Aさんへ
Aさんへ。
先に断っておきますと、この手紙は貴女がお一人の時に読まれることをお勧めします。というのも、この内容1つで、他者から見た貴女の人間性が貴女のご家族に知られてしまうからです。
「たった1人が持つ貴女の印象」がご家族に根強く残るということもあると、私は考えています。
さて。先日、貴女と久々にお話をしましたが、実にちゃんとお会いしたのは中学校の卒業以来でしょう。成人式では残念ながら、私は貴女の姿を認めることが出来ませんでしたが、貴女も私の姿を認めることが出来なかったのではないでしょうか。
実を言うと、私は高校生に上がってから何度か貴女の姿を見ています。その1回1回を憶えているわけではありませんが、たった1度だけ、物凄く印象的な貴女を私は見ました。
あれは高校2年生の年。もう既に暑くなっていた、夏休み前に開催された1学期末テストの日です。テストの関係で午前中で下校となったその日、私は恋人を家に招く為に、私がいつも乗り降りをする駅で恋人と降りました。その時、他の高校に通っていた貴女も同じ電車に乗っていたようで、同じ駅で降りました。
恋人を後ろに連れて駅のホームを歩く私と、1人で歩いていた貴女は、ここ近年の電車利用者が減ったことによる人件費削減の為に無人駅となったこの駅で、いない駅員の代わりに定期券や切符を確認する車掌が立つ位置で偶然顔を合わせ、確かに目が合いました。当然、中学卒業以来接点を持たなかった貴女と私は何も会話を交わしませんでしたし、早歩きだった貴女は僅かながら私より早く駅を出ていきました。
その時、私は不思議と貴女がお怒りになられているように感じられました。貴女と私に深い関係があるわけではありませんが、特に何もなかったという仲でもありませんでしたから、私はてっきり、別々の学校に行くようになってから恋人が出来た私を恨めしく思っているのではないかと思いました。
或いは、私のような男に恋人が出来たことが許せなかったのではないかとも思いました。SNSで見かける貴女は今でも美人です。そんな貴女は高校生の時も美人でした。世間一般的に見て、いつ恋人が出来てもおかしくない貴女にそのような存在がいないにも関わらず、貴女と違って容姿が良いわけではなく、中学時代は女子に告白しては振られてばかりだった私には出来ているのが腹立たしい、と感じたのではないでしょうか。
いくら考えたところで真相はわかりませんし、そもそも貴女がそんな出来事を憶えているのかどうかすらも私にはわかりません。もしかしたら、私の勘違いだったのかも。いずれにしても、私にとってその出来事は永久に謎のままです。
高校を卒業後、進学校に通っていたという関係で、場所までは知りませんが貴女は他県の大学に進学したそうですね。一方、私は地元に残って就職をしましたのでそれ以降、貴女との接点はまるで無くなります。
ところが、今年の春に家を購入した私は、貴女の実家がある地区へと引っ越すことになりました。家を持つということは案外大変なことで、やはり組合への加入を誘われましたが、入る際に必要な額が10万円を超えており、他の地区に比べても高額でしたし、支払うのが困難なので私はお断りしました。
そんな中、お盆休みで実家に帰ってきた貴女に白羽の矢が立ちました。私達が通っていた中学校は地区が広いので色んな地区から生徒が集められます。私が現在住んでいる地区は、私と同級生……或いは同学年だったのが貴女だけです。それを知った組長は、元同級生との交流をメリットとして提示し、私に組合への加入を再度勧誘するつもりだったのですね。
実を言うと、貴女に白羽の矢が立つ前に、私の祖父とかつて同じ会社で共に従事していたという男性が組長と一緒に訪れてきました。私はその時もお断り申し上げましたが、考えてもみてください。そもそも祖父は、私の生まれる前にこの世を去っており、話したことも無ければ顔を合わせたこともありません。そんな人と接点があったからと言って、私に何だというのでしょうか。まったく理解が苦しいです。
貴女が先日、私に勧誘の話をした時「あの時のように助けて」と言いましたね。今回、貴女の言う「助けて」とは、大学卒業の年に差し掛かっても未だにやりたいことが見つからない貴女にご両親から援助を頂けるようにして欲しい、ということ。貴女はご両親に、私が組合に加入した暁にはもう1年だけ仕送りをしようと言われている、という話でしたが、私の解釈に間違いはありませんでしょうか。
