二十二話 四日目 初めて告げられる愛の叙情詩
潮風の香りが途絶えた凪の 世界の四隅で
来る筈のないバスを待っているかのような老婆とその膝で眠りに就く女性が二人だけ
老婆の方は独り言か はたまた眠っている女性にか 人目も気にせず話しかけていた
「背が伸びたねぇ~~ そんな見上げるほどアンタは化け物じゃなかった気がするけどねぇ」
〝 浮いているだけだ…… 人に見せられる物でないのは確かだ 〟
「……なんだい 30年振りに会ったっていうのに 生前とまるで変わってないじゃないかぁ」
大家は懐から煙草を取り出し
灰が谷下にこぼれ落ちない様に頭を後ろに引いた
「どうしてたんだい…… 今まで」
〝 貴女に取り憑いていました
貴女の身体のことを考えて 数日前からそちらの恩人に取り憑いています 〟
「のぞっちゃんが見た幽霊ってアンタだったのかい……
どうだい! 名無しの墓は気に入っていただけたかい?」
〝 名乗らなかったのは申し訳なかった
名を知られて貴女から呼称される時が来たとき
私は自分の気持ちに正直になってしまってたかもしれない 〟
「そんな理由で名乗らなかったのかい…… 半世紀で染みついたアンタの名を死人から変更出来ないよぉ?」
〝 構わない…… 待たせて悪かった 〟
死人は海の向こうを見つめる
日が沈むとき それは
〝 今日は人類最期の日です 〟
「そうかい…… そりゃぁびっくらこいたねぇ」
〝 ……貴女を迎えに来ました 〟
「死因はなんだぁい?!! 煙草吸いすぎてポックリってかぁ?!!
ん~~~アッハッハッハッハ!!!!」
無音が続く野外で賑やかな笑い声のみが辺りに響く
夕陽の眩い光でその笑顔を見れた死人は 泣くことも出来ない顔で
〝 私と!!! 結婚して下さい!!!! 〟
「っ……」
〝 辛かったんだ!! 三十年間!! 貴女の傍に居られるのに 次第に貴女は目を合わせてくれない!!
肌がヨボヨボになってもずっと独りの貴女を見ているのが苦しかった!! 心が無いのに苦しい!!
貴女が生きている時も!! 死んだ後も!! ずっとずっと私は寂しかった!!
でも貴女はいつでも明るかった 昔からそんな気の強い姿を見てきました!!
一緒にいたい!! 一緒になりたかったです…… 〟
「……そうかい」
大家は思い出してた
ずっと肌身離さず持ち続けた手紙の内容を
この瞬間を待ち続けていた干からびた恋心を
〝 七年後の貴女へ
あの時は断ってしまって申し訳ありませんでした
小学校から知る貴女から 突然告白された時は驚きのあまり無表情の私ですら顔を歪めたかと思います
この手紙を読んでいる頃には 貴女は立派な大人になっているかと
どの花を着飾っても似合う 私なんかには勿体ないくらいの美と箔が後ろから付いて来ているのでしょうね
時は進んで 繰り返さない この美しき世界で貴女を待ち望むことがどれほど楽しみか
もしもそんな私の心に温かい愛を与えてくれた貴女が 約束の日に私とまた対面してくれるのなら
おそらく私はこの手紙を持ちながら こう言うでしょう 〟
〝 ずっと前から…… 貴女のことが好きでした!! 〟
「……そうかい」
大家の目が乾く様な熱風が近づいてくる
彼女は察した この世の終わりを それだけ今が鮮明
この瞬間を大事にしたい そう思った大家は涙を拭いてくれた地獄の業火に礼を言う
死人の顔をハッキリと見つめ 天災にも負けない赤らめた面影を残して
「不束者ですが よろしくお願いいたします」
〝 ……こ こちらこそ!! 〟
「まぁ座りなさいよ 今日が最期なんだろぉ?
地球最後の日くらい隣に居てくださいな ……いいえ 居て下さい」
〝 はい…… 失礼します 〟
「固いねぇ…… 最後の最後までアンタに裏切られないで とても幸せでした」
触れ合うことは叶わずとも その手と手を離すことはなかった
一度闇に包まれた世界は一変して真紅に燃え上がり
焦土を表す土煙の波は島全体を飲み込んで今日この日 人類は滅亡した




