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二十八話 二日目 昭和の世界


翌朝


「じゃぁ行ってきます……」


「ホントに行くの? 入信しても良い噂聞かないよぉ?」


「だから話聞きに行くだけだってば…… 宗教に目覚めた訳ではありません!!」


「最初は皆そう言うのよね…… 健全な身体で帰ってくるのよ!」


夕貴が懐から出した熊ちゃん柄の赤いハンカチで見送られる谷下は良い気分では無かった

しかし心配してくれているのだろうという気持ちは伝わったので手を振り返し

泊めて貰った恩を忘れずに教団が構える羨門街へと戻る


カイコ真理教の施設があるのは街の中心に並ぶビルとビルの隙間の裏路地が入り口になっているらしい

夕貴が事前に調べてくれたその場所に辿り着いてみると なんとも異様な

しかし不気味なものとは別に 何処か胸が高まる演出を思わされた


ーー……なんでだろう この懐かしい気持ち


手入れされた薄暗い場所を進むにつれ 視界が悪い中で徐々に身も心も洗われる感覚

幼少期の匂いが狭い路地を一方的に 風は立ち止まらせてまで心の底を聞いてくる


「……ここか」


裏路地を抜けると外壁で覆われた閉鎖的な場所へと出た

中心に構えるのは習字で書かれたカイコ真理教の看板で出迎えてくれる大きなドーム状の建築物

玄関先には見たことある統一された真っ白な衣類を着用した信者達がテーブル越しに笑顔で立っていた


「おはようございます!!!! ご入信の方ですか!!!? それは素晴らしい!!!!」


「えっ…… あっ…… あのっ……」


「こちらをお持ちいただいてどうぞ!! 〝セカイ〟は玄関から入ってすぐの扉を開いて!!

あなたが求めていた過去はもうすぐそこに!!!! そしてこれからいつでも傍に!!!!」


聖典を持たされた谷下 この時点で既に怖い


「こちらに名前を記入してください!!!!」


テーブルに置かれていた名簿をスライドさせてボールペンを渡された


ーーよし…… 偽名を使うぞ……


事前に心に武装してきた谷下は初めから騙されない意気込みだ

氏名・年齢・住所は絶対に誤魔化すよう常に内側にストッパーを挟む感覚でいる


「〝篠崎塔子しのざきとうこ〟さんですね!!!? それでは見学を楽しんで来てください!!!!」


「はい……」


駆け足で中へと入る彼女

それもその筈 入り口前の信者がずっとこちらを笑顔で見ているのだから


谷下は一呼吸を据えて覚悟を決める

惑わされない決心を秘めて いざ目の前の大きな扉を開けた


「…………えっ?!!」


ドームなのだからてっきり大きな広場に出ると思っていたら

一部屋分の小さくて真っ暗な空間に出た


「ここ…… なんだろ……」


すると目の前に吊されていたテレビ画面にさっきとは別の信者がハキハキと物を言ってきた


『ようこそお待ちしておりましたぁ!!!! あなたの見学する勇気!!!! 誰にでも出来るものではありません!!!!

私は施設ここの案内人です!!!! とは言ってもあなたを案内出来るのはこの個室までですがね

これから説明しますは至極簡単!!!! あなたの希む場所を選択!!!!

黒くて見え辛いこの場所四面の壁には扉があります

もちろんあなたの後ろにあるのは【戻りの扉】

右サイドは【昭和への扉】 左サイドは【平成への扉】

そして目の前の【明日への扉】へと続く四つの世界が広がっております

これから自分の決断で昭和と平成の世界を見学して頂き 最終的にどの世界で生きていくかを決めて貰います』


「……明日は見学出来ないのですか?」


『それでは説明は以上です!!!! see you!!!!』


動画だと分かった時の恥ずかしさは半端なかった

一方的だったテレビはそのまま何も反応を見せず 谷下はとりあえず扉の前に立ってみる


「ここは確か〝昭和への扉〟……」


満を持してノブに手を付けて見る

捻ると同時に漏れてくる光は真っ暗な部屋を明るくした


「昭和の世界……」


大して外と変わらなかった

しかしそれは町並みだけであって気になる物がいくつも目に留まる


「硬い紙を地面に打ち続けている…… あっちは樽にビニール巻き付けて独楽をぶつけてる……」


本で読んだ昭和の心象風景

だけどこの世界を見ていると 本には欠けていたもので溢れていると分からされる


「危ない!!」


「えっ…… うわぁ!!」


谷下の頭上をかすめて飛んできたのはゴム巻きの鉄砲弾だった


ーー……えっ!! 攻撃されたの私?!


「スマンスマン!!! チャンバラをしていたんだが流れ弾で怪我をしていないかい?」


「……大丈夫です カスめただけなので」


自分よりも年上のおっさん達がヨレヨレのシャツに短パンの格好ではしゃいでいた


「あらお帰り塔子ちゃん!!」


「えっ……?」


「お腹空いてないかい?!! 今日はカレーだよぉ!!?」



ーー塔子は偽名…… なんで……



谷下はたじろいだ 黒い部屋へと戻ろうと後退りに身体が傾いている


「ん? どうしたんだい塔子ちゃん!! 具合でも悪いのかい?!!」


「何でもありません!! 何でもありません!!!!」


辺りを見渡せば子供の様に遊んでいる大人達が谷下には理解出来なかった

中には自分と歳の近い人間も混ざっており 年齢関係なく仲睦まじく大人げない行動をしていた


「しっ…… 失礼します!!」


ドアを開けて勢いよく閉める

暗い部屋で一人息切れを起こしていた谷下は漏れている微かな光に焦点を当て平静を取り戻す


「ハァハァ…… 普通に人が生活していた…… ドーム内部の住人も信者だよね?」


帰って整理したいと思ったけど

どうせなら残り二つのドアも開けて見ていこうと再度呼吸を整えて

〝平成への扉〟のノブに触る


ーーっ……!! 平成はどんな世界なんだ……!!


そこは高層ビルが建ち並び

見渡す限り 個性溢れる店舗が密集していた




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