二十一話 四日目 黄昏時
酒も進んでブルーシートの上で泥酔状態の大家をほっといて
谷下達三人は柵に手を付けて海を見ていた
「海も空も…… 本来は青かったんですよね?」
「昔はねぇ 今は真っ黒に映っちゃってるけど昔はきっと綺麗だったんだろうなぁ」
「いつか一体化した景色が見れることを祈りたいですね」
「じゃぁえりちゃんが海に潜って真っ青にしてあげるね!!」
黄昏れる谷下とアカリヤミに えりちゃんはいつにも増してとんでもない発言をぶちかます
されど二人は微笑ましく笑うことしか出来なかった
「…………」
谷下だけに見えた死人からのサイン
「……私ちょっとトイレ行ってくるね!」
「行ってらっしゃいです」
ちょっとした嘘をついてその場を離れ
人気の無い所から手で呼びかける死人の下へと駆けつける谷下
「死人さんって地縛霊じゃなかったんだね てっきりあのアパートから離れられないと思ってた」
〝 地縛霊ならむしろ自分の住んでた借家に居着くもんだろう……
それより気付け! あの子がいないぞ?! 〟
「……え?!」
茂みから振り向く谷下は驚いた
ブルーシートで酔い倒れていた大家の姿が無いことに
「なんで?! 何処に行ったか見てないの?!!」
〝 散歩だと思っていたが帰って来なかったんだ ……すまん 〟
谷下はアカリヤミ達にも知らせ 大家の捜索が始まった
アカリヤミはえりちゃんと一緒にそう遠くない場所を捜す様に指示する
自分は海沿いを探そうと走り出した
「ねぇ死人さん!! こんな時に話すことじゃないけど あの〝ティキシ〟って名前の小学生知ってる?」
〝 ………… 〟
「??」
〝 上手く説明できない 〟
「ハァハァ…… 説明出来ないこと多いね死人さん」
谷下は立ち止まった
幽霊が見える時からざわついていた 理解の範囲を超えた現実に自分は不安がっている
「ねぇ…… 何を隠しているの? いいえ どれくらい私は知らないでいるの?」
〝 気付いているか…… だが時には順を踏まなければ受け止めきれないこともある〟
「……今は大家さんを探す それが正解だよね?」
〝 正解か不正解で返答するのであれば 不正解だ
何故ならあと数時間後には人類が滅亡する 貴女が一番その身で実感しているのだろう? 〟
「っ……!!」
谷下は下を向いてしまった だけど握った拳は自分の次の行動を示す
「どうせ無意味なんだろうけど…… 今やらなきゃならないことは分かってる」
〝 ……割り切れるのか? 運命に 〟
「普通なんだよ…… 私以外からしたら普通の今日で明日が来るって信じてるんだ
私が特別なのはもう認める 今回で受け入れるしかない
だけど大家さんは多分だけど あなたを失った事を今でも昨日の事のように思ってるんだ」
〝 谷下先生…… 〟
「私も大家さんも時間が止まってるんだよ
私の方は救えない話だけど大家さんは違う 常に同じように後悔し続けるんだよね?!」
〝 ……正解だ 〟
「だったら探しに行くよ死人さん!!
あなたの話では私は何度もあなた達を出会わせている
死人さんからしたら もう飽きてるの?」
〝 ……そんな訳ないだろう 会えるものなら一日でも長くあの子の瞳を見たい 〟
「……だよね!!
大家さんから聞かされていた死人さん とっても素敵な人だったもん」
〝 ……変わらないことが地獄の未来で 変わらない貴女は救いだった 〟
「……エヘヘ! それに私が同じ事を繰り返す利点は過去の功績を知れる事にある
ループは一旦置いといて 私は二人を出会わせることが出来るんだよね!!」
急いで探しに行く
海岸沿いに進む事は間違いではなかった
道路に建てられたバス停のベンチに座っている大家を見つけたのは既にオーロラが見え出した夕暮れ
「おやぁのぞっちゃん 迎えに来てくれたのかい?」
「ごめんなさい大家さん…… 変に辛い過去を聞いてしまって」
「……ここ最近 様子が変なんだよぉアタシ
軽い気持ちで昔話をしてやったつもりなのに 遠い過去に置いてきた筈の重い荷物を
いつの間にかまた引っ張っちゃってるんだよねぇ 年寄りになると気が小っちゃくなってやだねぇ」
「っ……」
遠い海を見つめる谷下は水平線上に接触する太陽を見つめる
ーー〝妖怪と遭遇する逢魔が時〟
幽霊も妖怪の仲間に入るかどうか知らないけど 死人さんが大家さんと出会うタイミングは今しかない
しかし
「どうしたんだぁいのぞっちゃん?」
「……見えていないんですね?」
谷下はひたすら考えた だけど
亡くなった人と生きている人間を繋げる手立てを知らない
「大家さん! 握手して下さい!!」
「えっ! あぁ……いいけど」
そして彼女は死人にも手を差し伸べた
〝 ……?!! 〟
間を繋いだ谷下は気を失う だが間違いなくこの時 交わることの無い世界線に結び目が現れた瞬間だ
座っている大家は早急に彼女を抱きかかえ 膝の上で寝かせて上げる
「走って疲れちまったのかねぇ…… ありがとね」
頭を優しく撫でる大家は
一日で最も夕陽が強く輝く瞬間を目の当たりにしていた
「綺麗だねぇ…… 知ってるかいのぞっちゃん
大昔はこの時間帯を〝夕方〟と言っていてね 一日で最も短い景色だったんだよ」
〝 あぁ…… 知っている 〟
大家は目を瞑った
最も聞き慣れていた筈なのに遠い昔の懐かしい匂いが漂ってくる
「おぉやアンタかい? ……ホントにアンタかい?」
〝 待たせてしまって悪かった
また…… カワタレドキに貴女に会えて良かったよ 〟




