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殺し屋アウラは喋らない  作者: エイチャン
1/3

期待

どこにでもあるような、とある街の裏路地。


放置された生ゴミの臭いと淀んだ空気が充満している。


僕の子供の頃の最初の記憶は、そこに捨てられていた残飯を漁っていたところから始まる。


いつもお腹を空かせていたから、あの頃は残飯漁り以外に何をしていたかあまり覚えていない。

そんな生活をしていたのに、不思議と他人や社会を恨む事はほとんどなかった。


恨む余裕がなかったんだろう。


ただ、今日のためだけに今日を生きた。


必死だった。


スリだって、盗みだってやった。


一般的な道徳的価値観など、生きられなければ無意味だ。


そんなもので空腹を満たせるならどれほど良かったか。


難しい事を考えるとお腹がすく。


だから、なるべく余計な事を考えないようにしながら、食べられるものを探した。


ゴミだめの中にまだ食べられそうなものが見つかれば、それがなんなのか特に考えず、口に放り込んだ。


原型がなんだったのか分からないそれは、腐敗臭と微かな甘い香りを放ち、空腹をほんの少しだけ満たした。


おそらく、なんらかの果実だろう。


別に空腹満たせるなら、なんでもよかった。


厄介なもので、食べる量が少しだけだと余計に強く空腹を感じる。


何かしてないとお腹が減っておかしくなりそうだ…。


だから気を紛らわせるために、残飯を漁り続ける。


この辛さと虚しさを誰かと話をする事で共有できたなら、何の解決にもならなくとも、少しは僕の苦痛は和らいだろう。


でも、そんな事を考えることに意味はない。


だって僕は喋れないから。



◆◆◆


僕はいつものように残飯を漁っていた。


ふう…この辺はあらかた、漁り尽くした。


今日はいつもより収穫があった。


空腹も少しは満たされて、気持ちに余裕も出てきた。


「うあ…」


余裕ができたからか思い出した。


お父さんから、今日中に5万円集めて来いと言われていたんだっけ。


「…」


また、殴られる。


痛いのは嫌だ。


お父さんのせいで僕の体は生傷とアザが絶えない。


…。


うーん…。


スリも盗みも僕あんまり上手じゃないし…。


ホントは嫌だけど…リクトに相談しよう…。いつもの廃工場にいるはずだ。


行こう。


◆◆◆


廃工場は街のはずれにある。


廃工場に近づくにつれ、人気は無くなっていく。


ここは、ちょうど貧困層の子供たちのたまり場になっていた。


その子供たちのリーダーがリクトだ。


中は、投棄された粗大ゴミの風化した匂いと鉄の錆びた匂いが充満している。


薄暗い工場の奥に光が見えた。


この工場の電気系統は既に死んでおり、光源をとる際は置きっぱなしになっているランタンを使っている。


誰もいない時は、いつも光は消えている。


しかし、奥の光は間違いなくランタンの火の光。


つまり誰かいるという事だ。


光に近づくと僕と同じくらいの12歳くらいの子供の後ろ姿が見えた。


ボサボサ赤毛。半袖に半パン。腕には生傷が大量にある。


その子供が振り返り、ギラついた瞳で僕を見た。


リクトだ。


周りにはリクトの取り巻きの子供達が10人くらいいる。


いつものメンバーで何かを話している。


随分賑わっているように見える。


なんだろう?


