三十二話 二日目 とりあえず脱出しようじゃないか?
大勢の人間に囲まれて たじろぐ谷下
素直に捕まるしか無いと目を瞑ったその時だった
「お伏せくださいお嬢様!!!!」
何処からと投げ込まれた煙玉が 床に触れた衝撃で辺りに蔓延した
一瞬の出来事にパニックを起こす警官達は次第に目を擦り始めた
「なんじゃこりゃぁ!!!! タバスコ臭ぇ?!!!」
別方向からも散弾で投げ込まれる爆竹も追加されて現場はてんやわんや
その場に蹲っていた谷下をヒラヒラとメイド服を揺らして担ぎ上げる人影は
万全と言い切れるまでにガスマスクを着用してその場から悠長にスキップ混じりに出て行く
「ゲホッゲホッ…… えっ ミカンさん!!?」
「主のピンチに鼻歌混じりに駆けつける!!!! メイドたる者 柔よく剛を制すのです!!!!」
ミカンは人目に付かない非常口からドームを脱出し
急いで谷下が通って来た裏路地とは別の道へとダッシュをカマす
「エッホ! エッホ!
いやぁ二人だけでも案外上手く行くもんですね」
「二人?」
担がれてる谷下はミカンとは別の足音の方に目を向ける
「……ウソっ!?」
「……チワッス」
「……ティキシ?」
「そうっす…… 初めまして」
毎度四日目に現れた謎の少年ティキシだった
「なんでここいるのよ」
「……いつでも陰から見守ってましたよ?」
「……怖!!」
一方 聖堂内部から煙と共に外に吐き出されるかのように出てきたツムツム達
「クソォあいつら!!」
「ツムツムさん…… あの者達って……」
「〝寿老人〟と〝福禄寿〟
神話に出てくる名を借りて活動していた 行方不明だった筈の義賊のメンバーだ」
「追いますか?」
「あいつらが姿を消す時はまるで神隠しだ ……追うだけ無駄だな
当初の目的であるアイリーンをとっ捕まえたんだから今日のノルマはクリア
点数稼ぎせんでもこの地位を守れるだろ」
ツムツムは懐から覗かせていた拳銃をそっと仕舞い
大勢の警官の輪の中に消えていった
そして場所は谷下サイドに戻る
裏路地を抜けるといつもと変わらない街に出た
「ハァ…… ハァ…… 追ってこない時は諦められるのが私達です
もう大丈夫でしょう!!!!」
「ありがとう……」
「いえいえ!! では私は店に戻りますね!!」
振り返って再び来た道を戻ろうとするミカンを谷下は止める
「またあの偽りの世界に戻るの?」
「偽りですか…… 私は生まれた時から正直に生きてるつもりなんですけどね……」
「いや…… ごめんなさい」
「あの世界は幻ではありませんよ 人が生きていた証なんですから」
ミカンはニコッと微笑んで谷下に優しく弁解してあげた
谷下は気まずさを覚えていたが 気になることは他にもある
「ティキシとはどういった関係なの?」
「彼とは…… 王座を懸けて死闘を渡り合った戦友とでも言いましょうかね♡
まぁ結局は獅子に敗れて今に至るのですが」
「!!!? ……今獅子って言った?!」
ミカンは最後に言葉を吐き捨ててその場を後にする
「主を守るのは私達の責務です 形はそれぞれ異なれど…… ですけどね♡」
スキップしながら去って行く彼女は不気味なるも勇ましかった
取り残された谷下はチラッとティキシの方を見る
ティキシはリコーダーの練習をしながらまたしても消えようとしている
「……ティキシもありがとう」
「うっす! 身を隠そうともいつでも貴女をストーキングしてますんでよろですぅ」
「それ怖いから……」
「〝【約束の地下室】〟でお会いできることを願ってます」
「え?」
呆然にならざるを得ない状況を作られまくった谷下はしばらくその場を動けなかった
しかし意識を戻そうにもここが何処だから分からない
「初めて来た場所だ……」
人通りは少ないが取り敢えず感覚で覚えている方角を頼りにアペルト荘へと帰ろうとする
そんな帰り道を薄暗い中で歩いていると大体状況がハッキリしてくる
ーー迷ったでござる……
引き寄せられるかのように森と住宅街に挟まれた小道を歩き
鳥居のある階段に座ってこれからの事を考える谷下であった
ーーアイリーンさん大丈夫かな…… 悪い人では無かったなぁ 私生活は心配だけど
教祖の事はあまり知らない様子だったから あまり詮索する気にもなれなかった
事情を話して良かったのかなって思っちゃうけど心を開かせる寛容なオーラはやっぱり尊師なんだな……
これからどうしよう…… 夕貴姉さんと落ち合って状況を整理したいけど
人類滅亡を回避するまでもなく というよりもあの教団はほとんど無関係だったしなぁ
考えてる中で気になることはただ一つ 〝謎の男〟だ
ーーなんでその人は未来を予言できるのだろう もしかして私と同じなのだろうか?
いや…… それよりもその人は遙か昔に作られた産物を教団に寄付している
いやいや持っていたからとして何千年も保存が利くとは思えない
「……ミカンさんの言葉 あれは」
獅子というワードを初めて聞いたのは言うまでも無い 榊葉町長からだ
ーー緑の魔神と同じただの作り話だった筈なのに
似た言葉に触れるなんて偶然で終わらせて良いの? ……榊葉さんか
谷下は今まで辻褄が合う関連した出来事を繋げてみた
するとほとんどの記憶に榊葉という男が出てくる
ーー獅子という話を持ち出したのも榊葉町長からだった
死人さんを殺したのも彼だと言っていた もし謎の男も榊葉町長だとしたら
いや間違いない あの人…… なんで花火やら何から何まで持ってたんだろう
一つに絞る事でスッキリするかと思えば視野が狭くなることに焦りも生じる谷下は悶絶していた
奥から軽トラックのヘッドライトの灯りで我に返る彼女はその場から立ち去ろうとする
しかし軽トラは谷下の前で止まり その車窓はゆっくりと降ろされた
「こんな所でどうされましたぁ?!」
「えっ!!? あなたは……」
聞き覚えのある声と顔に谷下は驚きの表情を隠せなかった
「〝染さん〟……」