結論から申し上げれば、私は貴女を助けません。私にその力が無いということもありますが、そもそも私に助けを請わなくとも、貴女には自らで道を切り開けるだけの力がありましょう。
貴女は「あの時のように」と言いましたが、あの時も私は貴女を助けていません。中学3年生だったあの時、貴女は部活と生徒会。その両方とも責任重大な役を担っていました。そんな中、貴女は部活の方で部員とすれ違いが起こり、学校へ来なくなってしまった時期がありました。
もしかすると、貴女はその時の自分を「逃げた」と思ってはいないでしょうか。私からすれば、あの時の貴女は逃げたのではなく「休んだ」だけなのです。私が励ましの電話を入れなくとも、貴女は自力でまた立ち上がることが出来たはずです。何故なら貴女は、初めてお会いしたあの時から自分の意思をしっかり持って、それを相手に伝えることができる強い女の子だったからです。
ただ、当時は確かに貴女を助けたいという気持ちが私にはありました。それと同時に私は、貴女にしか知り得ない苦労と葛藤を無視し、貴女に対して酷い扱いをした彼女達が許せなかったという思いがあって行動しました。
そういえば、その時に私は彼女達に「何故?」と尋ねましたが、彼女達はあくまで「そんなことはしていない」と答えるだけでした。多少なりとも首を突っ込んだ私ですが、結局どうやって解決していったのかわからないままです。
今回、結論こそ貴女の望むところではなかったでしょうが、私は貴女と少しだけでもお話することが出来て嬉しかったです。先程も述べましたが、SNSで貴女を見かけます。私の目に貴女の美しい姿が映る度、貴女が息災なのか考えてしまうので、貴女の元気そうな姿を拝見することが出来て、私は本当に嬉しかったのです。
今、貴女には大切な存在がいますでしょうか。私には既に「一生、守っていきたい」と思える女性がいます。彼女との幸せを夢見て日々を頑張っていますので、貴女にもどうかそう思えるだけの存在が現れてくれることを願うばかりです。
最後になりますが、私は決して当時の同級生を「仲間」だとは思っておりません。個性が強いということもありますが、成人式の件を他の同級生から聞いてがっかりしました。
貴女もご存じでしょうが、地元に残った私が2次会の手配をしようとしたところ、参加希望者がいなかった為に断念することになりました。しかし、結局同級生の誰かが「行こう」と言ったところに「行かない」と私に言ったはずの同級生ほとんどが便乗して行ったそうですね。私は元々、皆んなと違う小学校に通っていたこともあって、2次会の開催を断念した以上、もう1つの成人式にも顔を出す予定でしたからその場に居合わせませんでしたが、後から聞いて「なんとめちゃくちゃで薄情な奴らなのか」と私はそう思いました。
考えてみれば、私に「計画を立てて欲しい」と言ったあの男が「お前1人で計画を立てたことにして欲しい」と言った時点でどこかおかしいなと思っていましたが、実は最初からそうすることで同級生の「余分な人達」を仲間外れにする為にそうしたのではないでしょうか。
故に、貴女でなく他の同級生が私に勧誘してきたとしても、私はそんな奴らとの交流を望みませんから、組合に加入するつもりはありません。
そんな奴らを育てたこの地域に、私は何1つ貢献するつもりもありません。綺麗事ばかり述べるこの地域が私は嫌いです。それでも住み続けるのは所詮「立地条件が良いから」でしかないのです。
ですが私は、貴女の幸せだけを特別に願うことにしました。私には貴女を幸せにすることが出来ませんし、そのお手伝いも出来ないかもしれません。貴女と特別な関係がなく、私が他の女性と関係を持っている以上、私にはその資格がないのです。それでもきっと、貴女は自らの幸せを他の誰かと共に切り開いていくのだろうと思っております。
この先、貴女との接点はないことでしょう。それでも私にとって貴女は青春の1ページ。絶対に忘れません。
それではお元気で。
これは所謂追伸というやつですが、成人式の全体写真が郵便で届いてから随分と経ちます。しかし、私は未だにその写真を封から開けていません。やはりあの「薄情さ」が忘れられず、許せないのです。
純文学に憧れて書いてみました。
といっても、純文学の代表作を読んで知っているだけで、この作品が純文学に当てはまるのかどうかは、私には判断することが出来ません。
ぜひ、感想をお聞かせ願えればなと思っておりますので、よろしくお願いします。