家族
舞踏会から幾日か過ぎた。
「ねぇ、ローザ、アッシュレお兄様の婚約者のアルテシア令嬢はこの王宮いるのよね」
「そのように聞いていますが、王太子妃教育の為に1ヶ月前から入宮している筈ですが、アルテシア様は大変優秀である為、実際は特に何もされていないと聞いております」
「この王宮に何処にいるか分からないぐらい。静かね」
「それが……アルテシア様付きの侍女もメイドほんの数名で口の固いものが選ばれていまして……アルテシア様のお部屋は厳重にアッシュレ様の近衛騎士が常に張り込んでいるらしいですよ」
「お部屋から出ていないって言う事?」
「王宮を歩いているところを誰も見ていないらしいですよ」
「まるで囚われているようね」
「ルティーナ様はアルテシア様が気になりますか?」
「舞踏会でお会いしたけど、私の思っていた方とは違うようなの」
「お会いしたいのですね」
「そうね。出来ればお話ししてみたいわ。アルテシア令嬢に向けるアッシュレお兄様の目は、初めて見たわ。彼女がアッシュレお兄様の弱みになるわね」
「そんなにご執着されてるとは…アルテシアのお父様は宰相補佐だと聞いていますが……」
「宰相補佐の娘なら望まない結婚も受けるのも仕方ないことよね……」
「アルテシア様はこの婚姻を望んでないのですか?」
ローザは、ルティーナの呟きに驚く。
「そうね……とても婚姻まで待ち遠しいと言う顔ではなかったわ。そんなに驚く事かしら」
「ええ、アッシュレ殿下の婚約者候補は何人かいましたので、ロレーヌ侯爵も随分と無理をしてアルテシア様を押したと聞いています。まさか、本人の意思を無視してそこまで強引にとは思いませんでした」
「とても他人事には思えない話ね」
それからルティーナは何度かお茶やお昼の誘いの手紙を送ったが体調が優れないと断りの返事が来た。
アッシュレの側近がアルテシアを誘う事をやめるよう伝達しに来た。
ローザもルティーナもアッシュレの側近が来た事でアッシュレの意思で断られた事を確信した。
アルテシアの参加する夜会にもルティーナは参加する。アルテシアが参加する夜会は王宮で開くものだけだ。必ずアッシュレも参加している。しかし、アルテシアは王太子の側にいるわけでもなく、騎士が必ず側におり始まって早々に体調が優れない理由で部屋に戻る様子だった。
夜会にはアルテシアの両親のロレーヌ侯爵と夫人、アルテシアの妹もいた。ロレーヌ侯爵は、終始ご機嫌な様子で殿方と談笑している。夫人も同様、御夫人方と話している。
アルテシアとは違い華やかな夜会を楽しんでいる様子だ。アルテシアの妹、リリアンも自分の姉が次期王太子妃になる事で貴族子息らに囲まれてご満悦の笑顔で立っている。
リリアンがアルテシアとは違い、明るく、よく笑う娘だと思った。今の状況でなければルティーナも好感を持てたであろう。
「これは、ルティーナ王女殿下、ご機嫌麗しく」
ロレーヌ侯爵夫妻が話しかけてきた。既に王族の親戚になったつもりなのだろか?と思いながらルティーナは侯爵夫妻を見る。
「ロレーヌ侯爵殿もご機嫌麗しいようで何よりです。アルテシア令嬢がが気分が優れないようですが…」
「殿下に心配されるとは娘も幸せです。しかしながら心配はご無用です。王太子殿下がきっと娘の良いよう取り計らっていただけるでしょう」
ルティーナは侯爵の返事に耳を疑った。自分の娘の事に関知しないと言っているのだろうか?
「ええ、娘は本当に幸せ者です」
夫人もにこやかに言う。
アルテシアが気分が悪いと部屋に戻ったにもかかわらず、この侯爵家は誰もアルテシアの事を心配しない。
「ロレーヌ侯爵、アルテシア令嬢とは王宮ではお会いになるのですか?」
「いえ、私も宰相補佐と言う執務がありますので…」
侯爵は何故そんな事を聞くと不思議な顔をする。
「わたくしもアルテシア令嬢と仲良くしたいのですが王宮で会う事がないので心配しているんですのよ」
「きっと、王太子殿下に大事にされているからなのでしょう。婚姻式が終わればまたゆっくり出来ましょう」
侯爵家はアルテシアが軟禁状態に気が付いてないのであろうか?宰相補佐ならアルテシアが王宮で見かけない事に疑問を持たないのであろうか?
あんな悲しい顔をしていても、この場を優位にする事の方が大事なんだろうか。
(なんだか、気分が悪くなるわ)
バガラル国王ダニエルが言っていた生贄とはよく言ったものだとルティーナは思った。
アッシュレや父親はともかくクラウドとルティーナの間では考えられない事である。
お互い、体調が悪い様子を見れば心配でたまらなくなる事は愛情のある家族であれば当たり前なのではないのか?
一件、仲睦まじい家族に見える分、ルティーナは気分が悪かった。
そんな、ロレーヌ侯爵家の光景は、ルティーナは他の夜会でもよく見る光景となる。
ローザはルティーナが夜会に戻る度に予想以上にルティーナが収穫してくる人脈や情報に驚いている。
無自覚なルティーナには敢えては言わないが……。
ローザが一番、驚いたのはバガラルの国王にも気に入られたようだ。バガラルの国王は、決して媚びる事ない王である。アルターナと並ぶ大国、どうにか取り入ろうと各国からの縁談や同盟国になろうと必死だ。アルターナもバガラル国に近きたくて仕方ない。前国王の時も後、もう少しで話がまとまったのに…。
バガラルの国王は眉一つ動かさない。
政治には長けているのでバガラル国の成長は前国王より著しい発展がある。
だからローザは驚いた。ルティーナはいとも簡単にバガラルの国王に興味持ったと言わせた。
ローザはアストラ教皇が目をつけただけあると思っていた。
ローザは思い出す、ルティーナがまだ幼い頃、クラウドがアッシュレに虐げられ稽古という名の折檻を受けていたところを初めて目撃した時の事を…。
ローザはルティーナをその場から連れ出す事が精一杯であった。その後にルティーナは子供である事を捨てた。子供ながらの覚悟だが、ローザはその姿を見て本気で仕えてみようと思った。
そして、さらに数ヶ月過ぎ事件が起きる。