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十五話 二日目 大家と死人


揚げ物包んで貰ってアパートに帰ってきた谷下を出迎えてくれたのは 毎度お馴染みえりちゃん


「ママおかえりぃ!!」


「ただいま! えりちゃん!!」


えりちゃんが自分に抱きついて来ることは知っていた

しかし少女が接近したそのとき 亡くなった黒猫からの言葉が蘇る


〝 いいか!? その〝えりちゃん〟に妙な注意や俺の事を匂わす発言は控えるんだぞ!! 〟


一瞬だが抱きしめる力が入らなかった

結局谷下は 昨晩にカタの事をえりちゃんに話してしまったのだから


ーー……違うよね? えりちゃん……


「どうしたのママ?」


「……うぅん 何でもない!」


手を繋いで館内に入る時 手が震えていたことをえりちゃんは感じ取ってずっと励ましてくれた

お風呂に入って晩ご飯へ 何気ない団欒が谷下の疑う気持ちを馬鹿らしさに風化させる


「おやぁのぞっちゃん!! 可愛いパジャマだねぇ!!」


「え…… あ ありがとうございます」


ーーそういえばパジャマに着替えたの何日ぶりだろうか……

時間が戻ったからスーツはそこまで汚れてないけど これも不思議な感覚だ……


「そういえば大家さん 朝はバタバタして聞けなかったんですけど〝旦那さん〟のこと……」


「興味あるのかい? 好奇心が失せるくらい何も無い人だったよぉ?」


「やっぱり名前が無い死人というのが引っかかってしまって」


「別に化けて出て来やしないけどねぇ……

つまんないババアの惚気でも聞いちゃうかい?!」


「恋バナ大好きです!!!!」


大家はお茶を入れ直し 食後の落ち着いた時間にテーブルに座ってこめかみを掻いている

照れるのも無理はない 三人全員の視線が一気に集まる中で自分が歩んできた恋路を振り返るのだから

特に谷下は鼻息を荒げて待機していた


「アタシとあの人が出会ったのは小学校に入って間もない頃さ」


「えっ?! 同級生ですか?! それとも先輩?!」


「いいんや…… 校門近くのボロい家に住んでた〝オッチャン〟だよ」


「「「 ………エッ?!! 」」」


「当時小学一年だったアタシは下校中にその死人さんから飴ちゃん貰ってねぇ

優しかったからそのままホイホイ家に遊びに行ってたのさ」


「それ…… 大丈夫だったんですか?」


「当時は不審者なんてザラにいたしぃ結局自分で身を守らなきゃいけない時代だったからねぇ

だけど死人さんは優しくて毎日いろんなことを教えてくれたよ 残念なことに性教育に関しては何一つ教えてくれなかったけどねぇ

ンンッハッハッハッハ!!!!」


「……笑える要素は無いです むしろハラハラしています」


「小学生なら下ネタの一つや二つで盛り上がる時期だってのにホント堅物でさぁ!!

…………だけど真面目で固まった人間性だったもんだから尚更 好感を持つようになっちゃったんだろうねぇ」


「その…… 親御さんは何も言わなかったんですか?」


「別に何も言わなかったよ? おかしな子だねぇのぞっちゃんは

良い人なんだから親にも話して家族と死人さんの四人で外食しに行ったくらいだよ

口数が少ない癖にご近所付き合いでも評価が高いし チョベリグでポイントアップしたね」


「ヘェ…! んでもしかして当時にお付き合いされたんですか?」


「言ったろ? クソが付くほど堅物だったって……」


大家は換気扇の近くまで歩いて行き 煙草を一本吸う


「乙女の強さというのか 自分の方からアタックしないと叶わないって中学に入ったときに決心したよ

ラブレターの一つでも書いてあの人の所に告りに行ったさ

夕暮れ時にボロ屋の玄関前で恥も知らずに大声で言ったよ 〝結婚して下さい〟ってね」


「キャー!! キャーー!!!!」


一人谷下は恥を知らずに大声で叫んでいた


「それで返事はどうなったんですか?!!」


アカリヤミも興味津々に食い気味だ


「フラれる余地なんて頭に無かったよ 何年も会って

相手はどうか知らないけど商店街までデートしたりしてさ

でも当時のアタシからしたら死人さんの返事を良い方向に捉えられなかったのかもねぇ

そん時に死人さんは〝あと七年待って欲しい〟って返ってきたんだ」


「……それって」


「今考えれば単純に成人したらお付き合いを考えるってことなんだろうけど

その時はとにかく…… 悔しかったねぇ!

所詮自分を子供扱いしてるのかって卑屈になっちゃってさぁ…… その場から逃げ出しちゃったのさ

言って七年だからねぇ 好意を持っていたのは一方的だったとかさ とにかく寝込んだよ」


「……その後は?」


「あの人はとにかくインドア気質だった アタシと会うときはいつだってこっちから訪ねてたからねぇ

ショックを受けて開き直った次の日からは通学路を変更して あの人の家の前をワザと通らないようにしてた

そしてあっという間に三年の月日が流れて 中学の卒業式を終えたアタシは実家の手伝い

つまりここのアパートで働き始めたのさ」


「……」


ヘビースモーカーの大家が煙草を指で挟んでるだけで

最初の一服から一度も口に咥えていないことに谷下は気付いた

それどころか 手と声が震えているのが伝わってくる


「二十歳になる準備をしていた頃にちょっと期待してたんだよね……

諦めてなかったんだよアタシ あの人が迎えに来てくれるかもしれない もしもの時はアタシが迎えに行くって

そんなメルヘンチックが似合わない幸薄い女が目にしたのは…… あの人が住んでた燃える家だった」


「えっ……」




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