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十六話 二日目 遺留の想い出


「自殺だったらしい…… 一言もなく逝っちまって理由もわからない

私が急いで駆けつけたときには真っ黒な死人さんの出来上がりってわけさ!」


ヘラヘラとオチを持ってきて手応えを感じたのか

だけど当たり前なことに谷下達は笑えない


「………まぁ 事件当時のアタシは泣きじゃくったよ 四十手前のおっさんの死に他人の女がワンワン泣いたさ

伝えたいことも知りたいこともあったのに そんな簡単なことが出来なくなると知ったら辛かったさ」


大家が溜息を着いてその場の空気を窺うと 谷下とアカリヤミは号泣していた


「……鑑識がその家があった土地から立ち退いて

現場保全が解放されてやっと思い出の場所に足を踏み入れられた

残っている物で目に付くのは大漁の本が全焼している背景

……確か死人さんは〝小説〟を書いてた気がするから特に驚かなかったねぇ

何か他に残っている物はないかとオーロラが見えるまで必死に探してさ」


「…………」


見つかって欲しい

既に谷下は大家の話に聞き入って祈るように両手を握っていた


「結局何も出て来なかったから諦めて帰ろうとした

だけど帰り際 火の追っ手を免れた玄関の棚で物音がしてさ 中を開けたんだ

するとそこには二通の手紙が置いてあったのさ 片方は封に名前が見当たらない他の誰か宛に

そしてもう一通はアタシ宛てだった」


「っ………!!!!」


「中身を読むとねぇ なんともつまんない恋文だったよ

〝 七年後の貴女へ

あの時は断ってしまって申し訳ありませんでした

小学校から知る貴女から 突然告白された時は驚きのあまり無表情の私ですら顔を歪めたかと思います

この手紙を読んでいる頃には 貴女は立派な大人になっているかと

どの花を着飾っても似合う 私なんかには勿体ないくらいの美と箔が後ろから付いて来ているのでしょうね

時は進んで 繰り返さない この美しき世界で貴女を待ち望むことがどれほど楽しみか

もしもそんな私の心に温かい愛を与えてくれた貴女が 約束の日に私とまた対面してくれるのなら

おそらく私はこの手紙を持ちながら こう言うでしょう ………… 〟」


「まさか……」


「ここで終わり…… 多分だけど二十歳になった私の前に現れてこの手紙を読み

一晩中考えてきた恥ずかしい事でも言おうとしたんだろうねぇ」


「……なんで自殺なんか」


「人生楽しくなかったからだろうねぇ……

もうちょっとアタシも早く酒が飲める歳になってたら 励ましの一つでも言ってやれたんだろうけど

約束の日はその〝酒が飲める歳〟だったからねぇ 全く皮肉なもんだよ」


「……もしも自殺しなかったら ここに死人さんもいたんですよね」


「アタシもそう思って引き摺って来たんだよ お見合いも気乗りしないもんだからずっと独り身さぁね

旦那なんて言ってるけど 幻覚が見えちまうほど重症な ただの〝空気嫁〟ってことさぁ!」


「何故に笑いを持ってくるんですか?!!!」


落としどころが完璧だと実感した大家は煙草を美味そうに吸い始めた

まるで時が止まっていたかのようだったと感じる谷下は疲れで天井を見つめていた


「さぁて!! 子供は寝る時間だよぉ!! のぞっちゃんは皿洗いを手伝っておくれぇ!」


「「「 はぁい! 」」」


子供は寝室へ行き 台所は大家と谷下の二人だけになった

大家はなんとも思っていないが 谷下は話の内容だけに気が重く会話を生み出せない


「……なんで死んじまったんだろうねぇ」


「……やっぱり寂しかったんですかねぇ」


「空白を作っちまった三年で何か出来ることはあったのかねぇ 過去に戻れるなら戻りたいよ」


「っ……」


大家の言葉に自分の身に起きたことを思い出す谷下


「あの…… 大家さん」


「なんだい?」


「……いいえ 何でもありません」


こんな話を今しても嫌味以外の何でもない

自分が過去へ戻ってるなんて 怒りを買うだけだろう


「のぞっちゃんは彼氏いるのかい?」


「いません!!」


「そうかい! のぞっちゃんは年上と年下ならどっち?」


「……年下ですかね!!」


「ンハハハハハ!!!! じゃぁうちの旦那と同じだねぇ!! このスケベ!!」


「……ハハ ですね!」


食器を棚にしまったらタオルで手を拭いている谷下は椅子で一杯やり始めた大家に一言入れる


「じゃぁお先に休みます」


「連れないねぇ! 一杯付き合ったらどうだい?!」


「明日寝坊するわけにはいかないので今日は遠慮します!!」


今のところほぼオールで遅刻気味の谷下は明日こそはと今日は早めに寝ようとした

歯を磨いて目覚まし時計のタイマーを設定する すると天井から物音が一回した


「……ネズミ?」


気にしない谷下は布団に潜る

無音の一部屋で眠りに就こうする谷下の耳に 今度は二回


ーー……うるさいなぁ 明日大家さんに追い出してもらわねば


しかしまた 三回 四回 五回

テンポ良くゆっくり鳴る音でとうとう谷下の堪忍袋の緒が切れた


「あぁもう! うるさい!!」


布団から起き上がる谷下の怒声に静まる一室

再び寝ようとする彼女の視界の端に映ったのは


「…………え?」


ゆっくり横を見る谷下

そこに座っていたのは色白の肌を覆い隠すくらいの長髪

微かに隙間から見開いた大きな二つの目は谷下をジッ……と見つめていた



「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」



怪獣の鳴き声の様な悲鳴が

近隣住民を巻き込んで 天高く響き渡った




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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも快活な大家さんの過去にしんみりしました。。 さて謎の幽霊の正体とは。。。
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