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一話 一日目 新生活


潮風が吹き上げる坂のバス停から見下ろせる この島の港町に一人の女性が地に足を着けた

ガードレールに沿って歩道を歩く彼女はそこまで変化もない普通の町並みを見下ろしながら近づく


「思った以上に都会ね…… ここで私の新しい人生が始まるんだ」


踏切を渡り せせらぎをBGMに橋を渡ると十字路の住宅街が出迎えてくれた


「【アパート・アペルト荘】

確か駅の近くって言ってたけど…… 川向こうでアバウト過ぎるし……」


手書きの地図を唯一の頼りにため息交じりに歩を進め

屋上で干からびる花壇に囲まれた大きな看板へと辿り着いた


「ここだここだ! ……人いるのかな?」


クセが強いドアの軋む音と共に中へと入る

奥まで続く渡り廊下を見渡せば殺風景で 玄関脇に置かれている花瓶もまた干からびていた


「あぁぁハハハハァ!! いらっしゃぁい!!」


六十くらいの紫色の髪をしたオバちゃんが煙草を咥えながら出てきた

よく見ると出てきた場所には【大家の根城】と書いてある


「よくここがわかったねぇ!! 道に迷わなかったかぁい?!」


「えぇ…… お陰様で…… でも駅の近くは盛り過ぎかなと……」


「あぁぁッハッハッハァ!! ついつい土地を良く見せたくなっちゃってね~~

まっ!! お年寄りの情けで許してなぁ!! アンタの部屋は【425号室〝壙穴の間〟】だよ」


ユラユラと揺れる鍵を渡されて 大家は根城へと帰っていった


「……ありがとう ……ございます」


色々と確証も無い不安の中 彼女は再度この空間を見渡して見る

自分の部屋の名前も不吉だが よく見るとおかしな部屋は一つに留まらない

〝壙穴の間〟〝墓穴の間〟〝穴の底〟〝墓地の間〟〝埋葬の間〟〝大塚の間〟

全部の部屋番が不思議と気味が悪い


ーー大家さんの趣味なのかな


とりあえず自分の部屋へと入る 入ってしまえば中は普通の一間だ

キッチンもトイレも風呂場もある


「なんとかなるでしょ!!」


障子を引いてガラス窓を引く

丁度海が見える方へ住めた事を今日イチのラッキーということで


「……よし!」


新生活との覚悟を決めた彼女はスーツに着替えてビジネスバックを背負う

外は夕焼けだけど心は快晴の青空気分で部屋を出た すると


「ねぇママ!!」


「え?!」


渡り廊下に一人の幼い少女が


「……あなたは誰ですか?」


「おや〝えりちゃん〟じゃないの~ 今日も元気だねぇ!」


大家さんからえりちゃんと呼ばれる少女は満面の笑みを残してその場から立ち去ってしまった


「あの……」


「隣の部屋に一人で住んでるいるのさぁ 珍しくもない親無しの子だよ

ご飯を作ってやったり風呂に入らせたり ……部屋の掃除は自分でさせているけどねぇ」


「そうなんですか……」


「寂しさを隠せる子でもないから アンタのことをつい〝ママ〟って呼んでしまったのかねぇ

んで? まさか今日から出勤かい?」


「いえ… 勤め先に挨拶しに行くだけですよ」


「そうかい! 律儀だね~~

それはそうとまだ名前を聞いてなかったねぇ」


「あっ! 申し遅れました!! 改めまして〝谷下希ヤシタノゾミ〟です!!

今日からよろしくお願いします!!」


深くお辞儀をする谷下

煙草を持った手に振られて見送られる彼女の行き先は【町役場】だった


敷地は広くないが庭の手入れもしっかりされており

外観も新品同様の美しい建物が構えられていた


「あの~ すみません~」


「はいぃ?!!!」


「あの~ 明日からこちらでお世話になる谷下という者なんですが~」


「んぁ~~~~……… はいぃぃ?!!!」


耳が遠い清掃員に足止めを食らってしまった谷下は困ってしまった

すると中から姿勢が真っ直ぐの職員が気さくに声を掛けてきた


「いやぁようこそ谷下さん! ここ羨門街せんもんがいの町役場へ!!」


「あっはい! お世話になります! 谷下希です!」


「今日は見学にいらっしゃったのかな? どうぞこちらへ 案内します」


「よろしくお願いします」


職員に案内され 役所内部へと足を踏み入れた彼女は手に取ったノートに見た物全てをまとめている


「仕事熱心なのは関心なことです…… 私も嬉しい! 確か君の配属先は観光課だったね?」


「はいそうです!」


羨門街は島一番の人口を誇っており 島内で最も盛んな港町だ

故に役所にも職員と住民合わせて常に密度が濃く 賑やかな声で盛り上がっている


「祭の予算がまた削減されたってよ……」


「住民から非難の声が上がられちゃぁ… 何の為の伝統か迷走しちゃいますよね

年々と〝赤い空〟のせいですから こう明るくちゃぁ〝オーロラ〟も不満がってますよ」


「海の気温が上がって不漁も続いている……

動物にウイルスが感染したら肉も拝まなくちゃいけなくなるな~」


「大気とオゾンが不安定なのも原因ですよね~ おかけでオーロラが見れるなんて皮肉ですよ」


愚痴と不満が入り走る事務所に谷下はソファーに座っていた


「すいませんねぇ…… でもこの空気は慣れてもらわなければねぇ」


「あっ大丈夫です!」


お茶を出されて一啜り

時間もお昼なので場の空気も一息ついて谷下と案内してくれた職員も一段落


「お食事は済まされましたか?」


「お腹は空いてません…… あとこれ つまらない物ですが」


菓子折を受け取った職員は代わりに名刺を差し出した


「申し遅れました 私はここ観光戦略部の観光課の課長を任されております〝高山和義タカヤマカズヨシ〟です」


「……フフ 上司だったんですね?」


「えぇ! あなたという新しい部下のことを知る上で立場を隠させてもらいました」


「改めてよろしくお願いします」


時刻は夕暮れ

夕飯の食材を買うために賑わう商店街へとやってきた谷下は改めて住民のいる町並みを見て楽しんでいた


食材の値段を負けてもらえる八百屋の店主に元気を貰い

人の波に流されながら帰ろうとする谷下のいる近くに置かれているラジオから

定期的に流れる活気ある声が商店街に響き渡った


『どうもぉ! センモンガイレディオからお送りしております

毎度お馴染みDJタカヤマーンでぇす!!

小さな島を大きな大都市に! 今宵も皆様の声を受け取って清き世論へと繋いでいきます

それではさっそくぅ この曲に乗せて声を拡散して行きたいと思いまぁす!

今日のリクエスト曲は〝白百合は御敵の色〟』



ーー私はこの町の住民を今よりも盛り上げないといけないんだ



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