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三十話 二日目 尊師アイリーン


花に水をやる庭師がこちらを見てくる

信者がここで待つように伝えると 自分の下に庭師が横歩きで近づいてきた


「アイリーン様に招待されたのかな?」


「はい……」


「それでは少々お話に付き合ってくれますかな?」


除虫する薬剤スプレーを二刀流で撒き散らしていた庭師は

ベンチに腰を下ろすとおとぎ話を提示した


緑の魔神シルバニアロットンというお話はご存じですかな?」


「子供の頃によく母から絵本を読み聞かせられました

確か故郷を失った主人公達が新天地を求めて辿り着いた場所が大地であり眠れる魔神だったって話ですよね?

核戦争の末に全ての大陸が海に沈み行く 世界が終わりを告げたタイミングで現れ

謎の魔神によって残された人々は救われたっていう感動の物語でした」


「覚えてらっしゃいますなぁ…… 私もよく読みましたよ

そのようなとてつもなく大きい生物が実際に存在していたらどれほど怖いかと思って読んでいましたが

最後はハッピーエンドで今までの誤解が弁明される瞬間はとても心地の良いものだ」


「プラス思考に偏見が無くなる時って気分が良いですよね!」


「だが不思議なことにこの絵本が著述された年代が判明しなかった

誰がいつの時代にどのような思いでこの物語を書いたのかを知ることで

さらに興味が深まるというのに誠に勿体ない話だ」


「……言われてみれば 物語の情報以外の一切が記されてませんよね

本には珍しい まるで話だけを真摯に伝えさせたかったかのよう……」


二人が話題に夢中になっている中

空気を読む素振りも見せない信者が帰ってきた


「尊師の許可が下りました!!!! どうぞ中へ!!!!」


谷下は庭師に軽く頭を下げ いざ聖堂の中へと足を踏み入れる

大理石のタイルをカツカツと響く音を鳴らせながら 谷下は聖堂の大扉を開く

中は教会さながらの構造になっており 身廊(しんろう)に幾つにも並べられた木製の長椅子

目線の上に目立つステンドグラスには魔神とそれに(すが)る小さな小人達が身を寄せ合っていた


ーーシルバニアロットン…… だから庭師さんが話してくれたのか……


全方位に陽の光で神々しく輝いているステンドグラスに見入る谷下

信者の祭壇前の壇上にある机をトントンと軽く指で叩く音と共に我に返った


「こちらの地下クリプトの奥にて 尊師様がお待ちになっております」


「はい……」


レバーを引くと壇上の机は横にスライドし

石造りの地下へ続く階段が現れた


「っ……」


微かに髪を靡かせる風が通り過ぎ それ故か地下の奥からは轟音がうねっている

信者にバレない程度の軽い深呼吸をすると 静かに一歩ずつ階段を降りた

明かりは持たされたランプだけ 先に何があるのか分かりやしない


ーー怖い……


さっきよりもあからさまに恐怖を実感している谷下の身体は震えていた

出口の見えないトンネルは希望の無い人生と一緒だ

谷下は所々目を瞑りながら歩き 今どこに居るのかさえも予測できない奈落の一本道


ーーいつになったら出口が見えてくるのよ……


何か考えてなければ気が狂ってしまう

そう思った彼女は今までのことを振り返った


ーー人類が二回も滅亡したのに生きている私

先の未来が見えたから島民を救えると高慢になった私

何の関係があるのか分からないけど宗教の中心部へと来てしまった私



……何やってんだろう 私



突如後ろから肩を〝三回〟叩かれた


「っ……!!!!」


「……なんで泣いてるの?」


「えっ……」


肩を叩いた女性が見た谷下の目からは 涙が溢れていた


「何を迷っておられるのかな? こんな場所で」


「私泣いてますか?」


「えぇ泣いてます…… 価値の無い涙

何かを知ってなければ流すことは無かったであろう

そんな不摂生な心の傷を作る者にお会いしたのは初めてじゃ!!」


女性に案内されるがまま付いて行く谷下に待っていたのは何の変哲もない地下室だった


「さぁどうぞ…… 貴女が求めている物はここにあるかな?」


「……」


扉を開けようとしたが躊躇していた

別にもう怖く無い筈なのに 手は震えている


「整理が付いていないみたいだね」


「はい…… 最近で目に見える物のほとんどが異常でしたので」


「興味深いなぁ…… 解脱とはまた別の…… 空虚にでも立ち会いましたかな?」


「夢です…… おそらく……」


「なるほど 曖昧な感情で涙を流す時は寝ている時だけだとワシは思っておるでのぉ……」


女性が扉を開け 谷下を招き入れた

そこは散らかった私生活丸出しの自室だったが

谷下にとってどれも目移りする物が散乱していた


アイリーンは赤と青のコントローラーの片方を谷下に渡す


「取り敢えずポテチでも食べながらゆっくりしていきなさい テレビゲームするか?」


谷下は考えることを一旦止めようと思った


「これは何?」


「弁天堂スティッチじゃ!! 大昔の日本が遺した世界的価値のあるゲーム機じゃぞ!!」


「そうなんだ……」


「ほれソフトを選べい!! モリパか?! トケモンか?!

ソロでしたいならサラダの仮説や死んでも集まれ動物の墓ってゲームもあるぞい?!」


「じゃぁこれで…… あなたがアイリーンさんですよね?」


「うむ!! ここカイコ真理教の二代目尊師〝アイリーン・サドラー〟じゃ!!」


この散らかる部屋から感じる今までに無い解放感

誰かと飲み食いしながらゲーム出来るこの時だけは無敵になれる気がした




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