二十三話 一日目 最初の朝
バスの車内で目が覚めた谷下は深く考えることもせず
そのままバス停を降りてアパートへと向かった
「ハァハァ…… 死人さん!!」
既に馴染んだ道程を駆け抜けて
荒い息を吐きながらアペルト荘の玄関へは入らず
中庭の方へと赴いた
「ハァハァ…… 死人さん何処にいるの?! まさかまた見えなく……」
〝 おーい! こっちだこっち! 〟
白くボロボロの服を靡かせていた死人は屋根の上で谷下に手を振っていた
普通は朝っぱらであろうと絶叫ものだが 彼女の目は涙ぐんで笑っていた
「騒々しいねぇ!! 誰だい朝っぱらからぁ!!」
戸を開けて出てきた大家さんに謝罪と挨拶を済ませた谷下は
さっそく自室で事の顛末を聞く 何せ自分は寝落ちていたのだから
〝 想いを告げたよ 好きですって 〟
「キャーー!!!!」
〝 五回目の告白だ 特に新鮮味もない話だよ? 〟
「いやぁ違うんですよ死人さん
なんと言いますかこの達成感…… 尋常じゃないね!」
〝 そうか…… それで今回はどのような行動を起こすんだ? 〟
谷下は死人の言葉に首を傾げる
「教えてくれないんだ…… 記憶を失う前の私は何をしていたの?」
〝 ……言っただろ 物事を整理していかなければ道を踏み間違う 〟
「でも何も知らなければ繰り返すだけだよね?」
〝 ……っ!! 〟
険しい顔で凝視してくる谷下に死人は圧で負けてしまう
畳に座る死人はしばらく頭を悩ませた後 決心する
〝 どこから話せばいいか正直戸惑っているが
前回も話した通り 貴女はいつなんどきでもイベントを起こしていた
記憶を失うときはハプニングと言うべきかな 〟
「そうだよね…… 眠らないで死ぬときもあるんだよね」
〝 そう…… 死ぬときは常に初見殺しだった 〟
「死人さんは私をどうしたいの?」
不快を感じていた
躓きながら情報を提示する話の中身が不安定な死人に
今は恐怖すら感じてしまう程に
〝 谷下先生は同じ時間であれば流れもそのままだと思っているのかい?
例えば四日目なら ハナビを打ち上げた時間帯に君達は灯台でピクニックする未来になっただろ? 〟
「あっ……」
〝 周りは変わらないさ
だけど貴女は違う 行動の種類が多いほど未知数の分岐点が現れているんだ 〟
「なら尚更〝答え〟を教えてよ! 私はどうすればいいの?! 行動次第で人類滅亡の日を免れるの?!」
〝 ……それを言えるのか だが皆までは言えぬ 未だ出会えていない人材が多過ぎるからだ 〟
「協力者ってこと?」
〝 そうだ…… 何故私の口から〝ハッキリ言えないのか〟の原因の一番はそこにあるんだ 〟
「どういうこと?」
〝 私達は未来を変えることは至極容易なのだ…… 故に上手く行く筈の未来が悪い未来に変わることもな 〟
雨は降らず 晴れ続き
されど雲の形が変わることなど 誰も気にも留めない
〝 慎重にかつ 道草を楽しんでくれ
私はしばらく姿を消す 私が知る限りの危険な未来が訪れた時 再び現れると誓おう 〟
死人はフヨフヨと天井に上昇し
別れの言葉も告げずに通り抜けて行ってしまった
「危険な未来……」
完全に意味不明な事態に巻き込まれているのは確かだが
知ってしまった以上 普通の生活に戻れないと自覚する
「大家さん 電話を貸してください」
「玄関のとこにあるからねぇ~」
谷下は決断した
四日目以降の明日が訪れない恐怖を利用してやると
震えて眠るだけの今を克服する為に思い切った行動に出る
「もしもし……!」
『もしもし こちら市役所観光課です』
「あの…… 明日からそちらで働かせて貰う谷下希という者ですけども……」
『あぁどうもどうも! 私は高山と言います それでどういった……?』
「一身上の都合により 四日間休みをくれませんか?」
『ハッハッハ! 緊急って感じだねぇ!
本来なら今日明日にでも人手が欲しい所なんだが了解しました!!』
「すみません よろしくお伝え願いします!」
受話器を置くと手汗を見て納得する
実質サボりだから仕方のないことかもしれない
だけど谷下は既に腹を括っていた
死人さんと出会って混乱もあったが 逆に現実を受け止められた
「おやぁ? 何処行くんだい?」
アパートに来たばかりの谷下が荷物まとめて出掛ける姿に 大家は驚きを隠せない
「今日は今までにない夕焼け日和なので街を探索しようかなと……」
「それにしたって着替えとか詰めて…… 温泉巡りかい?」
「そー……ですね! 泊まるかも知れないんで!」
「そうかい…… 残念だねぇ 今夜は食卓囲んで歓迎会でもしようかと思ってたんだけどねぇ」
「ウッ!!」
このとき谷下は 死人の言ってることが身に沁みて理解した
一日に四回往復する朝に乗ってきた戻りのバスに 再度乗る彼女は羨門街を横目で追い抜いている
ーー戻ってくる気は無い
到底信じてもらえない話を聞いてくれるアテがあったからだ
今回の四日間の人生で私は この街とは赤の他人になるんだろうな
後悔が襲ってきた されど後悔を振り返っても背後には絶望があった
苦渋の決断をせざるを得ないと分かっている以上 止まれない
ーー〝人を救う〟 〝出会っていない明日を取り戻す〟
ビクビクしないで向き合おう やれることがあるならやってみよう
何も出来なかったら どうせ最初に戻ってしまう 最悪記憶も無くなってしまう
それはつまり…… 今の私が死ぬということ
谷下に自由は無かった 恐ろしく敷かれたレールの上をただ希望もなく歩いてるかの様
続くトンネルは真っ暗で 辺りを見回す価値も無い空虚
バスの中で考えていたことはと言えば 世界を救うよりも次の行動
教科書にも書かれていない白紙の地図をどう自分がなぞっていくのか それだけだった




