二十五話 一日目 ジャック・イン・ザ・保健室
小中高とエスカレーター式の教養団地を懐かしく見渡している谷下
【町立子々孫学校】は自分の母校の筈なのに
知らないことが隠されてると分かれば見慣れた建物もいつもより大きく見えた
「え~と…… OGは普通に校舎に入っていいんだっけ?」
ソロリソロリと忍び足で玄関に入る谷下
教員用の下駄箱からスリッパを拝借し 目立つ行動をせずに職員室へと赴く
学生時代でさえも気軽に入ることの出来なかった職員室に堂々と入る
「失礼しまーす……」
「……あらぁ?!」
おそらく授業中だろうと思えるくらい人が少なかった
女性教員の人が谷下の顔を伺っていると
「希ちゃん?!」
「ご無沙汰してます佐分利先生」
「卒業してしばらく見なかったけど…… あれ? 羨門街に行ったんじゃぁ?」
「こっちの都合で少しの間だけ戻ってきたんです
用事が済めばすぐに帰るんで…… 母校を見納めに来ました」
「そうなんだそうなんだ~~ ほら座って座って! 今お茶出すからね~~」
角の応接間に招待された谷下は目的を一旦保留してお世話になった教員と話すことにした
「保健室の先生なのに一番佐分利先生が印象に残ってますね」
「そりゃそうよ…… 神聖な医療現場を溜まり場にしてくれちゃって~
それだけ怪我人が少ないってことでもあるんだけどね」
「アハハ…… すみませんでした」
「夕貴ちゃんだっけぇ? 二人でよく来てたわよね~ あの子も元気してる?」
「さっき会ってきました お変わりなく健在でした」
「それは良かった…… お昼になったら一緒に校内を見回る?」
「それもいいんですけど…… 実は大したことのない目的がありまして
佐分利先生…… 預言の書ってご存じですか?」
「あら懐かしい! 興味は無かったけど生徒達が盛り上がってたわねぇ」
「その論文って何処にしまってあるか覚えてますか?」
「さぁ…… 希ちゃんも知っての通り 噂にはなるけど誰も見たこと無いのよねぇ
なにせ内容が過激だったってこともあって処分されたなんて話も出てるのよぉ」
「そう…… なんですか……」
空になったお茶請け皿を台所に持っていく佐分利は気掛かりなことを小声で発す
「だけど〝開かずの間〟になら……」
「あぁ…… ありましたねぇ
捨てるのがもったいない学園祭で作った小道具らが眠ってるんですよね」
「思い出という名の無くし物が見つかるで有名よねあそこ!」
「……やっぱり処分されちゃったのかなぁ」
ーーそりゃそうだ 悪い道へ進み兼ねない教唆が記されてる本だろうし
谷下がお茶を啜りながら諦め掛けたそのとき
「そうだ佐分利先生!! 千代子さんって生徒を探してるんですが知ってますか?」
「それなら保健室で待ってればいいんじゃないかな?」
佐分利が保健室の鍵を渡してくれた
千代子って生徒は今の保健室を溜まり場にしているのかとクスッと笑う谷下は思い出の場所へ向かう
保健室はガランと殺風景で消毒の臭いが心をノスタルジックに掻き立てる
馴染みのソファーで寛いでいると
カーテンで閉め切られたベッドが気になっていた
ーー先客のサボり君かな?
佐分利先生の下に集まる仮病者をサボり君と馬鹿にしていた谷下は
忍び足で近づき そのカーテンを開けてみると
「私に近づかないでぇ!!!!」
「ギャァァァ!!!!」
病人にしか見えない青ざめた患者が谷下に襲いかかった
正確には拒もうと谷下を押し返そうとした弾みに少女自身も床に落ちしまったのだった
「ゲホッ! ウェッホ!! ハァハァ」
「だ…… 大丈夫?」
「……え? この声?」
少女は弱々しく起き上がると 朦朧とした視界で谷下の顔をジッと見つめた
「お…… お姉ちゃん?!」
「え?」
すると保健室の扉が開かれ
慌ただしくポカリを携えた生徒がこちらに走ってきた
「ちょっ!! 大丈夫なの? 〝三木〟ちゃん!!」
「ゲホッ! ゲホッ!」
抱きかかえてベッドに寝かし直す生徒はポカリを与えてカーテンを閉めた
「驚かせてすみません あの子酷い風邪を引いてるみたいなんです」
「えーと…… もしかして千代子ちゃん?」
「えっ? 知り合いでしたっけ?」
「図書館の夕貴さんからあなたのことを教えてもらったの
あそこの常連なんだってね 文豪に興味があるの?」
「えっ…… まぁ小説を読むのは好きです だけどどっちかと言えば中太……」
「チューダ?」
「あっ何でもないです!! それより何か用ですか?」
「ここにある預言の書って知ってるよね? その本がどこにあるか聞きに来たんだけどさ……
佐分利先生に聞いたら処分されてるって言われちゃってね」
「あなたも探してるんですか?! 私もなんですよ!!
放課後時間ありますか?! 一緒に探しましょうよ!!!」
「えっ…… あ 別にいいけど」
「じゃぁ放課後まで三木ちゃんの看病お願いできますか?」
「ベッドで寝ている子 三木っていうの?」
「名前を聞いたらそう答えましたよ? それではお願いします!!」
チャイムが鳴ると同時に 千代子はダッシュで教室へと戻っていった
振り返ると再び静かな保健室に戻っている
谷下はソファーに座り直すとカーテンを見つめ続けて特に何もしなかった
ーー三木…… 三木…… 思い出せないなぁ……
〝お姉ちゃん〟って呼ばれたけど誰かと勘違いしたのかなぁ?




