十四話 二日目 元気の一歩
「〝カイコ真理教〟は田舎の方にも行き届いてる?」
「いいえ…… 初めて知りました」
驚くのも無理ない
何故なら一度滅亡する前の世界ですらそんな名前を聞かなかったのだから
「その宗教はいつからあるんですか?」
「始まりは学校のサークルだそうだから結構前からあるんじゃない?」
「そんな前から……」
ちなみにこの島の小中高の学校は一つしかない エスカレーター式だ
お金や通学事情で入学できない過疎地域の子供は寺子屋でしか学ぶ術がないのだ
どうでもいい情報ではあるが 谷下は元々寺子屋の教師を目指していた
「私は今までそういう独自団体があることすら知りませんでした……」
「無理もない 知名度なんて高が知れているからね
ただ町長の榊葉さんを否定して自分達の思想を肯定しているスタイルが許せない」
滅多にネガティヴを見せない高山の仏頂面を拝めた谷下は密かにオカルトに興味を持った
何故なら普通なら起こりえない天災が この目に未だ焼き付いているのだから
チンチン電車は終点へ辿り着き
電車から降りた場所は海が見える高台
二人は灯台近くの広場へと歩き 海が見える柵の前で立ち止まる
「……綺麗」
「役所内でも有名なデートスポットさ!」
「フフ…… とっても落ち着きます」
「そりゃぁ良かった!」
高山に手渡された缶コーヒーで乾杯する
夕暮れギリギリまで漁をしている人達を背景に静かな時間を過ごしていた
「母ちゃんが死んだときもここに来てたな……」
「えっ?」
「……いやね 学生の頃に母親が亡くなってさ グレてた時期によく小遣い叩いて遠出してたんだ
この世界の果てに行こうとしても結局行き着く先は浜辺なんだけどね その中でも気に入ったのはここの高台だったんだ」
「高山さんがグレるって想像できないですね」
「基が大人しい性格だからね グレると言っても言葉は発さず行動で示していたって感じかな
おかげで当時は父親や近所の人達から見事変人扱いされちゃってたよ」
「アハハハ」
「笑った! 元気の一歩が出たね!!」
「ハァ…!! 〝元気の一歩〟って何ですか?」
谷下の質問に高山は遠くを見据えながら語った
「母ちゃんがよく言ってたことなんだ
〝人間 生きてるときは明るいときと暗いときが交互に襲ってくるもんだ
どうしても複雑になってしまう人って生き物は面倒臭くなってしまったら暗くなることに一直線
だから今だけでも今日の元気を目の前に敷いて踏んでいこうじゃないか〟ってね!」
「…………」
「子供の頃は理解出来なかったんだ 元気を無理矢理作れって思ってしまったから遠出に走ったのかもね」
「それはそれで間違いではないと思いますがね」
「……ありがとう でも今の谷下君は間違いなく〝元気の一歩〟を踏んでいるように見えるね!」
「元気を作ってくれたのは高山さんですよ」
二人だけの笑いが静寂の広場に華を生む
谷下の気分が穏やかになったところで高山は事情を聞いてみる
「……すみません 上手く話せないんです」
「謝る事はない それに自分の身に起きたことを他人の物差しで測っちゃいけない
辛いことや悲しいことを押し殺してやりきれなかったなんて それこそ一番辛いことだからね」
「……実は 猫が死んじゃったんです」
「飼い猫かい?」
「それが野良猫なんです だけどそれがとても悲しくて悲しくて……
可笑しいですよね 動物の死体なんて今までも見てきた筈なのに」
「それは…… 大人になったからじゃない?」
「え?」
「しっかりしてるとか立派になることで周りからよく〝大人になったねぇ〟って言われるけどさ
それだけじゃないと私は思うんだよ
今まで気がつかなかった生き物への尊さ 自分が実はこういう人間だったと開き直る心強さなんかは
子供の時じゃぁ全然気が付けないからね 偏見やプライドとは別の素敵な発見だと思う」
「そう…… なんですかね」
「だと思うよ…… デカく良い大人になったじゃないか谷下君!!」
「エヘヘ……! ありがとうございます高山課長」
「うん…… それで盛り上がってるとこ悪いんだが……」
事ある毎に時計を確認していた高山は急ぎ気味で
「帰ろうか!?」
「……そ~ですね もうじき暗くなりますしね」
一日で何往復もしている羨門街のチンチン電車
夕刻辺りの終電に急いで乗る谷下と 急かした癖に駅弁を買って後から乗車する高山は息を切らしている
ーーまた来ようかな ここに
夕陽をバックに黒く染まった高台を名残惜しそうに見ていた谷下には笑った顔が見られる
役所前で降りると無粋に手を振って別れた高山を見送る形で谷下はその場に置き去りにされた
ーーもしかして仕事が残ってるにも関わらず あの高台に連れて行ってくれたのかな……
谷下は役所内に入ってタイムカードに退勤記録を残してアパートへと帰ろうとした
見慣れた商店街を通ると ついつい揚げ物などを買い食いしながら思ってしまう
ーーここにいる人達も含めて二日後には全員死んじゃう……
ナイーブになることに変わりはないが谷下は考える
もしも皆を救える手があるなら 少なからず事が起きることを知っている自分だけじゃないのかと
そんな彼女の心情も商店街に届くこともなく
目の前の商売仲間との間で電撃を交わし 売り上げ勝負を繰り広げている
そんな夕暮れの賑やかな戦場にて 今日もラジオから一人のDJが景気の熱をさらに滾らせた
『どうもぉ! センモンガイレディオからお送りしております
毎度お馴染みDJタカヤマーンでぇす!! 今日は少し遅くなってゴメンなさい!!
小さな島を大きな大都市に! 今宵も皆様の声を受け取って清き世論へと繋いでいきます
それではさっそくぅ この曲に乗せて声を拡散して行きたいと思いまぁす!
今日のリクエスト曲は〝上を向いた元気の一歩から〟!!』