん…… 助けられなくてゴメンね……」
荷台で蹲って泣いている谷下に染島は声を掛けようとしたが
柄にも合わずその行動を止めたのは夜桜だった
「休ませておけ…… もう一踏ん張りしなきゃいけないかもしれねぇ」
「……優しさじゃなくて体力温存を考えて止めたのであれば夜桜らしい」
「当たり前だ…… ん?!!」
すぐさま銃を構える夜桜 銃口の先には人影がいた
「新手か……?」
頭が二つある様に見える謎の影はノロノロと三人に近づいてくる
染島は持ってきていた懐中電灯で照らすと それは人をおぶる人の姿だった
「……助けて下さい!」