そして、さっきまでランタンの光だけで薄暗くてよく見えなかったが…。


ランタンのそばに一人、大人の男がリクトたちと一緒に工場の地べたに座っていることに気づいた。


その男は無表情のような…。


しかしよく見れば少しだけ口角が上がっていて、ニヤニヤしているように見えない事もない。


不気味だ。


何かちょっと汚いし、色々と謎だ。


謎の男だ。謎男(ナゾオ)だ。


「なんだ、▷×●♯か」


リクトの取り巻きの一人が僕に気付いて言った。


「何か用か?」


続いて、リクトは僕が来たのが面倒な事かのように呟いた。


実際面倒なのだろう。


分かってる…。リクトは僕の事をあまり好きじゃない。


僕がノロマなせいでリクトまでお父さんのとばっちりを受ける事がよくある。


しかし、嫌々ながらもリクトはお父さん絡みの事なら相談に乗ってくれる。


僕がヘマをすれば、リクトもお父さんに殴られるからだ。


でも僕がリクトに相談するのはそれだけじゃない。


僕には他に相談できる人がいないからなんだ。


「あ…うぃ…そう…らん…しあいころ…あっ…て…」


リクトに相談するのはただでさえ緊張する。目が怖い。


それに加え、見慣れない男がいたため、余計にうまく言葉が出なかった。


「なんだこのガキ?何言ってんだ?」


謎男が口を開いた。


「コイツ、▷×●♯。俺の兄貴。どうしようもない、グズ。頭の出来も悪いから話し方も変だろ?家でもあうあう言ってんだぜ」


リクトが侮蔑の言葉を並べて謎男に僕のことを話す。


僕の紹介はいつだって悪口とセットだ。


その紹介の仕方は嫌だけど、嫌だと言ったらお父ちゃんもリクトも僕を殴るので我慢している。


我慢にも最近慣れてきた。


ちなみに僕はあうあうなんて言ってない。言葉は頭に浮かぶのに上手く声に出せなくてそうなるだけだ。


…指摘しても叩かられるから言わないけど。


「なんだ?お前も俺に着いて来たいのか?」


謎男がよく分からないことを言った。


…?


着いていく?なんのこと?


「このおっちゃんに着いていったら、タダで腹一杯メシを食わしてくれるんだとよ」


「おっちゃん。アホだな。そんな話信じる奴いねーよ」


「バカだ。バカ。」


なるほど、その話で賑やかだったのか。


ここに来る子供の中に食べ物の話に食いつかないヤツはいない。


嘘だと分かっていても、もしかしたらと反応せずにはいられないのだ。


僕も…もしかしたらとちょっと期待した。


謎男は子供の疑いの言葉や悪口にも表情ひとつ変えず


「嘘じゃねーって、ホントにうまいもんがたくさんあるんだって。てめーらがなかなか食えねーようなモンもな」


とへらへらと話す。


胡散臭さ抜群。


その発言と同時に発せられた、子供達からの空気を謎男は感じとったようだった。



そこまでいうなら証拠みせてよ。


みんながそう思っていた。



僕も「食べ物の事で嘘つこうもんならタダじゃおかねーぞ」という目で謎男をギロッと睨んだ


(僕が出来る精一杯の脅しだ。今までタダでおけた事しかない)


謎男はおもむろに膝の腕置いていた鞄をまさぐり、包装された何かを両手に抱えて取り出し、みんなの前に置いた。


パンだった。


それも大量の。


それを見て、みんなの表情が変わった。


リクトも例に漏れない。


僕も最近、残飯ばかり食べていたせいか、パンに目が釘付けになった。


食べ物だ。


お店に並んでいるようなパンだ。


黒ずんでもおらず、食べかけでもないパンだ。


ペシャンコにもなっていない、きちんと原型をとどめ、包装されているパンだ。


それが。


目の前に。


無防備に。


転がっている。


何個ある?


1…2…3…、うーんみんなに1つずつ渡るかなあ…?


もしかしたら一人に一個ないなんて事は…。


……。


悠長に数えている暇なんかなかった。






…奪れ!


頭が真っ白になった。


みんなが一斉に飛びついた。


僕も飛びつく。


みんながパンを中心に団子になっている。


もはや、自分の目の前に伸びている手足が誰のそれかが分からない状況になっていた。


僕を含め、みんな奇声を発していた。


人間の子供が発する声ではなかった。


全員がもみくちゃになりながら、パンがあったであろう場所に手を伸ばす。


視界が悪い。出来る事は手を伸ばす事だけ。


その過程で、誰かの爪と僕の腕が接触し皮膚をガリガリ削られたが痛みは感じなかった。


痛みより優先することがある。


僕の腕が伸びきった。パンを掴む。


しかし伸ばした手の指先に伝わったのは、パンの感触ではなく、石床のひんやりとした感触だった。


!!?


何で!?さっきここにあったのに!!


一人一個だぞ!ルール守れよ!


