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三十三話 二日目 天命


石段を登っていく染島と谷下

何処から聞こえてくるフクロウの鳴き声が

ひぐらしの鳴き声から染みこむ蒸し暑い感覚を吹き飛ばし

身体の芯に冷気が入り込んでくる


「またなんであんな所で座ってたんだ?」


「…………」


二つの懐中電灯が木々に照らされる様は虫が自分の周りを飛び回っているかのよう

谷下が口を開けない理由は混乱していたからだ

目の前の染島は自分が知っている人では無くなっていたのだから


登り切るとそこには神社が構えている

夜の社は何とも異様に染まった別世界にも感じてしまう


染島が進む先は神楽殿だった

そこには能面を被って舞い踊る人影が見える


「おっす夜桜!」


「……」


ここの神主は歌舞を静かに止めるなり神楽殿から飛び降りてきた

咄嗟に懐からハンドガンを取りだしたかと思えば谷下の眉間へと狙いを定める


「悪いねお嬢さん こいつ戦争マニアでな 本当は無害な奴なんだよ」


「敵じゃないのか?」


身に覚えのあるやり取りに谷下は少し安心していた

夜桜に茶の間へと案内される二人は蝉の鳴き声も途絶える静かな時間に一息ついていた


「見知らぬ女性を連れ込んで今更なんだが そろそろ理由を聞こうじゃないか?

家出……って年頃でも無さそうだし 恋人とのケンカ別れだったりかい?」


「……すみません」


静寂の気まずさは互いに傷つけ合う以上に何も生まれない

台所から粗茶と手榴弾を運んできた夜桜に ツッコまざるを得ない状況でようやく突破口が開かれる


「実は私 先程までカイコ真理教にいまして……」


「ヘェ…… あの得体の知れない教団にね~~ どんな所だったん?」


「それは…… 上手く説明出来ません 今日入信したばかりでしたので」


「初見で危険を悟される場所なのか!?」


お茶を啜る染島は机を叩きながら大笑いしていた

すると横に座る夜桜が険悪な目つきで谷下を睨みながら口を開く


「知り合いの警察サツからの情報によると今日

例のその教団に押し入ったって話が入っているんだが?」


「なんだそりゃ? 逮捕状が出たのか?」


「表面上のイカレ具合に加えて逮捕するに至るまでの証拠が揃ったもんだから動いたんだろうな……

なんでも逮捕されたのは尊師自身って聞いたぜ?」


「ほぉ…… 確かアイリーン・サドラーだっけ?

見た人は老婆から子供だって噂が絶えねぇよなぁ?」


「捕まった奴は影武者だろうな…… 子供だったし」



「…………」



全て知っている

だからこそ何も言えない


「ええっとお名前は?」


「谷下希です」


名乗った途端にも夜桜からの殺意が突き刺さる


「どうした夜桜?」


「いや…… もしかしたらこいつが〝篠崎塔子〟だと思っていたんだが……」


口から心臓が飛び出そうになった

どういう訳かこの夜桜という男は教団での一連を警察と共有している

谷下は発言しようと意識する度に苦しくなっていた


「そう睨むなや夜桜さんよぉ?

俺も明日があるんだから変に緊張で疲れさせないでくれや」


「っ……」


ーーそっか…… 染さんは明日 町内会で滅多打ちに遭うんだっけ……


「取り敢えず彼女を家まで送るよ」


「だが教団と関わって……」


「今日入信したって言ってただろ? 谷下さんは無害だって!」


「フン…………」


夜桜は何処からともなく見覚えのあるアサルトライフルを机の上に置き 風呂を沸かしにその場から消える


「それじゃぁ俺トイレしてから行くから先に外で待っててくれ」


「ありがとうございます……!」



ーー情に熱い所は変わってないな



一人玄関の引き戸を開けて肌寒い風を両手で擦りながら空を見上げる谷下は ただオーロラを見ていた

まだ生き残れるであろうとも 明日に不安を抱く身震いも含めて端から見ても彼女に余裕は感じられない


「出会えないと思っていたのに また巡り会えた

世界は狭いな…… まぁこの島が世界の全てなんだろうけどさ」


両手で穴を作って息を吹きかける

ゆっくりと漏れ落ちる白い吐息は乾いた暖かさを伝えてくれた

今は自分で自分を慰めるしか出来ずとも また知人に出会えた偶然は谷下の胸の内を落ち着かせてくれた


「フゥ…… ん?」


遠くの茂みで何かが動いた


「タヌキ?」


草の揺らぐ音は次第に近づいて

その正体が人だと分かった頃には恐怖で足がすくみ出す


「誰?!!」


「あぁ!! ママいた!!」


人影はアペルト荘でお馴染みのえりちゃんだった

草木を掻き分けて谷下の下へと駆け寄って来る


「えりちゃん…… なんでここに……?」


「ママを迎えに来たの!!」


あどけない笑みを浮かべて近づいてくるのはいつもの事

いつもの事の筈なのだが


ーーなんでえりちゃんがここにいるの? まさかここまで一人で歩いてきたとでも言うの?


畏れ故の頭の回転が修まらない


〝 えりちゃんには気をつけろ 〟


黒猫のカタとの会話が脳裏を駆け巡る

荒い息遣いの果てに取った谷下の行動は


「来ないで!!」


自分でも不本意だ

されど後戻りできない


「ママ……?」


「ちっ…… 違うの!! ゴメンねえりちゃん!! 今言ったのは不可抗力で…」


「……ねぇママ?」


「なっ…… 何?」


その途端 森が悲鳴を上げるかのようにざわつき始めた

空は雷雲に包まれポツリポツリと次第に強く 豪雨が谷下を襲う

まるで風の流れの中心にえりちゃんがいるかのように吹き荒れ

当のえりちゃん本人の表情は谷下からは見えづらい暗黒に伏せられた



「ママってさぁ…… 〝終わりアレ〟を見たの 何回目?」



口元だけで笑みが読み取れるが

それ以外は強引に恐怖を示唆させるかのような心臓を凍らせるドス黒いオーラが放たれていた



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