みんなで決めたわけでもないルールを、一人で勝手に反芻して、勝手に憤る。


僕の呼吸は怒りと焦りで荒くなる。


無い。


無いよ。


みんなが奪ったの!?


パニックで視界が回転する。


僕のだぞ!


全部僕のだ!


さっきとは矛盾した主張がグルグルと頭を駆け巡る。


それが本性。それが本音。


僕に限らず、みんな自分本位の理屈で生きている。


気付けば服が所々破けていた(元からボロボロだったケド)


顔も腕も足も傷まみれだった(元から傷だらけだったケド)


改めて自分が怪我をしている事を自覚すると、傷の痛みが少しずつ大きくなっていった。


さっきできた傷の痛みのおかげで少し冷静になり、周りの状況が見えてきた。


あんなにあったパンは目の前からなくなっていた。


パンを確保できたヤツは、それを服の内側に入れて、お腹を押されるように抱えている。


目はぎらついており、呼吸もかなり荒い。

皮膚も血が沸騰しているのかのように真っ赤だ。


奪おうとすれば間違いなく噛まれる。


その場で包装をむいて食べてしまおうとする子供もいた。


それを阻止しようと誰かがパンを掴むと、指ごとパンにかぶりつかれていた。


かぶりつかれた指は食いちぎられはしなかったものの、皮膚がめくれてそこから溢れる血がパンにもついていた。


すでに奪うのを諦めているのは、腕力のない子供。


確保をして、周りを警戒しているせいか呼吸が浅く早くなっている子供。


泣いて情に訴えようとする子供。

(いずれ、泣く事は何もしていないのと同義だという事を学ぶだろう)


既に何個か確保しているくせに、さらに他人から奪おうとする子供。


リクトは自分の分があるくせにまだ他の子のパンを取ることに躍起になっていた。


あれは、僕のために集めようとしているんじゃない。


ただ「もっと欲しい」だけだ。


僕も欲しい…。


くれないかなあ…。


「オレについてくればもっとやるぞ!!」


謎男が急に場を押さえ込むように怒鳴った。


さっきまで奇声でうるさかった廃工場が静まり返る…。


「欲しい奴はついて来い」


それだけ言って、謎男は廃工場を出て行った。


みんな無言だった。


そして何かの力に引っ張られるように、ポツリポツリと廃工場を出て、謎男が行ったほうに歩き出した。


僕もその1人だった。


ついて行こうとした。


不意に手首を掴まれる。


リクトが僕の手首を掴んでいた。


「やめとけ、嘘だぞありゃあ」


パンを口の中でふごふごさせながら、僕に忠告した。


そりゃあリクトはついていく必要無いだろうさ!もう3〜4つ食べてお腹いっぱいなんだし。


でも僕はパンを貰えてないんだ…!


その日はリクトと揉めている内に、謎男は行ってしまった。


今日、半分の子供達が謎男についていった。


羨ましい気持ちを抑えつつ、もう疲れてしまったので家に帰ることにした。


お父さんに殴られるかどうかなんてどうでも良くなっていた。


結局、お父さんには殴られた。


いつもどおり、リクトも一緒に殴られた。


殴られながら考えていたのは、謎男の事だった。


明日もパン持って来てくれないかなあ…。


◆◆◆


願いが叶ったのか、謎男は次の日も大量のパンを持って。廃工場に来ていた。


その次の日も。


またその次の日も。


その度に謎男は僕達を含め、シムネの子供を自分についてくるよう勧誘してきた。


それも一回や二回では無かった。


謎男の口ぶりから行先は危険そうな香りはしなかった。


基本的に謎男はいい奴だった。


その人間性が彼の言葉の信憑性をさらに高めた。


お腹いっぱいのご飯を持ってきてくれるのもいつもの事だった。


驚いたのは、お父さんにお金を持っていかないと僕やリクトが殴られる事を知られた時、何も言わずに自分の懐からそれを出して僕達に渡してくれたのだ。


しかも必要な金額より多めに。


余った分は僕らの小遣いにとの事だった。


「おとっつぁんには内緒な」


こうまでされると、さすがのリクトも謎男の勧誘に心が傾いてもおかしくは無い。


僕らが彼についていくまで、そう時間は必要なかった。

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